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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第11章 ゴブリン側の主張
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奇跡を起こす可能性

 リリベルから休暇を貰った日より後、俺は更に繰り返しを行った。


 裁定官若しくは裁判官。

 正しい名前はよく分からないが、とにかく俺がその役割を担い、双方の争いの場を収めるべく尽力した。




 既に話し合いに持ち込め無い程に暴力による争いが起きている場合。

 マルムのせいで丸1日が潰される場合。

 繰り返しの大半は、俺がどうあがいても話し合いに持ち込めず失敗に終わった。


 そのような中でも、少しずつ経験を経て、今日を良い方向へ持っていけそうな方法を見出していった。




 まず裁判を行う文化は、ゴブリンという種族には無い。

 正確には悪事を働いた際に、定められた規則に沿って罰を与える方法は無い。


 人間程数が多くない彼等は、わざわざ決まり事を作る必要性が無いのだろう。

 物事を仲裁する際には彼等の首長が決める。あのゴブリンたちで言えばメルクリウスだ。

 証拠も糞も無く、首長の(さじ)加減で罰は決まり、事件を起こした側も起こされた側も罰するのだ。




 ただ、だからといって人間の文化が完全にゴブリンと異なっているとは言えない。

 それは、裁判を行う集合体が少ないからだ。俺だって今まで裁判というものは良く知らなかった。


 人間でも大きな都市でしか、そういった大げさなことはやらないし、国によっては裁判の体裁だけは取って、結局は権力者の判断だけで決まることもある。

 焼けた鉄板に手を乗せて火傷をすれば、その者は嘘をついているという無茶苦茶な判断をする地域もあるそうだ。


 この町のように小さな集合体であれば、事件が起きれば村の中だけで解決するだろうし、盗みを働いた程度では当人同士の話し合いや暴力だけで解決される。




 この町の人間に聞き取りをしてみたが、裁判という言葉自体は知識としてあるようだ。皆、そのような面倒で大掛かりなことという認識しかないが、それでも知っているのだ。


 知っているのと知らないのとでは、差が大きい。


 物語を先に進めるためには、メルクリウスに裁判の存在を教えることが絶対に必要な行動になる。

 そしてそれは、彼の仲間が殺される前に教えなければならない。

 殺されてからでは、彼等の怒りは頂点に達していて話を聞き入れてくれないからだ。クソ野郎(マルム)のおかげで、より怒るように焚き付けられてしまっているから尚更だ。




 注意すべきことは他にもある。


 マルムの存在だ。


 この繰り返しにおいて、俺たち4人のうち、必ず誰かが山に行かなかればならない。

 誰かが行かないと、強制的に無作為に誰かしらが山に向かう羽目になる。何かに急かされるように、山に行かなかればならないという気持ちになって他の行動に手がつけれられなくなる。


 これはマルムが繰り返しの中に俺たち、特にリリベルを留めたいがために、干渉しているからだろう。


 もし、俺が無作為に選ばれたうちの1人になれば、その日は潰れたも同然だ。


 限られた時間の中では、俺の意志とこれまでの出来事をリリベルたちに全て伝えることは難しかった。

 それを実際にやった場合、今日のうちにやりたいことを行う時間が足りなくなる。


 だから、山に向かってマルムと対峙するのに最も適した者を行かせることにした。これは俺を含めて他の3人より上手くやってくれることが分かった。

 リリフラメルだ。


 現状を伝えると共にマルムの不甲斐なさを付け加えれば、彼女の正義感と怒りに火がついてくれる。

 山に入る前から怒るおかげで、マルムの愛の問答ごと炎で焼き、彼が泣くという結果になる。彼が1度でも落ち込みさえすれば、不死殺しという行動を止めて、まともに会話をしてくれるようになるのだ。




