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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第11章 ゴブリン側の主張
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巡る死にかけた客観性2

 何かがおかしいと思い始めたのは、町に到着してからだった。


 気付けばリリベルと共に昨夜通った道を歩き、フーレンの店に行ってしまった。行く気も無かったのに行ってしまったのだ。

 そして、その後は酒場に行って彼女と酒を飲み交わした。


 昨夜、酒で失敗した彼女のためにも、酒を飲ませるのはどうしても避けたかったが、俺が彼女に対して酒を飲ませないようにすることができなかった。


 酒を飲ませることを許容したとしても、彼女が酔っ払って暴力に振り切れないようにしたい。

 だから、酒を飲む量だけは俺が監視して調節してみせたが、それが功を奏した。彼女は今、確かに酔ってはいるが、昨夜と比べて暴力に訴えかけたりすることは無かった。

 若干、喋り方がふにゃふにゃしているが、それ以外はいつも通りと言っていい。おかげで、俺が彼女に酔い潰されることも無かったので、そこも嬉しい点ではある。


 2日連続でフーレンの店に世話になりたくは無い。




 問題は、俺には酒場に行く用事が無かったのに、なぜか酒場で彼女と酒を飲み合っていることだ。

 どちらかが酒場に行きたいと言った訳では無い。そのような会話は、酒場に到着するまで一言足りとも話していないはずだ。


 この酒場に行くことが、不可抗力であったかのようだ。




「ヒューゴ君、一体どういう風の吹き回しなのかな」

「何の話だ?」


 彼女が酒を一気にあおることが無いよう事前に注意していたおかげで、彼女は言われた通りに少しずつ酒を飲んで、飲食を楽しめている。

 彼女は、酔いの証として頬を少し赤らめて俺に言ってきた。


「君はあれだけ私にお酒を飲ませないようにしていた。それが今日は飲んでも良いと言ってくれて、私は不思議に思ったのだよ」


 昨夜は飲んでいた時の記憶を失う程に酔っ払っていたリリベルだが、それでもさすがに酒を飲んだこと自体は忘れる訳が無いと思っていた。俺を罠に嵌めてまで、飲んだことの無い酒を飲んだのだ。


 だから、今の彼女の言葉を素直に受け取ることはできなかった。

 彼女に対して、白々しくすっとぼけている悪い女だと思った。


 それでも、今の彼女が大人しく上品に酒を(たしな)んでくれていることを考えると、強くは言い返せない。


「たまになら良いと思ってみたんだ。リリベルと一緒に酒を飲みながら食事を楽しみたいと前から考えていたからな」

「ふふん。私の騎士は話が分かるね」

「だが、飲み方にはくれぐれも気を付けてくれよ? 飲み方を1つ間違えれば、翌日の体調に大きく響くぞ」

「私は初めてお酒を飲むのだよ? 君が私にしっかりとお酒のいろはを教えて欲しいかな」




 この時にもしや彼女は酒場に行ったことすら覚えていないのでは無いかと思った。

 だから、それならいっそのこと、この機会に彼女に昨日のことを打ち明けてみようと思った。酒の席だし、昨日の惨劇の内容を少し削って柔らかく聞こえるようにすれば、彼女が悲しむことも無いだろう。


「酔っ払っていて覚えていないのかもしれないが、リリベルは昨夜も飲んでいたのだぞ。しかも、昨夜は結構悪酔いをしていた――」

「何を言っているのだい? 私たちは今日、この町に初めて来たのだよ?」


 リリベルの方こそ何を言っているのだろう。

 俺たちがこの町にやって来たのは昨日だぞ。


 きょとんとしている彼女に対して、俺は丁寧に今日昨日に起きた出来事をおさらいするかのように語ってみたが、彼女は今日のことに関してはきょとんとした表情のままだった。

 彼女は、昨日のできごとを覚えていると言うが、今日起きた出来事に対しては全く身に覚えが無いと言うのだ。




「リリベル、俺をからかって冗談を言っているのだろ?」

「本当に覚えが無いのだよ。君が言うゴブリンたちが住んでいた山にはまだ行ったことが無いし、その中にいたマルムという男の話も何のことか全く分からないよ。リリフラメル君が火の精霊(サラマンダー)と人間の間に生まれた子であることも初耳だよ」


 全く話の噛み合わない状況にもやもやとしながら、俺は彼女の両肩を掴み彼女の目を見て真剣に話してみた。


「本当に、覚えていないのか?」

「本当だよ」


 彼女は眉を下げて少し不安そうな表情をしていた。嘘を言っている訳では無いことが分かった。

 彼女は嘘をつくことはあるが、俺が真面目に質問をした時だけは嘘をつかないことは知っている。彼女の返答の早さや、その俺を真っ直ぐ捉えた目を見ても、確かだと言える。


 だから余計訳が分からなくなってしまった。


「念の為聞くが、他人の記憶を消す魔法ってあったりするのか?」

「もちろんあるよ。今の君の口振りからすると、私が何か記憶を失っているようだね」




 徐々に異変が広がっている。

 得体の知れない不安感が襲っている。


 この状況を攻撃とするなら、リリベルの身に危険が迫っている。




「あいよ! 鳥の肉焼きだ!」


 俺たちのテーブルに注文していた料理が置かれて、丁度良いとばかりに俺は酒場の主人を呼び止めて聞いてみた。

 魔法の効果を受けているのはリリベルだけなのか、それとも他の者も同様の状態なのかを確かめたかったのだ。


「彼女のことを覚えているか? 昨夜、この店で結構な迷惑をかけたのだが」

「昨夜? いいや、そんな訳ねえな」

「本当か?」

「本当さ。そんな目立つ髪色をしている女が店に来ていれば、忘れる訳ねえさ」

「……そうか、ありがとう」




 リリベルがこの酒場で流血沙汰になる事件を起こしたはずだが、彼はそれを覚えていないと言った。あんなに濃い内容の出来事を覚えていないのだから、やっぱりおかしい。


 確信した。


 誰を狙ったものなのかはまだはっきりとしないが、誰かが忘却の魔法を詠唱している。

 少なくともリリベルと酒場の主人の昨日の記憶が消されている。




 攻撃を、受けている。


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