23時間後
ディギタルが最奥の部屋に向けて魔法の防護壁を展開しながら、叫び声を上げて進む。
「これが賢者の石か!?」
「僕が……取ります!」
ジェトルがディギタルの防護壁より先にある賢者の石らしき物に手をかけようとしていたが、その先は燃え盛る熱波が発生している。
最奥の部屋からも、不揃いの牙を持つ生えた大きな口のある壁が、人が1人通れるかどうかの細い通路を目標に迫って来ている。その壁から出てくる燃える死者が炎を纏い俺たちを確実に灰にしようと熱波を放つ。
ジェトルが目と鼻の先にある炎の波に晒されたら一瞬で全身が燃え盛り死ぬ。
彼は自分を犠牲にしてでも賢者の石を取り、この状況を打開しようとしている。
シェンナは最奥の部屋とは逆方向に向かって魔法の防護壁を展開している。
シェンナのすぐ後ろには、狭い通路になんとか身体を収めたオークのダナが、うずくまって場をやり過ごそうとしている。絶望してうずくまっているようにも見える。
俺とリリベルはシェンナの防護壁の外側で構えて、出口側に存在する壁と対峙していた。
もう打つ手もない。
壁が絶えず魔力を吸収するせいで、俺の鎧や盾も形を維持するのに、更なる集中力を必要としてしまう。
細い通路に無理矢理せり出そうとしている壁は歪な音を立てて、止まらずに迫っている。
とっくに俺は死んでいるはずなのにまだ辛うじて生きているのは、リリベルのヒールのおかげだ。
リリベルは雷の魔法を放つことはやめて、俺に回復魔法を唱えることに全力を注いでいる。
だが黄衣の魔女はなぜか、最奥の部屋へ身体を向けていた。最奥に出現した壁を注視しているのだろうか。
仕方なく俺は片手で盾を構えたまま、フードを頭に被せてやったリリベルの身体を黒鎧で包み込むように抱き抱えた。
多分、シェンナはリリベルの顔が見えるのだろう。険しい顔をして俺たちを見つめていた。
魔法による攻撃をやめた今となっては、シェンナの魔法の防護壁のに入ればいいのだが、この狭い通路では位置を入れ替えることもままならない。
「よくも私の騎士を虐めてくれたね……魔法剣士! 万死に値するぞ!」
リリベルがいきなり叫んだ。一体何の話をしているのか全く状況が読めないまま、俺はリリベルの動向を注意しながら必死に守りの体勢を維持する。
そして、ジェトルが天井にある賢者の石を手にするため、自分の膝をバネに思い切り跳ね上がり、ディギタルの展開する防護壁の向こう側へ手を突っ込もうとした瞬間だった。
防護壁を超えたジェトルの手が燃え始めた。
ディギタルが剣を構えた。剣は光り輝いている。
ジェトルの視線の先は賢者の石らしき物でもなく、牙の生えた壁でもなかった。
彼はディギタルを見ていた。
燃える死者が爆発するように炎の波を勢いよく飛ばした。
「魔女さん!」
なぜかジェトルがリリベルのことを叫んで呼びかけた。合図とも取れるような叫びだ。
最奥の部屋を注視していたリリベルが片手をゆっくりシェンナへ向けてかざした。
ジェトルの視線の先とリリベルの手のかざした先にあるものから俺は察した。
そして、俺は叫んだ。
「伏せろ!」
シェンナは魔法の防護壁を展開したまま、ダナの上に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
リリベルのかざした手の先にはディギタルがいた。
『極光剣!!』
ディギタルは俺たちの方向へ急に身体を捻って、光る剣を振るおうとしていた。
俺は後ろに構えた黒盾をリリベルの前に持ってきて、代わりに黒鎧全体で背中の熱波を受け止めリリベルを守る。
『静雷』
ディギタルの放つ眩い光の波を掻き分けるように、リリベルの放つ細い一筋の雷がディギタルの胴体を貫く。
ディギタルの防護壁が消えると同時に、燃える死者も口のある壁も熱波も霧のようにぼやけて消えた。
ディギタルの光の波は黒盾に弾かれ辺りは暗闇に包まれた。




