とある船乗りの死について4
ここで日記を最初に手にしたのはレオだった。とても素早い動きで、机の上の汚れを気にせず身を乗り出して、本を手に取った。
仮に彼が日記の持ち主だとしても、俺たちの自由な行動と睡眠を妨げる日記を野放しにする訳にはいかない。
雨を嫌う日記だ。外が嵐の内に日記を俺たちの手中に収めたい。
レオが必死に日記の中身を読み漁っている間に、彼に声を掛けてみるが応答の気配は無い。
彼が読み終わると、やっと反応が返って来た。
「な、何も書かれてない」
レオは一気に興味が無くなった日記をフリアに手渡した。
フリアもページの1枚1枚を丹念に調べ上げるが、彼女も本には何も書かれていないことを確認したようで、そこでやっと俺たちに本が回ってきた。
「表紙のマテオという文字は私の夫の名前です」
「そうか……え?」
とすると、これはフリアの夫の日記なのか?
「マテオさんは日記をつける趣味でもあったのですか?」
「無いと思いますけれど……」
「俺もアイツが日記を書いている場面なんて見たこと無かったぜ」
質問しておいて何だが、大の海の男が日記を書いていることを他人に公言する訳無いよな。
妻のフリアと元同僚のルーカスには、日記の存在を隠していた可能性は大いにある。
「なぜ表紙にマテオさんの文字が書かれているのかは分かりませんが、見た目で言えば俺たちが探していた本に間違い無い。な、リリベル?」
「ウンウンソウダネ」
「もしかして、夫がこの本の持ち主なのでしょうか!? ということは夫は今も生きているのでしょうか!?」
俺たちに聞かれても分からないというのが正直な話である。先程話した、この本が所有者を探して飛び回っているという話も、あくまで俺たちの推測の域を出ていない。
だが、今は話を合わせるためにも、仮定の話をそのまま真実として押し通すしかないだろう。
「お願いです! その日記がリリベルさんの物であることは分かっています。ですが、夫の居場所を知る手掛かりになるのであれば、どうか夫を探すために力を貸していただけないでしょうか!」
「良いよ」
俺やリリフラメルがどうしようかと策を練ろうとしたその瞬間には、リリベルが即答してしまっていた。
俺とリリフラメルが慌ててリリベルに耳打ちして、フリアの願いをあっさり聞き届けて良かったのかを問う。彼女の左耳を俺が、右耳をリリフラメルが占有していて、両側から来るひそひそ声が余程こそばゆかったのか、変な声を上げてにへらと笑っていた。
「ふふ、大丈夫さ。ふへへ、嵐が止む前に君の夫を探そう」
食事が終わってから、俺はリリベルと共に炊事場で洗い物を済ませていた。
他の者がどうしているかは分からないが、外は嵐で家の中にも娯楽は無くやることは無いから、2階の部屋に行ったかシャワーを浴びているかしているだろう。
リリベルが水の魔法を放出してくれている間に、おれはひたすら皿を洗う作業に勤しむ。
実は、フリアから例の日記を渡されて中身を見た時に、俺たちはレオと異なる反応をしていなければならなかった。
だが、黙っていた。
他の4人には悟られないように、俺たちも日記には何も書かれていなかった雰囲気を装ったのだ。
「『犯人は誰だ?』か」
水を放出し続けながらボソッとリリベルが呟いた。
そう。
本の何でもない所を開いた時に、でかでかと書かれていた文字が俺たちの視界に入って来ていたのだ。
『犯人は誰だ?』という言葉が書かれていたのだ。
読み手に語りかけるような文章は、いよいよこの日記が意志を持って動いている気にさせる。
レオは日記を入念に1ページずつめくって確認していた。あんなに大きな文字を見落としていたとは考えにくい。
そう考えると、あの文はレオやフリアには見えず、俺たちだけに読めるようになっていたと考える方が妥当だろう。
「あの日記は、俺たちに助けを求めているのだろうか? ここに来てから初めてのことが何度も起きている」
「助けを求めているかは分からないけれど、あの本が最初は船の上で見つけたことを考えると、マテオという人の物である可能性は高いかもしれないね」
リリベルが最初にあの本を見つけて、そして触れてしまったのはとある船だった。
俺たちが船に乗ってこちらの大陸に向かっている間に、1隻の船を見つけた。
船はどこも壊れておらず、ただ海の上で浮き続けていた。
その船には誰も乗っていなかった。不思議な日記を除いて。
「まさか、マテオの怨念的な――」
「ノー!!」
幽霊が嫌いなりりベルが俺の冗談に過剰に反応し、水の魔法があらぬ方向に射出され俺の身体はずぶ濡れになる。
彼女の顔を見ると、物凄く恨めしそうな顔をしていた。
どうやら、彼女の中でも少しだけ俺の冗談を考えてしまっていたようで、それが本当になることを恐れていたらしい。
正直に言うと可愛らしかった。
「今日は君と一緒に寝るから」
僅かに声を震わせて1人で眠ることができなくなってしまった彼女に、申し訳なくも更に愛らしさを感じてしまった。




