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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第10章 とある手記に関して
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とある船乗りの死について5

 今日は日記の予言に左右されない久し振りの純粋な睡眠ができると思ったが、外の嵐が生む強い風と雨のせいで眠り辛い。

 いや、眠りにつけない理由は他にもある。

 暫くの間、夜は起きて朝昼に眠る生活を繰り返していたせいで夜の寝付きが悪くなったこと、幽霊嫌いのリリベルを怖がらせてしまって彼女が俺の身体に絡みつく形で寝ていることだ。


 俺が彼女を怖がらせてしまったから自業自得なのだが。

 それにしてもこの少女はタコのように人に絡みついて良く眠れるものだと思う。


 胸元に収まるリリベルの寝顔はとても穏やかであどけない。可愛い以外に思い付く言葉が無い。


 いかん。顔を見ていると余計眠れなくなる。




 結局、どうしようも無くなって2階の寝室から出て1階の談話室で時間を潰すことにした。

 暖炉の火は辛うじて残っていたので、暖炉横に置いてあった薪を静かに置いて火を足すことにした。


 日記は既にこの手にあり、夜中に探す作業が無くなったからリリフラメルもエリスロースもいない。

 きっと今日は2人共ぐっすりと眠っているだろう。




 暖炉前に並べられた椅子に座り、火の明かりを頼りに日記の中身を確認する。

 丹念にページの端に指を掛けて紙を1枚ずつめくっていっても結局白紙だった。ただし、丁度中央辺りのページにある『犯人は誰だ?』という文字以外は。




 日記の体裁を取らないこの文字は異様だが、この異様さこそが日記の最も伝えたい内容なのではないかと思う。


 行方の分からないフリアの夫マテオの名前が表紙に記された古びた本。


 犯人は誰かという言葉に対して、まず考えなければならないことは、何を行ったことに対する犯人なのかだ。

 まあ、行方知らずのマテオと『犯人』という言葉ですぐに浮かび上がる仮定話は、マテオは誰かに殺されたのではないかという説だろう。


 そして、この奇妙な場に呼び寄せられたマテオを知っている4人の関係者。あ、エリスロースが借りている船乗りも彼等と顔見知りのようだから、彼女も入れると5人だな。


 犯人がその中にいると言いたいのか?


 馬鹿馬鹿しい。




 第一、犯人を見つけたとして一体この魔道具に何のメリットがあるというのか。


 眠りたいのに、眠ることができない身体にこれ以上鞭打つのは止めようと、本を閉じようとした時だった。




『5月21日』


 一瞬、俺が寝ぼけているのかと思った。


『犯人は誰だ?』という文字があったページを開いていたはずだったが、いつの間にかその文字は消えていて、代わりに文字がすらすらと表れ始めたのだ。

 誰か別の者が文章を書いているかのように、上から文字が増えていく。


 驚いて日記を放り投げそうだったがぐっと(こら)えて、だらしなく椅子に座っていた姿勢を正して文字の行方を見守る。




『眠りにつけずに暖炉で呆けていると、2階からフリアが降りて来た』


 その文字が書かれた直後、2階から何者かの足音が近付いて来ていることが分かった。

 かなり早足で、何も履いていないのかペタペタと素足で歩く音が聞こえている。そして、木の階段を小気味良く降りて来て、談話室に入る扉から気配を感じた。


 日記の通りだ。


 振り返ればそこにはフリアがいると思ったが、そこにいたのはリリベルだった。


 あれ、何だ。日記の通りにならないじゃないか。


 リリベルは布団をマントのように自分の身体に巻きつけていて、俺の姿を確認すると、更に加速して俺の目の前まで来た。

 そして、彼女と目が合ったと思ったら、思い切り指で頬を突ついて来た。これが結構痛かった。


「す、すまない! どうしても眠れなくてここで日記について考えごとをしていたんだ……!」


 2階にいる者たちの眠りを妨げぬように張り上げない程度には大きめの声で彼女に謝罪する。

 彼女が怒っているのは、俺が幽霊に怖がっていた彼女を置いてここに移動したからだろう。彼女を起こす訳にもいかないのだからそこは許して欲しい。


「怖い夢を見たんだよ、ばか」

「へえ、可愛いじゃないか……いだだ!! すまないすまない!」


 頬に穴が空くのでは無いかと思うぐらいに指を突かれて、謝罪の嵐を繰り返す。




「あの……」


 彼女の怒りに当てられてもう1人の気配を感じ取ることができなかった。

 不意に後ろから声が掛かって、俺もリリベルもその声の方に顔を向けた。


 ついでに彼女の指の突きが止まってくれたので、彼女の手を頬から離して難を逃れる。フリアが来てくれて良かった。彼女が来てくれなかったら、俺の頬は今頃血だらけだったかもしれない。


「お二人も寝付けなかったのですか?」

「ええ、まあそうです」

「私は寝ていたけれどね。ヒューゴ君が私を虐めるから起きちゃったのだけれどね」

「許してくれ……」


 俺たちのやり取りを見てフリアは小さく笑った。


「私もご一緒して良いでしょうか?」

「どうぞ」


 怒るリリベルの頬に口づけをすると、「キス1つで私を操ることができると思ったら大間違いだよ」と突き放すようなことを言ってきたが、その声色はとても甘かったので多分もう大丈夫だろう。


 フリアが隣の椅子に座って来たところで、持っていた日記を再度見直すと、続きの文章が書き上がっていた。


『リリベルの足音で目覚めたとフリアは言っていた』


『どうせ眠ることができなくて暇なので、せっかくだから彼女に事情聴取を行ってみた』


 日記の文字に目を通してすぐに、彼女が俺に一言告げた。


「実は、リリベルさんの足音に目が覚めたんです。走っていたので何かあったのかと思って降りて来ました」

「随分と正直に言うね」

「あ、リリベルさんが悪いと言いたい訳ではありません。誤解させてしまったらすみません」

「良いよ、気にしていないから」




 おいおい、日記の通りだよ。すごいな、この日記。


 そして、今この時点で分かったことが1つある。

 この日記の文章の視点は、多分俺の視点だ。


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