表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
プロローグ
3/723

旅支度

 屋台で食事を済ませて、広場から少し離れて町を見てまわった。

 前の町ザリオよりは小さいが、それでも立派な家々が立ち並び商店もある。




 お金の袋を確認する。

 しばらく生きていける金があるんだ。


 サルザス国に特別愛着があるわけでもない。

 何となく生きていければそれでいい。

 黄衣の魔女のことは忘れて、兵士の仕事も投げ出して、遠くに逃げて根を張って別の仕事を探すか。


 ともなると地図が必要だ。

 移動するには荷物も多く運べる魔獣がいた方がいいだろう。


 お金をくれた彼女には悪いが、祭りはそこそこにして残りはこれからの旅に使わせてもらおう。

 残ったお金を彼女に返す、ということはしない。

 そこまで俺は良い人間ではない。


 魔女にはせめて一言断りをいれておこう。




 ふわふわとした構想を立てて、必要な道具を買うために店を物色する。


 魔力石店があった。

 魔力石は魔法によって閉じ込められた物質や状態を取り出すことのできる便利な石だ。

 火付けに便利な火の魔力石、生きていくために必須の水の魔力石などがあり、この世界では生きていくのに欠かせない道具だ。




 魔力石やその他移動に必要そうな道具を買い揃え、買ったリュックに詰め込む。

 それなりに買い物をしたつもりだが、硬貨袋にはまだ最初より3分の2ほどの金が残っている。

 何せ金貨2枚あれば馬が1頭買えるのに、今さらっと見ただけでも何十枚とあるのだ。


 それでも掃いて捨てるほどの金があると言っていたあの女性は、家にどれほどの金を溜め込んでいるのか。




 真上にあった日も少し落ち始め、そろそろ広場に戻る頃合いになっただろうか。

 広場へと足を動かしていく途中で服屋があった。


 そうだ、服が雨風にそのまま晒されないようにマントを買っていこう。


 店の中に入ると色とりどりのマントが並べられている。

 店の奥には爺さんが1人、腰掛け椅子でくつろいでいる。俺を見かけるとどうぞ見ていってください、とばかりに微笑んできたので、会釈で返す。


 正直、どのマントが良いか悪いかは分からないので、なるべく安い物を選んでみた。

 すると、奥にいた爺さんが気になったのか近付いて来て告げた。


「アンタ、旅人かい? 大きな荷物を背負っているが」

「ああ。まあ、そのようなものです」

「そうしたら少し高くなるが、この生地のマントが良いだろう。雨に濡れにくい。今、アンタが持っているマントは雨が降るとすぐに染み込んで身体を冷やすことになる」


 爺さんは親切に商品をすすめてきた。

 値段を確認してみると、銅貨を追加する程度で買えるほどの物だったので、爺さんがすすめてきたマントを買うことにした。

 こういった物は知識がある者の教えに従った方がいい。




 ふと、横目に鮮やかな黄色のマントが目についた。

 かなり目立つ。

 こんな物を着る奴がいるのか、と嘲笑混じりに鼻を鳴らすと爺さんがそれに気付いたのか語りかけてくる。


「それは魔力が閉じ込められたマントだよ。といってもほぼ魔力は残ってないのだがね」


 世間話程度になぜか聞いてみる。


「元々これは貰い物でね。何年か前に小さな女の子が来て、置いてくれと言ってきたんだ」


「置いておくだけで魔力が流れて金運が良くなるとか――」

「いや、それ絶対騙されてますよ」

「もちらん最初は私も信じていなかったがね。ただ置いてもらう代わりに金貨1枚をくれると言うから、悪いこともないし置いていたんだ」


 爺さんは黄色のマントを手に取ってこちらに見せる。

 よく見ると細かい何かの紋様の刺繍が入っており、かなり手の込んだ作りになっていた。


「それで、置いてみたらこのマント光るんだよ! それで、光っている時はなぜかお客さんがたくさん来て服を買っていってくれるんだ」

「へ、へぇ」


 絶対気のせいだと思う。


「でも、最近は光らなくってきてね。もう魔力は無くなってきたのだろう。だから今はほとんどマントとしての役割しかないさね」


 と、爺さんが黄色のマントを元あった場所に戻そうとした時。




 なるほど。

 確かに光る。




 爺さんは光り輝く黄色のマントを持ちながら、こちらに振り返り一言。


「言ったとおりだろう?」




 広場は先ほどより活気が増していた。

 これでは人を見つけるのは難しいかと思ったが、魔女はあっさり見つけることができた。

 黄衣の魔女ただ1人が目立っていて、この祭りの場からは浮いていた。金色の髪を持つ人はこの場では、魔女ただ1人だ。

 町人たちが魔女をちらちらと見ていることからもやはり目立つのだろう。


「おや、その荷物はどうしたんだい?」


 俺に気付いた魔女は近づいて来て、俺の背中にあるたくさんの荷物に疑問を持つ。


「俺はこの国を出ようと思う。それで荷の準備をして来たんだ」


 ひとまずこの場を離れて宿を探してそこで詳しく話そうと提案すると、宿の当ては既にあると言われ案内された。

 祭りの日で、宿などそうそう見つからないかと思ったが、町の外からはあまり人が来ないから簡単に部屋は借りられたと言う。


「けれど、お前金はどうした?」


