ゴブリンたちの正当性
落ち着きを取り戻したゴブリンたちは、俺たちに道を案内してくれた。
景色の変わらない木々を歩き続けていると、やがて開けた場所に出られた。
そこには小さなテントが密集していて、より多くのゴブリンたちが暮らしていることが分かった。
テントの群れの真ん中に一際大きなテントがある。人間に限らず、こういう集団で生きる生物が作る1番大きな建物は首長が住む家だろう。
俺たちの姿を見るや否や、集落にいたゴブリンたちが騒ぎ初めて、テントの中から弓矢や剣を持ち出してくる者までいて、少し焦る。
しかし、道案内してくれたゴブリンたちが彼等に例の鳴き声で会話し始めると、物騒な物を構えるのを止めてくれた。
そして、最も大きなテントから、1匹のゴブリンが出て来た。
そのゴブリンは宝石等の装飾が付いた茶色のローブを着ていて、頭に少し汚れて色褪せた金色の王冠を被っていた。
彼も他のゴブリンと同様に灰色の体色をしている。
顔の形は個体差があるが、大きく伸びた鼻と大きな目は皆同じようにある。
背は俺の半分の大きさも無い。身体の大きさの割には手足は大きく、鋭く尖った爪が武器になることを誇示していた。
どう考えてもこの集落で1番偉いゴブリンだろう。
「あー、何だね。君たちは」
お。俺が分かる言葉を話している。
他のギイギイと鳴くゴブリンたちの言葉を聞いた後、彼は改めて俺たちに向き直った。
「君たちの肉を食らって良いと、君たち自身が言ってきたと息子たちは言っているが、どう考えても君たちが自殺しに来たようには見えないのだがね」
リリベル、お前は何てことを言ってくれたんだ。
慌ててゴブリンの王様に釈明する。
「申し訳ないですが、それは誤解です。実は別のお願いがあってここに来たのです」
「嫌いな人間の頼みを聞く程、我輩の耳は暇じゃないのだがね」
おっと、随分と敵対的だな。
「その人間に頼まれてここに来たのだよ。でも安心して欲しい。私たちは人間の味方でも無いし、君たちの味方でも無いからね」
全方位に喧嘩を売るリリベルに冷や冷やする。これまで彼女に何度も肝を冷やされる場面に遭ったが、こればっかりは慣れない。
「私は魔女だよ」
彼女の言葉を聞いて、彼は後ずさる。
過去に魔女に酷い目に遭わされたのだろうか。狼狽した様子で、俺たちの動きを注意深く見守りながら、彼は続けた。
「ぐ、魔女が一体何の用なのだね」
嫌そうだが、どうやら用件は聞き届けてくれるらしい。
俺はフーレンの依頼の内容をそのまま伝えて、そしてゴブリンたちがなぜいきなり町の食べ物を奪い始めたのかを問う。
同時に、その原因次第では、俺たちが彼等の不都合を取り払い、元の生活に戻ることができるように力を貸すことを提案した。
そこで初めて怯えていたゴブリンの王様が、平静を取り戻して俺たちとまともに話し合う姿勢に入ってくれた。
彼が話の分かりそうなゴブリンで良かった。
「ふむ。その提案には興味があるね。我輩の城でゆっくり話を聞いてやりたいところだが、君たちの図体は……」
リリベルではなく、特に俺の身体を凝視したゴブリンは、テントに収まらないことを危惧し始めた。
他のテントと比べて確かに大きいのだが、俺が入ったら窮屈になりそうだ。
「ここで大丈夫です」
そう言うと、ゴブリンの王様が他のゴブリンたちに指示を出して、俺たちの元に切り株を運ばせた。椅子代わりのようだ。
俺たちの肉にありつけると思っていた周囲のゴブリンたちは、分かりやすく耳を垂れさせて落ち込んでいた。申し訳ないことをしたと思っているが、食べられ無くて良かった。
「俺の名前はヒューゴ。彼女はリリベルと言います」
