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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第11章 ゴブリン側の主張
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海の燃焼性

 マルムの風貌や行動原理は常軌を逸しているが、まともな会話をできそうな存在であることは確かだ。

 だから、一瞬でも彼の気を逸らすために行動を試してみる。


「そっちの質問に答える前に、こっちの質問に答えろ! アンタが繰り返しを行う目的はリリベルだったのか!?」


「はい」と言え。

 たった一言だけで良いから言ってくれ。

 それだけで俺は、この神に心から敵対できる。




「ふふん」




 マルムから返ってきた言葉というか音は、リリベルがいつもの癖で鼻を鳴らす音だった。

 挑発だと思った。


 未だ分からない未知の方法で、リリベルの癖すら認知しているマルムが、さっきまでまともに会話ができていたのに、ここに来て話をはぐらかすマルムのことが、僅かに残っていた彼が味方かもしれないという期待を掻き消した。




 なぜ俺だけが繰り返しに気付くことができるのか。

 マルムはこの山に集めた魔力をそもそもどうやって集めているのか。


 まだ残っている疑問はある。


 俺は不死だし、魔力を得ることを目的とするマルムはどうせまた繰り返しを行う。


 過程はどうであれ結果が必ず同じになるなら、恐らくマルムが()()に死ぬことは無い。

 つまり彼を殺すことはできないのだろう。


 俺が何をどう足掻こうと、結果的には無駄になるのだろう。

 だが、それで良い。


 今はそれよりも目の前の神に一矢報いたい。その気持ちだけがただただ強かった。




 リリベルから借り受けた魔力を放出して、目の前に掻き集める。

 黒いモヤを集めて形にして、頭に浮かんだ剣がそのままの姿で現れる。


 浮かんだままの黒剣に向かって、掌に集めた黒いモヤを一気に放出してみる。

 目に見える魔力の波が、黒剣を弾き飛ばしてマルムに向かって一直線に飛び掛かる。


 放出した魔力を再び掌に集め直して、必要な分を黒剣の形にする。

 走る勢いを一切殺さないまま、黒剣を両手に持って彼に飛び掛かる。




 先に飛び出した黒剣は、光輝くマルムの胸に思い切り突き刺さっていた。

 彼は手を広げて全く動かなかった。


 まるで俺に斬られることを望んでいるような、馬鹿みたいな笑顔で俺を迎え入れた。


「酷いよ。私はこんなに君のことを愛しているのに!」

「俺は、お前のことを、これっぽっちも、愛してなんか、いな――」




 光が遥か遠くに見える。




 マルムに向かって飛び掛かった勢いが殺されていた。


 地面に足が着く感覚が無い。


 だが、空の上に飛ばされた時と同じ感覚では無かった。

 呼吸はできなかったが、吸うべきものが無かった訳では無い。


 水だ。


 どんなに息を吸い込もうと肺を動かしてみても、口から入るのは水だけだった。


 たった1つの光以外に見えるのは暗闇だけだった。


 必死に呼吸ができる場所を探して、苦しみもがきながら手足を振ってみるが、好転しない。

 身体に伝わる感覚は、全身に感じる水、塩辛い味覚、何かに押し潰されて身体中に響き渡る硬い物が折れる音と柔らかい物が引き裂かれ弾ける音だった。




 一瞬だった。即死だったのだ。




 3度目の繰り返しの2度目の生では、冷静になることはできた。

 だが、それだけだ。

 空の上とは違う。ほとんど考える間も無く、俺は即死する。


 身体中が何かに押し潰された時に聞こえる音を鳴らして、すぐに視界が途切れる。


 誇張でも何でも無く、瞬きをするごとに俺は死んでいた。




 停止と起動を繰り返す身体の全てが、連続の死を経験することで、ここが海の中であることを教えてくれた。


 僅かな思考の中で、海の中の死を拒否するための方策を考えてみた。




 空の上と違って、海の中なら移動は可能だ。

 だが、頭上に光は無く、どんなに泳いで上へ行こうと明るさを感じる気配は無い。

 ただ1つ、正面に光る点があるだけだ。




 空の上から地上に落とすのであれば、リリベルならどうにかできるかもしれないが、海から地上へ引き上げてもらう方法は果たしてどうだろうか。そう簡単に助けてもらえる状況では無いだろう。


