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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第11章 ゴブリン側の主張
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死にかけた客観性2

 町に入ってから酒場に行く前に、フーレンの店に行き、彼とゴブリンに関する今後の行動を会話したことまでは覚えている。

 だが、そこから酒場に行ったその後の記憶が無い。うろ覚えだ。


 気付いたら馬車の中で寝ていたようで、誰かに掛けられた布をめくって起き上がる。不意に視界の端に肌色が映って、そちらの方を見ると隣に素っ裸のリリベルがいて心臓が止まりかけた。


 布を掛けていたとは言え、夜になればさすがに外は冷える。豪快に身体を放り投げて寝ている彼女は正に気狂いだ。

 彼女に声を掛けて服を着てから寝るようにと1度起こそうとしたら、馬車の外から猛抗議があった。


「やめろ。起こすな。さっき寝たばっかりなんだ」


 声の主はリリフラメルで、一体なぜ彼女が馬車の外にいるのか気になって、リリベルに布を掛け直してから馬車の外に出てみた。




 荷台から降りようとしたが、地面との距離を見誤ってしまい、足がもつれて転びそうになってしまった。

 そして、体勢を立て直した時に初めて強烈な吐き気と頭痛が、俺に襲いかかっていたことを自覚した。


 視界が上下左右に揺れて気持ち悪い。


 酒を飲み過ぎた後に表れる症状だ。

 まさか、リリベルがいたというのに羽目を外して酒を飲んでいたというのだろうか。




 痛みと吐き気に頭を抱えながらも、声がした方へ進んでみる。

 辺りは真っ暗で、空は真っ青のキャンバスに無数の輝く白が散りばめられている。


 丁度、馬車の横で荷物が入った箱を椅子代わりに座っているリリフラメルがいて、彼女は頭の流血をエリスロースに治療されていた。


「どうした。誰にやられたんだ!」


 彼女に心配の言葉を掛けた瞬間、喉奥から吐き気の元が込み上げてきて、我慢する間も無く吐瀉(としゃ)してしまった。喋っただけで吐いてしまう程に酒を飲んだことは無いから、初めての体験だ。

 俺の醜態に彼女たちは気遣うでもなく、むしろ静かにしろと人差し指を口に当ててしーっと言ってきた。2人とも薄情である。




「お前のご主人様にやられたんだよ」

「言っておくが、ヒューゴも死にかけていたんだからな。ああ死にかけていた」


 俺が死にかけていた?

 誰によって?


「全部、彼女がやったことさ。ほら、見てみるがいい」


 吐き気の元が一旦外に出て、何とか顔を上げることができた。

 するとエリスロースが突然、俺の口に指を突っ込んで来た。


 船乗りのおっさんの姿をした彼女の指から血の味がして、すぐに2人分の記憶が俺の身体に流し込まれた。


 1人は船乗りのおっさんの記憶で、もう1人はリリベルの記憶だった。


「なぜかリリベルがお前の髪を掴み引き摺りながら戻って来たんだ。彼女とは全然会話にならなかったから、彼女の血を覗き見てみたら、その有様さ」


 その有様と言ったリリベルの記憶は破茶滅茶な内容だった。




 リリベルとの付き合いは長い。

 彼女は俺がどうすれば気分が良くなるかを知っていた。


 悲観的な俺に対して彼女はひたすら褒め称えたのだ。

「君が私の騎士になってから、私の魔女生は明るく彩られている」とか「君の努力は私だけが知っている」とか、俺がこれまで彼女のためを思ってやって来たことを、彼女は理解してくれていた。


