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応接室で待たされていると、ロベリア教授と呼ばれている男がやって来た。
男は毛布を掛けられて座る私の隣に座り、苦虫を潰したような顔で語りかけてきた。
「申し訳ない。何と声を掛けたら良いか……」
「気にしないでください」
この男は差し障りのない挨拶を行って、私の気が確かなことを知ると、自分が本当に聞きたかったことを質問し始めた。
あの遺跡で何が起きたのか。なぜ私だけが生き残ることができたのか。
もちろんそれらの質問に対して、真面目に全てを答えてやるはずもない。私はあの遺跡で起きたことのほとんどをわざと隠して2つの事柄だけをこの男に話してやった。
話す時はできるだけ憔悴しきったような態度でこいつに接してやる。笑ってしまいそうになるが我慢だ。
「無数の魔物の叫び声が……聞こえてきたのです!」
「他に何か気になることは……?」
「最奥の部屋に2つの光る石がありました……! それ以外には……」
それ以外の言葉を告げてやるつもりは一切ない。いい気味だ。
しばらくして、これ以上の情報を引き出すことはできないと悟ったのか、男は応接室の扉を開け、近くにいたもう1人の男と会話を始めた。
「あれ程の精鋭を送り出しましたがこの結果です。次の調査隊の各要員には、国お抱えではないその道のプロを呼んだ方が良いかと存じます」
「なるほど。して準備にはどれほどの期間を要する?」
「調査隊にふさわしいメンバの選定や物資の準備として少なくとも1年は時間をいただきたいです」
どうやらまだ遺跡の調査を諦めるつもりはないらしい。懲りない連中だ。
だが、やることは簡単だ。
今回の調査隊同様、次の調査隊でも誰かになりすまして邪魔をしてやるだけだ。
遺跡の宝を盗む者は誰であろうと許さない。これは私とお前ら愚者たちとの戦争なのだ。
一切の許しも妥協もしない。
◆◆◆
カトルという名前の奴がたった今、私の目の前で息絶えた。
腕利きの魔法剣士と聞いたが、全く大したことがない実力だ。
おかげで楽々と調査隊のメンバとして潜り込める。
奴の着ていた衣服をそのまま奪い、奴の身体は火で燃やした。カトルという名の剣士の行方を知る者はもういない。
これで後はハイレ村で村人として潜んで調査隊が集結するのを待つだけだ。
物事は順調に進んでいる。
◆◆◆
まさかロベリアが魔女を呼ぶとは思わなかった。
今まで魔法の扱いに長けた者を呼ぶことは幾度もあった。
しかし、魔女を呼ぶことはなかった。どの種族にも忌み嫌われていて、争いの種になる魔女を調査隊の選択肢に入れることは、調査隊を瓦解させる危険を孕む。調査隊を壊滅させすぎて正気でも失ったのか。
例え正気を失ったとしても、こうして魔女が調査隊にいるなら対処せねばならない。
魔法という分野において最も知識を持ち合わせている魔女を自由にさせるべきではない。真っ先に殺さねばならない。
この最奥の罠で真っ先に殺さねばならない。
魔女さえいなくなれば、後はただの路傍の石と変わらない。簡単に殺せる。
『愚か者に罰を』
誰にも聞き取られないように小さく呟いて、私を眠りから起こす。
戦争の始まりだ。皆殺しにしてやる。
◆◆◆
なぜだ!
何度も剣を突き刺しているのになぜこの女は死なない!? なぜ呼吸が止まらない!
いや、落ち着け。落ち着くのだ。目を覚まさないならそれで良い。魔女の殺害は後回しにして、それ以外のメンバを先に抹殺しよう。魔女以外はどれも弱そうだし大した苦労もしないだろう。
古代文字解読者は魔法トラップの解除方法を必死に探している。本当の解除方法なんかこの部屋のどこにも記述されていないというのに、滑稽で愉快だ。
更に、この部屋の文字の羅列は目を離す度に位置が変化する。既に文字の羅列は何度も変化していて、奴がひどく混乱している様が滑稽だ。変化することにとっくに気付いているはずなのに、誰にも報告しないのが更に笑えてしまう。
魔物研究博士は魔法も使えないし、戦闘でも役に立たないこの場では、ただの荷物だろう。
気付いたら死んでいるだろうし、今は気にしなくて良い。
回復魔法使いは五体満足だと厄介になりそうだから殺す順番の優先度は高い。早めに腕を潰させて正解だった。
魔女を回復させようとした時は焦ったが、私の魔力で邪魔をして阻止できた。実に愉快だ。
魔女の騎士は、どうやら戦闘は得意ではないらしい。魔女の魔力を間借りして強靭な鎧を作り上げているようだが、壊れるのも時間の問題のようだ。
それならこの罠が再び眠りにつかない限りは、いつか奴も死ぬ。
分断させた残りの2人は燃える死者ですぐに死ぬだろうからこれも問題ない。
お前たち全員、地獄に堕ちるのは時間の問題だ。