「我輩はライリア・ルゴン・メルクリウスと言う。メルクリウスは我輩にとって神聖な言葉であるから、メルクリウスと呼んでくれたまえ」
「は、はい。メルクリウス様」
「様は付けなくて良いぞ」
「はい。メルクリウス」
彼が神聖と言うから様を付けたのに、要らぬと言われたのは正直意味が良く分からなかった。
それよりも彼の名前が、俺が想像するよりもかなり大層な名前であることに驚いた。
もしかしたら、彼が嫌っている人間に舐められないように、人間たちが大層に聞こえるような名前を付けたのかもしれない。
とにかく、彼の名前を教えてもらえるぐらいには、心を許してもらったと思って良いだろう。
「まず、君たちは我々が先に人間たちに悪事を働いたと考えているようだが、それは違うのだよ」
「と言いますと?」
「先に手を出したのは、彼等人間の方なのだよ」
若干ではあるが、尊大な物の言い方がリリベルと似ていてむず痒くなる。
メルクリウスによると、ここのゴブリンたちは元々、この近くの山の中に穴を掘って暮らしていたそうだ。
安定した気候ということもあって、この地には食糧となる物が豊富にある。穴の奥深くを掘れば、食糧を備蓄することが可能だったし、他種族に危害を加える必要は無く、彼等だけの安定した暮らしをしていた。
それが一転したのは、人間たちの攻撃に遭ったからだと言う。
「人間たちが鉱石を求めて、我々の家を明け渡すように言ってきたのだよ。山には鉱脈が通っていて、それが彼等の暮らしには必須だと言うのだ。無論、直ちに追い返したとも。なぜ、我々の暮らしが脅かされねばならぬのだ言ってやった」
だが、交渉が失敗に終わってすぐに人間は、彼等の住む穴に火を放った。
当然、煙に追いやられてゴブリンたちは逃げ惑うしか無かっただろう。
「我輩の寛大な処置に対して、人間たちは愚かにも逆らったのだ」
メルクリウスは切り株に拳を叩きつけて怒る。周囲のゴブリンが彼の怒りに怯えて離れ始めた。
ゴブリンたちが町の食糧を奪って行ったのは、貯蔵する施設が無くなってその日その日の食事を探す羽目になった恨みを晴らす意味もあったようだ。
何だか話の雲行きが怪しくなってきたな。
何が真で何が偽かを頭を振り絞って判断する作業を、つい先日行ったばかりなのだが、まさか今回も似たようなことにならないよな。
「おや。私たちが人間たちに話を聞いた時には、彼等に正義があるように聞こえたけれど、君の話を聞くとどうやらゴブリンたちに正義があるようだね」
のべつ幕無しに喋り始めたリリベルの感情を読み取ることは簡単だった。
彼女がこの件に興味を持ち始めたのは明らかだろう。
「ヒューゴ君! どうする! 君はどちら側の正義に立つのかな!」
「俺はなぜこの魔女を好きになったのだろう……」
つい口に出てしまった。
俺の小言を聞いても尚、リリベルは鼻息を荒くして生き生きとした目で俺を見ていた。
そして、鼻息を荒くしているのは彼女だけでは無い。
「百度考えようとも、我々に正義があるのは明らかであろう!」
「メルクリウスの仰る通りです」
「おやあ、ヒューゴ君。両方に良い顔をするのは、両方から恨まれることになるよ?」
「リリベルさん、今だけは静かにしていてください」
溜め息が止まらない。
だが、現時点では悪事を働いていると思えるのは人間たちの方だ。
俺たちは一旦、人間たちの事情を聞くことにしてメルクリウスの元から去ることにした。
町に行って食糧を奪うことはやめてもらう約束を取り付けた。もちろん俺の小遣いで、彼等の分の食糧を調達することも約束した。
彼が元々住んでいた穴の場所を教えてもらった。明日はその穴を実際に見に行こうと思う。




