良心に基づいた残虐性3
この穴の中にいる者は、どうやらマルム1人らしい。
誰かがいれば気配で分かると胡散臭いことを言っていたが、これまで通って来た道に生物の影すら無かったから、今は信じてみることにしようと思う。
兎にも角にもこの穴で見つけた最初の1人なのだ。
彼になぜこの穴にいるのか、そして元々ここに住んでいたゴブリンを追い出したのが彼なのかを尋ねると、彼はあっさり答えてくれた。
「ゴブリンたちを追い出したのは私だよ」
「あっさり認めたな」
「事実だからね!」
「それじゃあ彼等を追い出して、この穴を占拠している理由は何だ?」
マルムはとても申し訳無さそうに悲しげな顔になる。その表情をそのまま受け取ることはできなかった。
「私には愛する生き物がいるのだよ! 彼等は私が彼等を愛するよりも私を愛してくれる! 彼等の愛に応えるために、私はこの穴で力を蓄えているのだ!」
愛とやらを話し始めた彼は、先程までの暗い表情から一転して物凄く高揚して口角を吊り上げて、身振り手振りを交えながら言葉を続けた。
「この黒っぽい石は私が作ったんだ! この石に魔力を集めて、私はこの魔力で愛を皆に返したいのだ!」
もしこの山が魔力を有しているのだとすれば、相当な魔力量が込められていそうだが、それなら魔力を機敏に察知するリリベルが全く反応しないのはおかしい。
「もうこの山に魔力は残っていないのか?」
「ほとんど無い! 欲しかったら私が分けてあげようか?」
「いや、いらない。それよりも、ここでの用事が済んだならゴブリンたちのために明け渡してくれないか? 彼等は住処を失って困っているんだ」
強烈な悪意を持ってゴブリンたちを追い出した訳では無いようで、彼が俺の願いを拒否したら困るところであったが、彼はこれまたあっさりと受け入れてくれた。
「可愛い人間の願いを聞かない訳が無いよ! もちろん、出て行くよ!」
マルムの風貌にやっと慣れ始めたリリフラメルが、ほっと胸を撫で下ろしているのが横目に見えた。
「それと、可能なら次からは、ゴブリンたちを追い出さないで済む方法でこの山の魔力を得てくれないか」
「分かったよ! それぐらい朝飯前さ!」
彼が魔力を得て何をするつもりなのかは知らないが、ゴブリンたちの住処が戻るならそれで良い。
リリフラメルに合図して、俺たちは彼から立ち去ろうとしたが、その彼から待ったをかけられてしまう。
「私は君のことを愛しているから、君の願いを幾らでも叶えてあげたいって思うんだ! 君はそんな私のことを愛してくれるかな?」
男女関係無く、初対面の者からいきなり「愛してくれる?」と聞かれて「はい」と答えられる訳が無い。怖すぎる。
だが、やたら愛を語ってくる彼に対して、きっぱり「愛していない」と答えるのは、恐らく良い結果を生まないだろう。
努めて平静を装いながら、彼に対して「もちろんだ」と返答をした。
リリフラメルも俺の返答の意味合いを理解してくれた上で、特に表情を変えずに隣にいてくれている。
「火の精霊の君も私のことを愛してくれるかな?」
「私は火の精霊じゃない。でも、愛してる」
彼女も場の雰囲気に合わせてくれた。
そして、火の精霊がリリフラメルのことを指していることが分かった。
確かに彼女は炎を扱う魔法に長けているが、それは彼女が掛けられた呪いによる副産物であって、元々魔法すら知らない女だった。
平和に暮らしていれば、火の魔法とは無縁のはずだったのだ。
だが、マルムはリリフラメルの否定を更に否定した。
「火の精霊は生まれつき髪が青いのだよ。知らなかったのかい?」
「彼女は髪が青いただの人間だ。そもそも火の精霊って何だ」
「おお! 愛する人間が私の話に興味を持ってくれるなんて嬉しい!」
こっちは鬱陶しい。
「火の精霊は元来、火という存在そのものなのだよ。君たちが世界に存在してくれるおかげで、火は生み出される」
「本来は魔力の核がある半実体を持つような存在なのだけれど、君は人間と火の精霊の間に生まれた子どもなのだね! 人間の姿をしてはいるけれど、中身はしっかりと火の精霊だ!」
何とも信じ難いが、リリフラメルを見るとどうやら思い当たる節があるようで、小さく俯いて考え込んでいた。
だが、両親のことを思い出せば、彼女が最後に見た両親の無惨な姿を思い出させることになる。
彼女がその思い出を想起する前に、俺は彼女の気を逸らすため今度こそ穴の外を出ようと促す。
「自分が何者なのか知らなかったんだね。でも今、自分のことを知ったのだから、より自分を愛せるでしょう?」
「はあ?」
「どうどう」
光るマルムと燃えそうなリリフラメルの間に割って入ってから、彼女の肩を掴んで身体を方向転換させ、出口に向かわせる。
だが、またもやマルムから待ったがかかる。
早くこの息苦しい穴倉から抜け出したいのに、中々上手くいかなくて溜め息の1つでもつきたい気分になってきた。
だが、彼の次の言葉を聞いたら、そのような気分は一気に吹き飛んだ。
「君はリリベルっていう女の子を愛している?」
一瞬、思考が停止した。
身体が固まったのは俺だけではなく、視界に映っているリリフラメルも同じだ。
おかしい質問をされたから思考を停止した訳ではない。
なぜマルムが、リリベルという名を知っていたのかということだ。
「とても愛しているのだね!」
返事をしていないのに、彼は勝手にそう決めつけた。
今は、愛しているか愛していないのかの話よりも、なぜリリベルのことを知っているのかを尋ねる方が先決だった。
「リリベルと……知り合いなのか?」
「いいや、会ったことは無いさ! でも、随分と可愛い女の子だ。森の外で君の帰りを待っているよ」
久々の嫌な予感が身体中を駆け巡った。
初対面にも愛を欲するような危険人物が、第三者同士の愛について聞き尋ねているのだ。
もし、俺がマルムだったとして、俺がヒューゴを心から愛していたとしよう。
仮にだ、あくまで仮の話だ。
そして、俺が、ヒューゴはリリベルを愛しているということを知っていたとしたなら、俺はどう思うだろう。
「リリベルと私、どっちをより愛しているのだろう?」
絶対に「リリベル」と答えてはならない。
確実に話がこじれることは分かりきっている。
だが、「マルム」と言うこともできない。
俺がリリベルを想っていることを、どういう訳か知っている。どの程度愛しているのかさえも知っているような口振りであった。
嘘だと受け取られることは明らかだろう。
光り輝くふざけた風貌の彼だが、若干の敵意を表していることは見て取れた。
ほぼ詰んでいる。




