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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
プロローグ
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小さな町の祭り

 俺は今小さな町に来ている。


 昨夜、名前を聞いてすぐのことだ。

 外が騒がしくなったと思って見てみたら、オーフラ国の紋章を鎧に刻んだ兵士が数人やって来た。


 他にも聞きたいことはあったのだが、諦めてザリオから逃げ出して南へ南へと進むうちにここに来た。

 件の魔女は……もちろんいる。


 魔女リリベル・アスコルト。

 金髪金眼の黄衣の魔女と呼ばれる女。

 魔女の中でも1、2を争う膨大な魔力を持つ者だ。


 魔女をいつまでも布切れ一枚だけにさせるわけにもいかないので、逃げる前に宿屋の主人を説得して服をもらった。

 いや、正直に言うとサルザス国の兵士であることを盾に、脅して服を半ば強引に奪った。


 魔女は晴れて服を着ることができたので、汚れた布切れはもういらないから捨てようとしたが、魔女は嫌々と手放さなかった。

 しつこく言うと怒らせそうだったので、仕方なく布切れの処分は諦めた。




「この町に知り合いがいるからちょっと会いに行くよ。君もついてくるかい?」

「いや、俺は遠慮する」

「そうか。それなら町の広場でまた落ち合おう。ランプの油を交換するぐらいの頃に待っているよ」


 魔女はそう言うと町の奥の方へ消えていった。

 ランプの油を交換する頃とは、魔女が城の牢屋にいた時の話をしているのだろう。


 牢屋の明かりは僅かに開いた城壁の隙間からの光と、ランプの光しかなかった。俺はそのランプの油が切れかける頃に油を継ぎ足していた。


 というか、さらっと落ち合おうとか言っていたな。




 町の中央には広場があった。

 木組みの小さな吹き抜けの小屋がいくつも連なって建っている。それぞれの小屋には、肉か魚か果物か調理した食べ物やお面などの子供が遊ぶような玩具が置かれている。


 広場の更に中央には、これも木組みで簡易的な物見台があり、綺麗な色布や装飾で(いろど)られていた。

 それらを見て祭りを催していることが分かった。


 今はまだ昼を知らせる鐘楼が鳴ったばかりで、人の通りもまばらであるが、日が沈んでいくにつれて増えていくだろう。

 そのような場所で待ち合わせをしたことは、失敗したと思っていると後ろから声をかけられた。


「お国の兵隊さんが来るなんて珍しいですね」


 綺麗な装飾が散りばめられた衣装を着た女性は、手にたくさんの食べ物を持っていた。


「何か事件でもあったのですか」

「いえ、私は兵隊では――」

「兵士の腕章がポケットから見えていますよ」


 目立たないように兵士の腕章を外してズボンのポケットにしまっておいたが、はみ出してしまっていたか。

 ズボンのポケットを確認してみたがそのようなことはなく、まさぐってみればしっかり腕章はポケットの中に収まっていた。


 女性の顔を再び見てみるとにやにやと嬉しそうにしていた。


「嘘よ」


 羽目られた。


「でも兵士なのでしょう? 歩き方で分かるわよ」


 歩き方なんて今まで意識したことがなかったが、どうやら彼女はそれで俺が兵士だということが分かるらしい。


 一見、祭りに参加しているただの町人にしか見えないので、隠すこともないだろう。


「ああ、兵士です」

「見ての通りだけれど、今日はお祭りがあるのよ。仕事になることなんて起きないわよ?」


 ここの町人がそう言うということは、まだオーフラ国との国境の城が陥落したことは知らないのだろう。


 よく考えてみればそれもそのはずだ。

 本来であれば城からこの町までは、馬で速く移動しても4、5日かかるほどの距離なのに、黄衣の魔女はそれを一瞬で町から町へと移動してみせた。

 一体何の魔法なのかは分からないが、彼女の膨大な魔力量があるからこそ成せる技であろう。




「祭りのフィナーレは夜だけれど、あなたは参加しないのかしら? 屋台の料理はどれも絶品よ!」

「確かに美味しそうです。ですが、生憎と持ち合わせがあまりなくて」

「あら、兵士って意外とお金にならないのね」


 大変ね、と彼女は共感の意を表すが、ふと何か思いついたように続けて話してきた。


「そうだ! あなたにこれをあげるわ」


 彼女はいきなり腰に提げていた袋をいきなり渡してきた。

 袋はじゃらじゃらとお金が擦り合ったような音がして、中を確認してみると案の定金貨や銀貨銅貨が入り混じって入っていた。


「いや、受け取れませんよ」

「いいのいいの! 私はこの祭りの主役を任されていてね。主役はお金がたくさんもらえるのよ」

「それなら貯めておけばよいのでは」

「これでもまだ家に掃いて捨てるほどあるのよ。それに、せっかくここに来てお祭りを楽しめないなんて損よ!」


 なぜ会ったばかりの見ず知らずの俺にいきなりお金を渡してくるのか、全く理解できない。

 半ば押し付けるように袋を渡して、祭りを楽しんでと言うと、彼女は手に持った美味しそうな料理を食べながら屋台を見回しながら歩いて行った。




 しかし、お金に困っていたことは確かだ。

 神様なんて別に信じていないが、神の思し召しと思って腹を満たすことにした。


 果物を蜜で固めたお菓子を買って食べてみたが、これが美味しい。

 だけれど、使ったお金は銅貨1枚だけで、とても袋のお金を使い切れる量ではなかった。


 祭りどころかしばらくの寝床にも困らないお金だった。

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