 彼女の優しい言葉で俺がほだされていく度に、彼女は俺に酒をすすめた。

 当然、気分が良くなった俺は彼女から注がれる酒を断ることはできない。


 彼女は、俺が彼女に好意を持っていることを利用して、俺が普段飲んでいる酒の何倍もの量を飲ませて、意識を混濁(こんだく)するまでに至らせた。




 そして、俺がまともな判断ができなくなった隙を突いて、酒を飲んだのだ。彼女にとって、念願の初めての酒である。




 一言で言えば彼女は酒乱であった。


 酔いが回り始めた彼女は最初こそ、酒場に行けば1人は必ずいる千鳥足で歩く酔っ払いの陽気なおっさんのようだったが、そこから更に酒が入ると狂犬と化す。

 俺が飲んでいた酒が強かったこともあって、酒を飲み慣れない彼女が狂い出すのは早かった。


 酔っ払って彼女の話に上手く返答できない俺に対して不満を持った彼女は、殴る蹴るの暴行を加えた。手が早い。

 そして、痛みに悶える俺を勝手に可哀想に感じて、謝罪のつもりか絶望的に下手くそな口づけを何度も交わしてきたのだ。

 それと似たようなことを何度か繰り返して、近くにいた客が彼女を咎めるが、彼女は可愛い声で文字通りの殺し文句を唱えて、客を怖がらせた。


 彼女が金色の髪を持つ特異な見た目が、客たちを怖がらせる。


 彼女の記憶を通した、酔いにくたびれている俺の姿は血だらけでとても可哀想だった。

 自分の姿を別の視点から見るのは不思議で興味深い話だが、この場面においては見るに耐えなかった。

 本当に可哀想だな、俺。


 最終的に、リリベルが酒瓶を俺の頭に叩きつけて、俺がぴくりとも動かなくなった所を、酒場の主人が「ウチで人殺しをするな」と怒り、2人共追い出してしまった。


 主人よ、それよりも血だらけの俺を介抱してくれよ。




 余りに衝撃的な記憶だった。


 これが本当にリリベルの記憶だとは信じられなかった。

 何事にも余裕を持ち、心優しい彼女が絶対行わない行為をこれでもかと披露させられて、恐怖するしか無かった。

 人は酒が入ってから本心が見えると誰かが言っていたような気がするが、それならリリベルの本性は暴力的という話になる。

 信じたくない。




 俺が壊れた人形のように地面に倒れている姿を見た彼女は、仕方無く馬車に戻ることを決意し、俺の頭を乱暴に掴み引き摺って行った。

 彼女の普段の力では到底俺を引っ張り上げることはできないが、酔っ払っていてもさすが魔女だ。自身の筋力を強化する魔法を正しく詠唱し、有り余る力でもって俺をゴミのように扱ってここに帰ってきた。


 そして、馬車に戻った後、彼女はリリフラメルとエリスロースに絡んだ。

 彼女たちもまたリリベルの酒乱振りを初めて体験したため、動揺が止まらなかった。

 彼女の気分にそぐわないことが起きると漏れなく暴力を振るわれたことは、言うまでも無かった。




 驚くべきことに、これだけ俺に暴力を振るっておいて、彼女の記憶から流れ込んだ彼女の感情は、俺に対しての好意で埋め尽くされていた。

 それなのに彼女の暴力によって死にかけたなんて信じたくない。




「傷を治してくれたのはエリスロースなんだな。あ、ありがとう」

「それよりも、彼女に2度と酒を飲ませるな。いや、飲ませるなと言うのは酷だから、飲む時は絶対にお前が見張って欲しい」


 これまで彼女たちと共に何度も戦いの場を経験したが、これ程まで真に迫った表情を見たことは無かった。




 ただ、エリスロースが俺にリリベルの記憶を読ませてくれたこと自体は、結果として良かった。

 酒場にいた俺は酔い潰れる前に、何人かの客にゴブリンや彼等が住んでいた山について話を聞いて回っていたのだ。

 偉いぞ、俺。




 ただ、彼等の話に挙がってくるのは、ゴブリンが店の品を盗んで行くという話だけで、この町の者が鉱石を求めて山に行ったという話をまず聞かなかった。

 噂話ですら挙がって来なかったことを考えると、この町の者の仕業では無いのだろうか。


 つまり、この町の者に湧き上がっているゴブリンに対する印象は、まだ店の品を勝手に盗んで行く子悪党に留まってくれている。


 彼等は皆、自分たちこそが被害者と信じて疑わない。




 リリベルの言う通り、人間にとって全く異なる見た目のゴブリンを、彼等は気持ち悪いとか邪悪とか評していた。

 正面から向き合って接したことの無い存在だというのに、彼等は彼等の持つ印象だけでゴブリンを悪と決めつけてかかっていた。


 今回の件で、俺が考える幸福な結末は、ゴブリンと人間が互いに元の生活を取り戻すことだろう。

 そして、もしこの話が第三者の悪意が介入したことによって起きたいざこざであるなら、ゴブリンたち人間たち双方が互いに持っている印象を改める必要がある。


 互いの印象が悪いままであれば、この場は収めることができたとしても、いずれまた争いが起きてしまう。

 後でこの町とゴブリンたちが衝突して、死者が出たなんて話を聞いたら、俺はまた後悔することになる。俺だって、後悔することは嫌なんだ。




 大層な決心をしてみたが、今はまずフーレンの魔法薬店に行き、悪酔いに効く魔法薬を探そうと思う。


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