とある船乗りの死について14
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次に談話室に呼んだのはフリアだ。
フリアは、リリフラメルとエリスロースの無惨な死体を見た影響で、未だに気が滅入っているようだ。伏目がちで、顔色もどことなく悪い気がした。
彼女にはすぐに終わらせると前置きをしてから、無理矢理質問を強行させてもらった。
もう昼頃だというのに嵐は未だにこの家を襲い続けている。
この雨がいつまで続くまで分からない。一刻も早く日記が言う犯人を見付けなければならい。
そうは言っても先程のリリベルと行った相談で、大体の見当はついている。
後は確認するだけだ。そして日記に確認してもらうだけだ。
「確かフリアさんはこの暖炉に薪をくべてはいなかった。合っていますよね?」
「はい、その通りです」
一瞬の間を置いて、息を整えてから彼女にもう1つ質問をする。
むしろこちらが核心といっても良い。
「貴方は魔法を使えますか?」
暖炉前に並べられた椅子に座った俺とフリアとリリベルは、暖炉の薪が乾いた音を鳴らして火の粉を散らす様子を眺めている。
フリアの顔を横目に見やるが、彼女は先程までの顔色と変わっていない。
一瞬の間はあったが、返って来た言葉は否定だった。
それもそうだ。
後ろめたいことがあるなら否定するだろう。
手に持っていた日記を彼女に見えるように掲げて続ける。
「中身は白紙のこの本を、なぜ貴方は俺たちに手渡したのですか?」
「え……。それは、お2人の探し物だということに察しが付いたからで……」
「これは日記の体裁も持っていると彼女が言っていたのにですか?」
「古くて、大きな本を探していると言っていましたから……」
「古くて大きな本なんて、この世にごまんとありますよ」
彼女の反論が止まったところで、まくし立てる。勢いに任せて彼女に言い逃れができないようにする。
「本当のことを言いましょう。この本は俺たちにとって先祖代々の由緒ある宝では無いんです」
「この本は、とある船の上で見つけました」
俺の言葉を聞くと共に、彼女は目を見開いて驚いた。
「近くには、1体の死体がありました」
フリアは目を瞑り、それから深く溜め息をつく。
そして、意を決したかのように顔を上げて口を開いた。
「それは、お守りのような物です」
「貴方がマテオさんに渡した物なんですね?」
「その通りです。その本には、持ち主が望む世界を可能な限り実現することができる魔法が込められています。彼がこの本を肌身離さず持っていれば、危険な海も安全に渡ることができると思って渡しました」
これで犯人が確定した。
フリアが夫を想う気持ちに嘘をついていないのであれば、俺の想像通りの結末になるだろう。
「このことを隠そうとしていた理由は、貴方が魔女であることと関係していますか?」
「そうですね……。魔女は余り良い印象は持たれていませんから。私が魔女だということが周囲に知られてしまえば、夫も普通の生活をすることはできなくなってしまうでしょう。お2人も私が魔女だと知って嫌な気分になったでしょう?」
フリアの言葉に、リリベルと顔を見合わせてからまたフリアに顔を戻して「全く」と返答する。
そりゃあ最初は、魔女、というかリリベルにはどうしようもない恐怖の感情を持っていた。魔女としてのリリベルの性格に数え切れない程、辟易としてきた。
だが、今は違う。
リリベルは魔女である前に、1人の大切な女性である。
フリアは目を細めて笑った。俺の返事を信じられないといった感情で、否定の笑いをするが、その様子を見ていたリリベルが席を立ち俺を後ろから抱き締めながら、フリアの否定を更に否定した。
「私も君と同じだよ」
面を上げて、俺とリリベルの姿を見たフリアは、今まで以上に驚いた表情をしていた。
だが、すぐに驚きは平静に変わり、恐らく先程とは違う笑みを浮かべ始めた。
「そう。リリベルさんが魔法に覚えがあると言っていたけれど、まさか魔女だったとは思いもしなかったですよ。通りであんなにはしたない所作をしていた訳ですね」
「ふふん、それはどういう意味かい?」
リリベルの腕がなぜか俺の首を絞め始めたので、慌てて腕を叩いて彼女の許しを乞う。
いや、なぜ俺が彼女の怒りをなだめなければならないのか。
だが、これで合点がいった。
名残惜しいがリリベルの腕を努めて優しく振り払ってから席を立ち、暖炉の横に置いてある火かき棒を持って、未だに燃えている薪をどかす。
その下には黒焦げた1本の鋭利な物体が存在していた。