 幸い、今日の繰り返しの前半部分で、山の光を見るまでまだまだ時間がある。

 たくさん死ねる。




 痛みを感じる間も無く死ねるのは、とても良い。

 精神が磨耗しなくて済む。


 精神が磨耗しないなら、俺でもこの状況をどうにかできるかもしれない。


「奇跡だ! 愛する君が海の中で形を保っていられるのは奇跡だ!」


 光が喋った。

 水中であるのに、直接耳の中に音が入り込んだように綺麗に言葉が聞こえてくる。


 点だった光がより輝きを増し、横へ横へと広がっていく。


 視界一杯にまで横一線の光が伸びて、まるで夜明けの地平線のように見えた。海の中に夜明けがいた。




 海の中に吹き飛ばされた俺と共にマルムも存在するのは初めてだ。

 ただの過程の話だが、どうやら彼は山の中にいなければならない訳では無いようだ。


 彼が使っている全ての奇跡が魔法なら、山から離れてしまったら繰り返しは解除されるのでは無いかという想像もあった。

 だが、彼は魔法使いでは無く神だ。魔法という枠を越えた、俺の想像の付かない事象を引き起こしているに違いない。

 でなければ山を離れる訳が無いだろう。




 そうやって光を眺めながら、この身が助かる良い方法も思い付かずに、今は必要の無い思考ばっかりがよぎって、死に続けた。




 死に続けて死に続けて、やっと1つの案が生まれる。


 いつだったか、このあらゆるものを生み出す力を利用して、リリベルの贋作(がんさく)を生み出したことがあった。

 偽者のリリベルは、本物のリリベルと同じように魔法を使い、雷を放ってくれた。俺の意志とは関係無く、偽者だけの意志でもって攻撃を行ってくれる。

 魔力と思考さえあれば、魔女を複製さえできてしまう力は、今にして思えば何と強大な力であろうか。


 傲慢かもしれないが、それこそ神の領域に片足を踏み込んでさえいるのでは無いかと思ってしまう。


 エリスロースが初めてそれを目にした時、俺に2度この力を使わない方が良いとさえ言われただけある。




 とにかくこの力で、ある者を生み出してみようと思った。


 リリベルやエリスロースでは駄目だ。彼女たちは複製だとしても力を振るうには詠唱が必要だ。海の中ではまともに声が出せないから、力を発揮することはできないだろう。


 だから、詠唱しなくてもこの海をどうにかしてくれそうな者を頭の中に必死に思い浮かべる。


 余りにも早い間隔で死ぬおかげで、逆に思考をほとんど途切らせずに済んだ。


 次の死ですぐに思考を再開して、魔力を目の前に生み出しては死んで、また次の死に向かって行動を続ける。




 リリフラメル。

 海や空よりも綺麗な青色をした髪を持つ火の精霊(サラマンダー)と人間の間に生まれた女の子。

 火の精霊の力によって炎を生み、呪いによって、常に怒りが湧き上がり続ける共に魔力が増幅される。際限の無い魔力と共に炎はより強力になるのだ。


 言葉を話せる状況に無くても、彼女は発火する。

 彼女の炎には散々手を焼いてきた。手どころでは無いが。


 俺の知っているリリフラメルは海さえ燃やしてしまう偉大な者だ。




 黒いモヤが人の形になり、すぐに彼女を形作ることができた。

 死んでもすぐに魔力の扱いを再開して、彼女の形が崩れないようにし続ける。




 後ろの光に照らされて見えた彼女は怒っていた。


 とても怒っていた。




 彼女が何に対して怒っているのかは分からない。


 だが、俺が想像して生み出した彼女は、俺が死に続けながらも魔力を練り込む様を見ているはずだ。

 彼女は俺が苦しまないように、彼女ができる全ての行動を尽くして、それでも苦しむ俺の姿を見て喜ぶ性格だと言っていた。


 彼女は俺を助けるために努力するだろう。


 言葉が通じなくても彼女ならそうするはずだ。




 俺を助けようと何かしらの行動を取ろうと手足を動かすリリフラメルだが、全く上手くいく様子は無さそうだ。

 だから、彼女は苛立っていた。

 きっとあらゆる行動を試そうとしていたのだろう。


 彼女が行動を1つ失敗する度に、徐々に熱を感じるようになった。

 俺が瞬きのような死を繰り返すのと同じぐらいに、彼女は怒り始める。


 怒りが怒りを呼び、やがて後ろの光とは関係無く、彼女自身が淡く輝いて見えた。

 彼女の周囲に泡が立ち始めると、彼女の手先や髪の先が赤くなり始める。




 魔力で再現した彼女の形が崩れないように、俺は必死に魔力を練り続ける。どうか俺を助けて欲しいと心の中で懇願していると、彼女はそれに応えようとしてくれているのか、より熱を発する。




 やがて、止めどなく噴き出る泡によって彼女の身体が此方から全く見えなくなった。




 彼女の姿が見えなくなって少しの不安が生まれてしまうが、すぐにその感情は吹き飛ばされる。

 彼女の熱が俺を助けてくれると直感する。


 泡だらけの所から、青い光が放たれる。


 俺の身体を何度と無く焼き尽くした怖くて綺麗な青い光だ。




 青い炎が海を燃やしている。




「奇跡だ……」


 青い光の向こう側で白い光が、驚いたような呟きを発しているのが聞こえた。


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