 だが、それでもマルムが止まらない場合がある。

 記憶を引き継がず未来視ができる彼にとって、()()が全力なのだ。滅亡の未来を回避したい彼の全力の行動が、常に俺たちの邪魔をしている。


 だから、エリスロースに1つお願いをした。

 エリスロースにしかできないことだ。

 俺やリリベルは、この町から出られないように行動を極限まで制限されている。リリフラメルはマルムの足止めをするために山へ行くために必要不可欠だ。


 だから、血の魔法によって自らの記憶を他者に分け与え、他者の行動を操ることができる彼女にしかできないのだ。

 彼女には町を出て、とある者へ助けを求めてもらうよう依頼した。




 段々とだが、希望が見えてきた気がする。


 リリベルのおかげだ。

 この繰り返しの中で唯一、記憶を保ち続けられるのはリリベルが俺に呪いをかけてくれたからだ。


 そして、ある意味で言えば、加護が無いということに気付かせてくれたマルムのおかげでもある。

 彼のおかげで俺は、繰り返しの中で大手を振って足掻くことができるのだ。


 運だとか奇跡の(たぐい)が無くなった俺は、普通ではあり得ないことに、いとも簡単に遭遇できるのだ。






『裏を返せばお前は、お前自身の力だけで奇跡を起こすことができるってことだな』


 かなり前の()()で言ってくれたリリフラメルの言葉だ。


『君はマルムという神に対して、唯一対抗できる人間じゃないか、ああそうじゃないか』


 つい最近の()()で言ってくれたエリスロースの言葉だ。




「マルムとやらの愛で奇跡を起こすよりも、ヒューゴ君の愛で奇跡を起こしてくれた方が、私は嬉しいよ。色々な意味でね」


 今日の今日で言ってくれたリリベルの言葉だ。


 繰り返しの始まり。

 夕暮れの草原を進む馬車の中。太陽の光をこれでもかというぐらい反射している山を背にしながら、俺はこれまでの状況と彼女たちにやって欲しいことを伝えていた。




「いきなり何を言っているのか分からないと思うが、信じて欲しい」

「信じるよ」


 以前から俺の言うことは何でも心地良いと言っていたリリベルは、察しが良すぎた。

 一体どのような思考で俺の辿々(たどたど)しかった説明を彼女は理解してくれたのか、俺ごときでは計り知ることはできない。

 彼女が「君を好きだからこそ為せる技だよ」と胸を張って自信満々に言うのだから、多分、本当にそうなのかもしれない。


 一方、エリスロースとリリフラメルは状況を全く飲み込めていないまま混乱していた。

 悪いと思いながらも、問答をしている暇は無い。

 今すぐ行動をしてくれと頭を下げると、リリベルが更に手助けするように一声掛けてくれた。


「何だかよく分からないが、お前の言う通りに、マルムっていう嫌な奴をぶっ飛ばせば良いのだな?」

「頼む」


「急ぎならヴィルケを借りて行くが良いか? ああ良いか?」

「構わない。頼む」


 リリフラメルは内に秘めた怒りを徐々に外に吐き出しながら、徒歩で山へ向かった。

 エリスロースは馬車を動かしていた大馬ヴィルケに乗って町の外へ駆けて行った。魔物なだけあって、荒れ道でも坂道でも圧倒的な力で爆走して行くのを見届けることができた。




 後に残ったのは、馬車の荷台と俺とリリベルだった。


「俺たちもすぐに森へ戻ろう」


 荷台を草原に放置して、リリベルと共にゴブリンの集落へ向かって走り出す。

 彼女を背に担いで、自らの身体に筋力強化の魔法を詠唱しようとしたところで、彼女の声が先に目的を果たしてくれた。


筋力強化(ハイパワー)


 彼女が鼻を鳴らして、俺にしがみついてきた。


「ヒューゴ君、大丈夫だよ。きっと()()は良い日になるさ」


 彼女の言葉は、本当に心強かった。

 本当に今日は良い日になるかもしれない。


 いや、良い日にさせてみせる。


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