 幸い今はお金があるが、なかったらどうするつもりなのか。


「お金の代わりに身体を売ると言ったら了承してもらえた」


 魔女は淡々と何の問題もないようにあっさり答えるので、俺は沈黙してしまった。


「良かったよ、私が若くて。宿屋の主人が独り身だったことも丁度良かったね」


 頭がおかしい。

 立ち止まる俺にどうしたのか、と不思議そうに魔女は問いかけてきた。

 自分が発した言葉に何の問題もないかのような振る舞いに、魔女の不気味さが増す。


「お金はある。親切な町人に貰ったんだ。だから宿屋の料金は俺が払う。」

「へぇ。見返りもなしにお金だけをくれるなんて奇特な奴だね」


 ひとまず俺の想いは内に秘めて、歩を進める。




 宿に到着したら真っ先に、宿屋の主人に2人分の宿泊費を支払うから、魔女の言ったことは忘れろと伝えた。

 男が物分かりのいい奴で良かった。

 鍵を受け取り、部屋に入って荷物を置いてすぐに一息つく間もなく先ほどの話の続きをする。


「単刀直入に言うが、お前の騎士にはならない」

「ええ!?」


 魔女が突如おろおろし始めた。


「給金ならたくさん出すよ?」

「金なんか持っていないじゃないか」

「まとまったお金がすぐに手に入るんだ!本当だよ!」


 まるで賭博にハマって借金で首が回らなくなった奴が言うような台詞を吐く魔女。

 信じられるわけがない。


「それに金を貰ったとしてもだ。お前は黄衣の魔女と呼ばれる存在だ」


「お前の力を求めて国同士が争っているんだ。この先、たくさんの危機に出くわしても、俺はお前を守ることはできない」


「俺は……」


「俺は人1人守ることができるほど、武芸が達者なわけではないんだ。牢屋にいたことを思い出してみれば分かるだろう?」


 騎士として致命的な弱点。

 俺は剣の腕も、弓の腕もからっきし駄目で魔法の放ち方も分からない。

 対価に見合う働きができないことは明白なのだ。

 俺に騎士としての力量が全くないことを分かれば、魔女もきっと諦めるだろう。


「そ、それなら君のことは私が守るよ!」

「ああ……」




「は?」


 魔女の言うことが理解できない。

 守られる騎士とは一体。


「意味がよく分からないのだが」

「君が強くなりたいなら、私が力を貸すよ。強くならなくても私が守る。だから私の騎士になって欲しいんだ」


 そういえば黄衣の魔女がなぜ俺ばかりに騎士になるようすすめるのか、理由を聞いていなかった。


「なぜ俺なんだ。それこそ牢屋にいた時には、俺より強そうな奴らがごろごろといただろう」

「ふむ」


 魔女はぼろぼろの布切れを指差して続けた。


「牢屋にいた時の話をするなら、君はこのマントを捨てずに大切に扱ってくれただろう。それが私には嬉しいことだったのだ」

「それはお前が大切そうにしていたからだ。牢屋にいた時には魔女のお前を怒らせないように努めていた」

「君以外にそのような殊勝な心がけを持っていた兵士はいたかな?」


 多分いなかった。

 あの牢屋では、人間が平気で人間であることを捨てられるような場であった。

 魔法を使えないように(くつわ)を噛まされ、無力になった魔女に対する途方もない暴力。

 正気を持った人間などあの場にはいなかったと思う。


「あそこでは君だけが他の人間と違う行動をしていたんだ。面白かったんだ。それが私にはとても興味深いことなんだよ」


 魔女はふふんと鼻を鳴らす。


「つまり、騎士になるというのは建前で面白い人間がいるから傍に置きたいということか」

「そう!そんな感じ」


 本当かよ。

 適当に言ってない?

 魔女はそうそうと話を続ける。


「お金の話だけれど、魔力石は分かるよね」


「魔力石は空の魔力石に魔力を注いでおいて、そこに火や水の属性を追加することで普段君たちが使っている魔力石になるんだ」


 魔女はその魔力を注いだ魔力石を作って売ることでお金にできると言うのだ。

 ある程度魔法に精通した者でも魔力石を作ることはできるが、魔女が作った物は魔力が上質で高値で売れるという話はいつだったか聞いたことがある。


「お金の当てはあるのだ。安心したまえ、ヒューゴ君」


 魔女は俺の目の前で仁王立ちで格好つけている。


「争いごとが起きても君は私が守る。お金は君の望む分を出す。女に困るというなら私を好きな時に抱いていいよ。どうかな」

「最後の話は聞かなかったことにするが、多分、これで断っても色々理由をつけて誘うのだろう」

「当たり前だよ」

「昨日は『無理にとは言わない』とか言っていなかったか」


 溢れんばかりの笑顔を見せて魔女は一言。


「言ったっけ?」




 日がすっかり落ちて外は一層騒がしくなってきた。

 祭りも佳境といったところだろうか。

 窓の外を見ると広場の方向は鈍く輝いていた。

 俺が外を気にしているとベッドに腰かけていた魔女が語りかけてきた。


「そろそろ広場で祭りの儀式が始まるんじゃないかな。行ってみるかい?」

「お前はこの祭りを知っているのか?」

「うん、知っているよ」


「首狩祭りって言われているお祭りなんだ」


 なんだその不気味な名前の祭りは。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