憎悪絡んだ奇跡性
例の山の入り口まで何とか来ることができたが、何度も馬車で移動しておけば良かったと後悔した。
心地良い風も息切れ激しい今は、物足りない風に過ぎない。
この後、松明を掲げて中に進むことを考えるだけで、額から汗が更に吹き出てしまう。
夜明け前の周囲は暗い。
一方、穴の奥は昼夜問わず一定の暗さを保っている。
まあ、つまり暗いのだが。
リリベルに行き場所を知らせずにここに来たのはわざとだ。
3度目の繰り返しでは、マルムもしくはメルクリウスに関する知識を仲間にこれでもかという程教えた。
彼女たちに行く先を教えてしまえば、必ず誰かが付いて行くと言い出して聞かないだろう。
一緒に来てくれるのは嬉しいが、最終的にマルムによって空の上に吹き飛ばされて、苦痛を味わうぐらいなら来ない方が良い。
特にリリベルに関しては地上にいてもらわないと困る。
俺と魔力で繋がっている彼女が地上にいれば、例え俺が空の上にいようと引き戻してくれるからだ。
3度目の黒っぽい鉱石で囲まれた道を歩み進んで行く。
ここまで来るための道順を完全に覚えた訳では無いが、穴に入ってからマルムの元に辿り着くまでの時間感覚は既に慣れている。
かなり深い穴だと思っていたが、慣れてしまえば歩くことを苦痛に感じることは無い。
何となくで分岐を潜り抜け、目的の明かりまで近付いた。
あの道の先を曲がればマルムが存在するはずだ。
息を整えて、ゆっくりと進み寄り、そして1つの部屋に入る。
「ようこそ! やあやあ! ようこそようこそ!」
慣れた姿と言葉に最早反応する必要は無い。
暗闇を照らす光を鬱陶しく感じながら、俺は神様と対峙する。
「俺はヒューゴ。貴方はマルム。貴方……アンタはこの山で魔力を得るために、ここにいる」
「アンタにとって必要な魔力は、この山に集めた魔力を1度吸収しただけでは足りない。だから、今日という日を何度も繰り返すことで、効率良く魔力を得ている」
光る玉をいくつも身に付けた彼は、それらを揺らめかせながら俺を抱き締めようと近付いて来ていた。
彼が何か行動を起こす前に俺は無理矢理会話を続けようとする。
「その通りさ!」
彼はあっさり時間の繰り返しを行なっていることを認めてしまった。
神様なら、もっと威厳良く見せて欲しい。
彼の素直で軽い口調が神様らしさを大幅に失わせているような気がする。
「奇跡さ! 今日という時間が繰り返されるのは奇跡なのさ! 愛があるからこそ起きたあり得ない出来事!」
「たまたまだと言いたいのか?」
彼は喋りながら俺の身体を抱き締めて、愛おしそうに背中を撫でてきた。
「愛があるなら尚更聞きたいことがある。なぜ、今日はゴブリンたちが人間たちの村を襲っているのだ。アンタ程の者なら、きっとそのような出来事は止められるはずだ」
「私は何もしていないよ。そう! 全ては私の愛する者たちが起こした奇跡なのさ! 愛の力は何にも代え難い強い力で、それは私だって差し挟むことはできない! 無粋でしょう?」
ほんの少しだけ、手に力が入り、握り拳ができる。
「いいや。ゴブリンたちの心にあったのは、強い憎しみと悲しみだけだった。今の彼等の感情には愛が芽生える余地すら無かった」
本当はマルムに、1匹のゴブリンを殺したのは誰かということを聞きたかった。
この穴の外にいたリリベルの姿を視認することができた彼なら、きっと誰がゴブリンを殺したのか分かるはずだ。
だが、ゴブリンを殺したのは彼だと打ち明けられることが怖くて聞きたく無かった。
多分、怒りが湧いてしまう。
恐れ多くも神に対して怒りを持ってしまうのが怖かった。大して信心深くない俺がマルムに大して怒りを覚えてしまえば、きっと彼を攻撃してしまうだろう。
「だから、ここからはアンタに願いたい。困った時の神頼みをここで使いたいんだ」
「今日という日に関しては、どうか現実にしないで欲しい。ゴブリンと人間が争わなかった世界に導いて欲しい」
彼の返事は分かり切っていた。
俺を愛していると言う神様が、愛する俺の願いを聞き届けない訳が無い。
「可愛い人間の願いを聞かない訳が無いよ! もちろん、今日の出来事は現実にはしないよ!」
そして、彼が願いを実際に叶えてもらうようにするためには、俺が彼を愛さないといけない。
マルムは見返りを求めるという神様にしては随分と俗物的な存在なのだ。随分とセコい神様だ。
「予め言っておく。悪いが、俺は言葉でどんなに『愛している』と言っても、全て嘘になってしまう。だから友愛的な意味で捉えて欲しい」
「俺からアンタに示せる愛の範囲内で、彼等の争いを止める力を貸して欲しい」
「俺には他に、心から愛している女性がいるのだ」
マルムに倣って、俺は正直に素直に心を打ち明けた。
愛に執着する彼には、俺の心の内を誤魔化さず伝えることが良いことなのではないかと考えたからだ。
俺の身体から離れた彼は、笑顔を絶やさないまま光り続けている。




