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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第1章 24時間戦争
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22時間後

 牙の生えた壁はゆっくりと着実にせり出し、俺からもはっきりと見える位置に来ていた。

 壁には大きく開いた何かの生き物のような口があり、そこから燃え盛る人型の何かが出て来ている。まるで地獄の門だ。


 リリベルは地獄の門に向かって絶え間なく雷の魔法を放ち続けて、それ以上の進行を食い止めようとしているが、生み出される異形に対して、放つ魔法の数が間に合っていない。

 おそらく、リリベルの放つ魔法の速度も異常なのだろう。何重にも放たれる静かな一閃が、束になって大きな光に見える。それが何度も複数同時に放たれている。

 しかし、それでも間に合っていない。


「一応伝えておくとね。魔力を吸い取る壁を倒す手段は……あるよ。でもそれは君が死にそうになった時の最後の手段だから」


 リリベルは何か秘策でも思いついたのか、いつものようにふふんと鼻を鳴らした。今まさに最後の手段の使いどきだと思うのだが、まだそうではないらしい。

 迫り来る壁がぼんやりとしか見えなかった時と比べて、今は黒鎧の隙間から圧倒的な熱が入り込み、自分の肌が焼けているのではないかと想像できる。俺の鼻を焼け焦げた匂いが通るからだ。


 黒鎧を維持する集中力も限界に達している。

 眠い。

 眠気が襲ってくる程の時間を戦い続けたのだと思う。寝たい。



◆◆◆



 ディギタルとダナは壁や地面を押し込んだり、床を破壊してみたりして賢者の石が隠されていないかを確認している。

 遺跡の最奥の部屋であるここが、賢者の石の隠し場所であると無謀な願いを込めているようだが、最早俺も祈るしかない。


『賢者の石を欲する者、同じ時に至る時、その資質を認める』


『同じ時』とは何を指すのか。時間でも巻き戻せというのだろうか。




 一方、ジェトルは魔法トラップの第3段階の解除方法を壁に刻まれた無数の文字の羅列から探している。

 だが、これがおかしい。

 これまで散々解除方法を探していたのに未だに時間がかかっているのは、いくら何でもおかしい。仮に彼が要領の悪い者だったとしても、この極限の状態でパニックになったと加味しても、さすがに遅いのだ。


 この状況のせいなのか、疑いたくはないがどうしても疑念が湧いてしまう。

 わざと遅れて解読しているのではないかと。


 だが、疑念だけでは駄目だ。人を疑う言葉を発するには確たる証拠がなければならない。




「君も誰かに……疑いを向けているのかい」


 リリベルの話し方が何かおかしい。呂律が回っていないような話し方だ。俺は盾を片手で構えて身体はリリベルの方を向けてみた。


 リリベルは片手で雷の魔法を放っているのが見えた。


 もう一方の手は、俺の方向に向けていた。


 俺に回復魔法を当て続けていたのだ。


 焼け焦げた匂いは俺ではなくリリベルから出ているのだと今やっと分かった。

 彼女の顔や手は既に爛れて赤く染まっている。彼女お気に入りの魔力が込められた黄色のマントも端から火が上がっていて、それ以外の服はボロボロになって皮膚に張り付いていた。


 俺は大馬鹿者だ。

 熱を受けて痛みもあるのに、なぜ未だに盾を構え続けられているのかと考えなかったのか。俺が痛みを感じるなら、すぐ後ろにいるリリベルも同様に痛みを感じていたはずなのに、なぜ察せられなかったのか。

 俺の盾は誰も守れていなかった。何の意味も無かった。


 騎士として誰かに仕えたからには、その職務を全うしたいという気持ちはあった。あったのだが、この光景を目の当たりにしてもう俺の心は折れかけていた。俺はやっぱり騎士に向いていない。


 リリベルは固まっている俺を見て、兜の中の表情を察したのか、ふふんと鼻を鳴らした。焼け爛れていなかったら多分微笑んでいたのだろう。


「いいかい……よく聞いて」


「君の盾が無かったら……私の身体は既に……燃え朽ちていたんだ」


「君の盾は……私の身体を確かに守っている」


 この魔女は心が読めているのか。不思議な気分になる。

 だが、魔女の励ましの言葉も今の俺には、真っ直ぐ突き刺さって抜けない矢のようにしかならない。

 魔女の鼓舞に応えられない自分に嫌気がさすばかりだ。






 ふと見た。


 ふと、リリベルの向こう側に見える最奥の部屋が見えた。俺がこの細い通路で膝をついていたから見えたものがあった。嫌気を一度頭の片隅に追いやることができる物。

 どうして今まで気付かなかったのか。


「ディギタル、天井に光る物がある――」

「ディギタルさん! 魔法トラップの解除方法が分かりまし――」


 俺の言葉を遮ってジェトルが叫びを上げる。

 しかし、ジェトルの叫びを更に遮って唸る音が最奥から聞こえる。

 最奥の部屋の最奥の壁から大きな牙の生えた口が突如生えてきて、文字を飲み込んだ。口は赤く鈍い光を発し始め、やがて燃える死者(ケイオネクロ)が我が家に帰って来たかのようにゆっくりと歩き出て来た。


 今、前後ともに口が生えた壁が存在している。


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