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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第11章 ゴブリン側の主張
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完璧な致死性2

「……君……」


 誰かの声が聞こえる。

 微かに耳に入る柔らかな声が心地良く感じる。


 その心地良さに甘んじて目を覚まさないでいると、次は乱暴な物言いで突然殴られた。


「おい、起きろ」


 痛みで無理矢理覚醒させられると同時に、無意識に激しい呼吸が始まった。

 肺に空気が入っていなかったからなのか、呼吸が正しくできたことに幸せを感じながら急いで呼吸を行う。


 尻に感覚がある。

 空がある。

 草木の匂いや、匂いを運ぶ風を感じる。


 馬車が近くにあって、リリベルとエリスロース、リリフラメルの姿が確認できたから、ここは彼女たちと待ち合わせた場所のようだ。




「こらこら。そう他人を痛めつけるものではないよ」

「2度と起きないのかと思って、心配で……ごめん」


 母親のように叱るリリベルに対して、リリフラメルは素直に謝る。次に俺の方に謝りを入れた。


「さっきまで穴の中にいたはずなんだが、どうやってここに戻って来たんだ……?」


 呼吸も落ち着いて、やっとこの状況を確認する余裕ができた。

 すると、リリベルが俺の背中をさすりながら答えてくれた。




「君たちは空から落ちてきたんだよ」

「そ、空?」

「正確には私が君たちを空から引き戻したと言った方が良いかな」


 彼女は一体何を言っているのだろうか。

 俺たちは山の中に入っていて、マルムと出会った。

 そして、マルムの異常性に恐れて、彼から逃れようと穴の中を駆け回っていた。


「少し前まで君の魔力が山の中にいたことを確かに感じていたのだけれど、突然それが空の上に移動したんだ」

「そんなに遠くにいる俺のことを感知できたのか……」

「もちろん」


 リリベルとの契約によって魔力を受け渡されている俺は、他の者よりも位置を把握されやすい。

 その彼女が、俺が空にいたと言うのだからきっとそれは本当のことなのだろう。




「マルムの仕業なのだろうか……」

「マルム?」


 きょとんとしているリリベルとエリスロースに、俺たちは森に入ってからここに至るまでの全てを話した。


 穴の中は見たところでは全て鉱石のような物でできていたこと、その中にはマルムと名乗る非常に怪しい男がいたこと、彼から逃げようと穴の中を走っていたら海の中に移動させられたこと等、事細かくできるだけ覚えていることを語った。


 手を組みうんうんと唸りながらリリベルは俺の話を聞いてくれた。その様子を見ているだけでどこか安心できた。


「ヒューゴ君が見た青と緑と白の模様をした丸というのは、私たちが生きているこの世界を外から見た景色だろうね」

「見たことがあるのか?」

「見たことは無いけれど、君の魔力が空の上にいたことを感じ取ったことを考えると、そうとしか考えられない」


 リリベルは「それに」と付け足して、俺の髪を撫でてきた。なぜ撫でるのかは理解できないが、嫌ではないので断る理由も無かった。


「この世界は上に上がれば上がる程、呼吸が難しくなることは知っていたかい? だから、もっと上に行けば君が体験した呼吸ができなくなる世界に辿り着くこともあり得ると思うんだ」

「そうだとすれば、俺とリリフラメルは山の中から空の上に吹き飛ばされたことになるのか?」

「そうなるね。リリフラメル君はヒューゴ君と同じ景色を見ていなかったのかい? 2人とも同じ景色を見ていたなら、尚のこと空の上にいたことは確かだと思うよ」

「私はこいつに抱かれていたから、分からなかった」


 リリフラメルは淡々と状況を説明したつもりなのだろうが、その状況説明がリリベルの逆鱗に触れた。

 彼女は物凄く冷たい表情で「はあ?」と言い、先程まで撫でていた手に力が一気に込もった。


 嫉妬の炎に燃え上がりそうだったリリベルを緊急事態だったと言い訳を重ねて、何とか話を元に戻す。




「そのマルムという男は、ヒューゴもリリフラメルもリリベルも知っていて、どうすれば全員を死と同じ状態にさせられるのかも分かっていた」


「身動きできない世界に不死者を閉じ込めれば、永遠にそこで死に続けることになる。誰にも助けられない状況なら、それは死んだも同然だな」


 エリスロースはマルムが俺たちを空の上に飛ばしたと断言した。

 山全てが魔力の塊であったとすれば、それ相応の魔力があったことは確かだろう。ともなれば2人ぐらいを空の上に吹き飛ばすことぐらい訳も無いのだろうか。


 リリベルは、山にあったかもしれない魔力と紐付けて、マルムが普通の人間では無い可能性を提示した。


「もし、あの山全体に魔力が貯められていたなら、それを全て得ることはただの人間にはできないと思うよ。人間程度の魔力管に山程の魔力は入らないさ」

「魔法使いか?」

「魔法使いどころでは無いと思うよ。君たちの話を聞くに、吟遊詩人が語り伝えていくお伽噺のような存在の1人だろうね」


「神様かもね」


 伝説上のドラゴンや、巨神、それらと肩を並べる存在がこんな所にいるのか。

 彼が名乗った「マルム」こそが、彼の存在を確たるものとする。彼こそが()()()()()()なのだと、今気付き始めた。


「仮に彼が神様のような存在だとして、それだけの存在なのになぜ魔力を頑張って集めているのだろうか」

「推測に過ぎないが、そのマルムと名乗った男がマルム教の信徒たちと関わりがあるなら、本来は信徒たちから魔力を貰っていたのでは無いか?」


 そういえば彼は、貰った愛に対して愛を返したいと言っていた。もしや彼が貰っていた愛とは魔力のことを指すのだろうか。


「その魔力を受け取ることができなくなった?」

「そういえば踏み鳴らす者(ストンプマン)に殺された人たちはたくさんいたみたいだね。巨神の踏みつけ以外に、彼が放った光が遠くの国に住む者たちを蒸発させたって噂もあるね」


 確かに踏み鳴らす者との戦いで俺たちは数え切れない程の生物の死を見てきた。通常ではあり得ない程の死だったことは確かだ。

 マルムは信徒を失って、不足した魔力をこの山に溜めた魔力で補っているのだとすれば、合点はいく。




 だから尚更、彼と関わるべきでは無いと思った。

 彼が、マルム教の信徒たちが祈りを捧げる先になるのだ。彼を拠り所にしている者たちが悲しむようなことを、どうしてできるだろうか。


 ゴブリンたちには、この山を諦めてもらう他無いだろう。

 正直、一刻も早くこの山から離れたいが、まだここでやることはある。早く用事を済ませよう。


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