巡る死にかけた客観性
「魔女も案外大したことが無いものだ」
食糧の運搬とメルクリウスへの報告をするために、俺とリリベルはゴブリンたちの仮住まいにやって来た。
身体は小さいながらも、何匹かのゴブリンが一生懸命に食糧をここまで運び出したのを見て、彼等が見た目よりも力持ちであることを知る。
食糧の入った箱を開けると、喜びを表すかのように身体を揺らしながらゴブリン語できゃっきゃしていた。
食糧を運んで来てくれた俺たちに親近感が湧いたのか、ゴブリンたちとの距離が昨日よりも近くなった気がする。
何匹かのゴブリンが俺の鼻に指を突っ込んだり、いきなり両手で視界を隠されたりと悪戯をしていた。
リリベルに対しては、彼等は鼻の下を伸ばしながら胸を揉んだり、彼女の髪を編み込んで細長い縄のようにして彼女の鼻に突っ込んだりとやりたい放題であった。
もちろん最初は黙認していたメルクリウスも、徐々に度が過ぎ始めた悪戯の様子を見て叱らざるを得なくなった。
彼等にとってこれはいつも通りなのだろう。
王冠を被るここのゴブリンの王様は、俺たちに失望の目を向けながら、それでも一応の納得はしてくれた。
彼等にとっては、快適で安全な住処があれば良いだけなので、それに相応しい住処を見つけてくれたら問題無い様子だった。
一応、メルクリウスには彼等が元住んでいた穴倉に、俺たちでは手に負えない凶悪な存在がいることを伝えてある。
実際に俺に巻き起こった事象をメルクリウスが直に体験した訳では無いから、彼は俺たちを非常に不甲斐無い存在と見ているようだ。
逆にそれ程、彼にとって魔女は恐ろしい存在に映っていたのだろう。
その後は、町の者が寄り付かなそうな手頃な山を見当付けてから、待たせていたエリスロース、リリフラメルと合流し、馬車に乗って再び町へ戻った。
馬車はエリスロースが御していて、後は荷台で町への到着を待っている。
馬車に乗っている間、リリフラメルが荷台の縁に顎を乗っけて、そよ風に青髪を揺らせていた。
何か考えごとをしているような彼女の様子に、俺は気になっていたことを質問してみた。
「いきなり自分が火の精霊と人間の間に生まれた子だと言われても、実感が湧かないよな」
意味も無く口をすぼめて息を吹いている彼女が印象的だった。
怒りやすい彼女の体質を考えると、今の彼女は湿気てくすぶった焚き火のようだった。
自身を人間だと思っていた彼女が、突然人間では無いと告られたらショックも受けるだろう。
余計なお世話かもしれないが、今まで幾つものことに力を貸してくれて世話になっている彼女に対して、俺は気遣わないでいられない性分なのだ。
「私は今まで、火の魔法を使えるようになったのは、私をこんな身体にしたあのガキのせいだと思っていた」
ガキというのはノイ・ツ・タット国の元公王であるモドレオのことを言っているのだろう。純粋な気狂いの子どもによって、彼女は呪われた身となった。
「でも、違かった。私は元々、火の魔法を最初から扱うことができていたんだ。火を母から受け継いでいたんだ」
そこで初めて彼女の母が純粋な火の精霊であることを知った。ともなると父は人間なのだな。
「たくさんの人を焼き尽くした大嫌いな火なのに、それが実は大好きな母から貰ったものだって分かったら、何だかやるせない怒りが湧いてきた」
「俺はお前の火に何度も救われている。リリフラメルがいてくれて良かったと思う」
彼女を気に掛けた言葉が、彼女の心に響けば良いな。
俺が正直にリリフラメルへの感謝の気持ちを告げると、彼女はぷいと顔を俺から見えない方へ逸らしてしまった。
単に照れているのか、それともまだ落ち込んだままなのかは、彼女の表情を読み取らないと分からないが、それは無粋なのでやめておく。
「ところで、半実体の火の精霊と人間とで、どうやって子どもを作――」
リリベルの口も塞いでおく。
「それよりも、本当にゴブリンたちの住処を作るつもりなのか? マルムとかいう男、ヒューゴの話を聞く限りだと私たちの位置を常に把握しているようだし、ここに留まり続けるのは危険なのでは無いか? ああ危険では無いか?」
御者台にいたエリスロースが野太い声で荷台にいる俺たちに疑問を投げかけてきた。
彼女の言う通り、この地に留まり続けるのは危険だと思う。本当なら一刻も早くこの地から去りたい。
だが、ゴブリンたちと交わした約束を反故にはできない。
俺たちがここで知らん顔をすれば、彼等と町に住む人間たちの間で争いが確実に起こってしまう。愛だ何だと騒ぐマルムがこの地に住まう者たちの面倒を見てくれる保証も無い。
それなら俺たちの手で争いの種を取り除いてやりたいと思うのだ。もちろん主人のリリベルは俺の意見に賛成してくれている。
幸い、リリベルが俺たちを空の上から引き戻してくれた後、マルムから再び攻撃を受けることは無かった。
山の外の様子を簡単に見通せる彼が、俺やリリフラメルが再びこの地に戻ってきたことを知らないはずが無い。即座に俺たちを害する攻撃があっても良いはずだが、今の所その様子は無い。
「慢性的な魔力不足に陥っているマルムの様子からして、俺たちを再び攻撃する余裕が無いのかもしれない」
「信じていいのか? いや、信じるけれどさ」
いずれにせよ、明日は目星を付けた山に行って、ゴブリンたちの住処を速やかに作って早く彼等を案内したいと思った。
「しかし、あの山、眩しいな。ああ眩しい」
エリスロースが額の前に手で影を作って、1つの山を睨みながら文句を言っていた。
確かに眩しい。
例の綺麗に真っ二つにされたような垂直の壁を持つ山が、太陽の色に染まって、更に強い光を反射させていた。
「もしかして、あの岩壁全てが鉱石の塊だったりしてな」
「だとすると人間にとっては途轍も無く巨大な宝に見えるのだろうな」
エリスロースとリリフラメルのやり取りに強烈な既視感を覚えた。
確か、昨日も同じようなことを言っていた気がする。
あの山が鉱石らしき物でできていることは既に彼女たちに伝えたはずなのに、リリフラメルのその言葉はまるで初めてあの山を見たような感想であった。
一瞬だけ変に感じたが、すぐに彼女たちがわざと昨日と同じやり取りをしているのだと思った。
だから、特に彼女たちのやり取りに突っ込むことはしなかった。
次回更新は4月16日夜です。




