真の明日の方向性3
「頭が痛くなってきた……」
「後でフーレンの店に行って魔法薬でも……いや、私が魔法薬を作ってみせよう」
「いや、いいっす」
今は己の体調より、世界についての方が気になる。
マルムにはまだ聞きたいことがある。
「マルム。お前は未来が見えると言うけれど、それは本当なのか。いや、つまり見えている未来は確かなものなのか?」
「私の名はたくさんあるから……今日は……」
「いや。また名前が変わると面倒だからマルムで固定する。で、質問の答えは?」
「はい……。未来視についてだれど、君に証拠を見せることは難しいよ。けれど、私が今まで覗いてきた先の世界は、見た通りになっていたさ」
こればかりは、彼の言葉を信じるしか無いだろう。彼が見聞きしたものを、俺の目で確認する手段が無い。
エリスロースの力を借りれば、もしかしたらマルムの記憶を共有することができるかもしれないが、生憎彼女はここにいない。
今の所、彼が悪意による嘘をつく場面は無かった。彼は答える時は正直に物事を伝えてくれるから、今まで会ってきた狂人たちと比べたら可愛いものだ。
「繰り返しは、俺たちがこの地にやって来る以前にも行われていたと思うが、お前が見た未来は全く変化しないのか?」
「そうだよ……。どんなに過程を変えてみても、世界が滅びるという結果は全く変わらないんだ。この地で、必ず愛するゴブリンと人間が世界を滅亡へと導く争いが起きてしまうのだよ……」
未来の結果を捻じ曲げることは、神でも難しい話なのだろう。
いや、もしかしたらマルム教信徒が、踏み鳴らす者の足踏みで殺されていなければ、彼の力は存分に振るわれて目的は達成されていたのかもしれない。
「お前以外に他に神はいないのか? 誰かお前より力のある神の手を借りることはできないのか?」
「無理だよ。神は互いに不干渉が鉄則なのさ。他の神が世界滅亡の未来に気付いて行動を起こしていたとしても、手伝うことはできないのだよ」
「それはなぜだ」
「神が力を合わせたら、少し誤るだけでそれこそ世界を滅ぼしてしまうからだよ」
「神の癖に誤ることがあるのか……」
リリベルは、人差し指と中指を交互に抜き差しして、人が歩くような動きを作って遊んでいた。
これでも彼女は世界滅亡の話に興味津々なのだ。
「ヒューゴ君。御伽噺に出てくる神様は皆、自己中心的で失敗ばかりの行動を取るよ?」
「その知識は聞きたくは無かったな……」
とにかく、マルムが思い付いた世界を救うための方策は、どうやら彼自身の行動でしか達成できないようだ。
だが、安心する点はあった。
この繰り返しに関しては、マルムによって起きる結果が決定付けられている訳では無く、過程の行動次第で結果を変えられるかもしれないのだ。
次はゴブリンと人間が争う原因についてだ。
「マルム、確かお前は元々この穴に住んでいたゴブリンたちを追い出したのだったな?」
「そうだけれど、そんなことを君に話した?」
「え……あ、以前の繰り返しでお前から聞いたのだが……」
「なるほど、そういうことだったのだね」
この時点では、彼は惚けているのだと思った。
だから、彼に対する悪感情が再び湧き上がってしまった。ふざけている場合じゃないだろうと思った。
ゴブリンの王、メルクリウスとマルムの話を合わせると、マルムが彼等の住処に火を放ったことになる。
メルクリウスは、人間たちと言っていたので、マルムの他に誰かがいたのかもしれない。
それが誰なのかは分からないが、とにかくマルムが人間に化けてゴブリンたちを無理矢理追い出した事実はできあがっている。
「それじゃあ、ゴブリンを殺したのもお前の仕業か?」
「それは違うよ! 私が愛する者を手にかける訳が無いよ!!」
俺たちを愛しているとか言って容赦無く殺していた癖に、どの口が言う。
「なら、誰が殺したんだ?」
「人間だよ……」
マルムでは無く、人間がゴブリンを殺した?
多少なりとも魔物が出没する森に出向いて、わざわざゴブリンを1匹殺して木に磔にしたというのか?
