とある船乗りの死について13
◆◆◆
リリフラメルに被せていた布を取り払うと、首と胴体が離れた彼女が現れる。
ベッドの上で死体となった彼女の姿はとてもグロテスクで、死体を見慣れている俺でもちょっときつい。
死体とは言ったが、正確には彼女は死んでいない。
リリフラメル・オルギーという女は、呪われている。生物にとって、死ぬとされる現象が起きようとも彼女は決して死なないのだ。
身体が今以上にバラバラに切り刻まれようとも、心臓を握り潰されようとも、彼女は生きている。
胴体と繋がっていない顔は、突如目玉をぎょろっと動かして俺たちを睨み付けて来た。口がぱくぱくと動いているが、丁度喉を切られているため、声を出す手段が無い。
リリベルはその姿を平然と眺めているが、正直その姿は俺にとって恐怖以外の何者でも無い。幽霊なんかより断然こちらの方が怖いと思うのだが、こればっかりはリリベルの感性が良く分からん。
「リリフラメル、もう少しだけこのままで我慢してくれ」
早くこの茶番を終わらせろと言わんばかりの鋭い目付きが俺を突き刺してくる。怒る元気があるなら十分だ。
わざわざリリフラメルの部屋に来たのは、4人が集まっている談話室よりも日記を自由に読んでいられると思ったからである。
彼等に日記の内容が書き換わっていく様を見られるのは都合が悪い。
それともう1つ。
リリベルと答え合わせがしたかったのだ。リリフラメルと船乗り男のエリスロースを殺した犯人。そして、表紙にマテオという名前が記された日記に、『犯人は誰だ?』という文章の意味。
「さて、君の考え付いた答えを聞かせてくれるかな? そのためにここに呼んだのでしょう?」
「ああ。できれば、リリベルの考えている答えと噛み合わせしたいのだが、まずは俺が考え付いたことを聞いて欲しい」
リリベルは相変わらずの嵐模様の窓の外を少し眺めてから、窓に背をもたれて俺の答えを聞く姿勢に入ってくれた。
「ことの発端はこの日記だ。というか今までのできごとを考えてもそこは疑う余地は無いはずだ」
問題はこの日記が、とある船の上で見つかったということだ。
俺たちがノイ・ツ・タットから海を渡ってこの地にやって来るまでの間に、海上を漂う一隻の船を見つけた。
漂っているといっても、追い風が吹こうと船はその場から一切動くことは無く、その1つの地点でただただ留まっていたのを覚えている。
そんな怪しい船にリリベルが興味を示したのは、珍しいことでもあったが不幸でもあった。船の見た目は綺麗だったが人の気配を感じさせない静けさが、幽霊船の可能性を思わせていた。
だから、リリベルは怖がって絶対船に近付こうとしないだろうなと予想していたのだが、それが外れて意外に思ったことを覚えている。
そして、その船に取り付き、中を調べたのだ。
生きている者はいなかった。
航海をするにしては余りにも寂しい船内で、たった1人の死体と1冊の本が壁際に置かれているのがとても目立っていた。
死体がいた床は身体から染み出した液体でシミができていて、長い時間をかけて腐っていったことを示していた。
逆にその近くに血のシミ等は無かった。
ただ、服を着ていたことで辛うじて形を保っていた人の形の骨の、丁度肋骨の下に細かく砕かれだ大量の木屑はあった。
「もしかして、あの時に見た死体こそがマテオじゃないのかって思ったんだ。彼は何者かにあの船に置き去りにされた。そして、多分、餓死した」
「あの死体がマテオだったとすれば、彼は自分を置き去りにした者に対する怒りがあったんじゃないだろうか。なぜ、俺は殺されたのかって」
「そして日記に怒りを託した。魔力を持つ者が触れてくれることを祈って」
一種の偏見かもしれないが、マテオは魔法を扱う者は皆、頭の良い者だと思っていたのかもしれない。
魔法使いの特性上、魔法詠唱や魔道具、魔法薬等の知識には、途轍もない膨大な情報が存在する。
それら全てを口頭で伝えていくのは、魔法使いだって嫌だろう。だから本に書き記し、知識を伝え広げていったのだと俺だって想像できる。
そして、読み書きするということは文字を理解する学がある。
学があるなら、マテオを殺した犯人を探す頭脳があるはずだと思ったのかもしれない。
だから、日記に触れたリリベルを逃すまいと、俺たちを散々な目に遭わせて、日記を破壊するように仕向けてきた。
「だが、この想像には疑問がある」
「リリベルが日記を触った時点で俺たちは、マテオを害した犯人探しをさせられることが決まっていたんだろう」
「だが、彼はただの船乗りのはずだ。魔法が使えるなら、その犯人とやらの悪事に少しでも抵抗できたはずだろう。しかし、マテオらしき死体には争ったあとが無かった。なす術無く船で息絶えることしかできなかった」
マテオが、書いたことを現実にしてしまうという大それたことができる本を作り出せる力の持ち主なら、何の抵抗をすることも無く船の上で死ぬようなことはあり得ないと思った。
仮に、マテオが日記に怒りを込めて本を触れてくれる者を待っていたとするなら、それは本の使い方を知っていることになる。そうだとすれば、尚更、ただただ餓死することはあり得ない。
つまり、俺が今手に持っている日記の作成者はマテオでは無い。
「それなら航海の途中で、魔法使いから買った物かもしれないね」
「もし、マテオがこの日記の使い方を知っていたなら、彼は死んでいなかったはずだろう。全く現実にそぐわない程あり得ないことでなければ、ほとんど実現可能な予言の日記を使えば、日々の食糧ぐらいは確保できていたはずだろう」
「彼はこの本を魔道具として認識していなかった。更に、フリアがマテオは日記を書く趣味は無いと言っていたことからこの本を持つ理由は尚更無かった」
マテオにとって全く価値の無い、航海に邪魔なただの白紙の本を、それでも持っていた理由は、別の理由があった。
「彼にとってどう頑張っても不要な物を、死んでも近くに置いて持っていた理由」
「誰かに持たされていた。それも彼にとって相当に仲の良い誰かに」
「マテオの妻フリアは多分、魔女だ。彼女は魔道具としてのこれを彼に持たせていた」
昨夜、この日記を見つけた時に、真っ先に日記を読んだレオは何も書かれていないことを教えてくれた。
それなのにわざわざもう1度、中身を調べ上げて何も記載が無いことを確認したフリアは、その後俺たちに手渡した。
確かに、俺たちは彼等に日記の体裁で記述される魔道具を探していると伝えていた。
しかし、レオの言葉が嘘でなければ、あの時、あの本は白紙だった。
それなのに、フリアは『マテオ』という文字が表紙に書かれた白紙の本を、俺たちが探している日記だと認識して、迷いなく手渡してきた。
「日記が落ちてきた時に、この日記は俺たちが探していた日記だと言う前に、フリアは俺たちの探している物だと認識して迷わず手渡してきただろう?」
「中身が白紙の本なのに、それでもこれを日記だと認識していたんだ」
「彼女はこの本がどういう本なのか、知っているんだ」