商品を盗まれた復讐にしては、余りに強い罰だった。
「一体それは誰なんだ? 名前ぐらいは分かるのだろう」
「勿論! 愛する彼の名前は、君たちも知っているフーレンだよ!」
俺の手で遊んでいたリリベルの指が止まった。
彼女と顔を見合わせると、彼女は微笑んでいた。
微笑んでいたが、どこか俺を憐れむような感情が目の奥から読み取れたような気がした。
表情で予想した感情は、彼女の次の言葉で確信に変わった。
「君の良心は、人間とゴブリンのどちらに味方するのかな? あ、心が辛くなったのなら、いつでも私が話を聞いてあげるよ?」
彼女の気遣いについては、一先ず保留にしておく。
心は確かに複雑だった。
マルムが「君たちも知っている」と前置きしたのだから、あのフーレンなのだろう。
気付く機会は最初にあったのだ。
彼は最初から、ゴブリンの命を奪うことを依頼していた。ゴブリンと話し合いで解決する方向へ持っていきたいと話したら、詰め寄って不満を示す程度には、命を奪って欲しいと願っていた。
言い方は悪いが、彼にとっては害獣駆除を頼むぐらいの感覚だったのだろう。
言葉は発するが、見た目は違う全く別の生き物。
だから無闇に殺したって全く気にならない。
心が複雑になってしまったのは、フーレンのその気持ちが分かると思ってしまったからだ。
他種族の命を安易に奪いたくないと考えておきながら、俺もフーレンに近い印象を持っていたのだ。俺が知る言葉を話せるゴブリンが現れるまでは。
メルクリウスに出会ってしまってから、彼等がただの獣には見えなくなってしまったのだ。
彼等にもまた理性があるのだ。
それが尚更、心を複雑にさせた。
人の言葉を介すると分かった瞬間、彼等を人間と同列の存在だとみなした、その上から目線の傲慢さが、自覚してみると吐き気すら覚えてしまう。
ゴブリンの数え方を1匹と言っていた、心の醜さが気になって嫌になる。
だが、心はどん底に落ちた訳では無い。
全ては俺の心をいち早く察したリリベルの言葉のおかげだ。
今はただ、世界の滅亡を回避することに努めなければならないのだと思う。
マルムに協力するのは正直腹が立つ。彼はリリベルやリリフラメルを傷付けた。
しかし、今は彼への悪感情を抑えなければならない。
ゴブリンたちと人間たちの争いを何としてでも避けなければならないのだ。
ゴブリンたちのため、人間たちのため、そして何よりリリベルと生きたい未来の存在のため。
「お前はゴブリンたちに、仲間を殺した犯人が人間であることを伝えたよな?」
「勿論!」
「なぜ、馬鹿正直に人間が殺したと伝えたんだ……」
「だってゴブリンたちを愛してるから……愛しているからこそ真実を伝えないと……」
物凄い溜め息が出てくる。
俺の溜め息の理由を理解できないマルムに対して、リリベルが代わりに答えた。
彼女に代弁して貰うのは、正直申し訳なかったが、割と物事をはっきり言う彼女なら、きっと良いことを言ってくれるだろう。
「お前のやることなすこと全てが、世界滅亡へ導いているから彼は呆れているのだよ」
リリベルも俺も、最早目の前の神に敬意を払う呼び方をしていなかった。マルムは呼び捨てだし、それ以外は「お前」である。
「争いが起きる決定打になったゴブリンの死も、正直に犯人を教えたとしても、お前の言葉を信頼する者なら、お前の言葉1つで争いを止められたはずでしょう?」
「人間の姿に扮してゴブリンの住処に火を放てば、恨まれる相手は人間でしょう?」
「お前の言葉が無かったとしても、無理矢理住処を追い出していなければ、ゴブリンたちの人間に対する印象も、少なくとも最悪では無かったでしょう?」
興味を持たない彼女の侮蔑が、マルムに突き刺さると、彼は発狂したかのようにひと声叫んだ。
それは、しまったと思った時に言う後悔の念を含めた叫びで、何と彼は自身の行いによる結果を全く想定していなかったのだ。
溜め息は既に出し尽くしたので、不意にリリベルの方を見ると、彼女はまた微笑んで手を握って俺にこう言った。
「ね? 私の言った通りでしょう?」
次回は5月5日更新予定です。




