とある船乗りの死について
「雨、今日中に止むかねえ」
そう言って窓際に立って外の嵐がいつ止むのかを心配しているのは、ルーカスという男だ。
彼の太り気味の腹と蓄えられたヒゲからとても船乗りとは思えない。
しかもここは山荘だ。
船とは無縁の場所に船乗りが4人もいるこの状態は、不思議な状況である。
火の魔法が練り込まれた魔力石で暖炉の薪に火をつけて、皆で暖を取っている。
椅子に座っている者は7人。
暖炉を半円状に囲み座りながら、左から俺たち4人がいて、その後はアルバロ、レオ、フリアという者が3人座っている。
フリア以外は皆、船乗りだ。
アルバロ、レオ、フリアは共に年齢が近く、壮年ぐらいの年頃に見える。
アルバロは常に険しい顔をしているが、どうやら生まれつきのようだ。不機嫌そうに見えてしまう顔のせいで、喧嘩を吹っ掛けられることも少なくはないそうだ。
レオに関しては船乗りというには臆病すぎる。
肩をすくめるような体勢を常に取っており、誰の問いかけに対しても目線をきょろきょろと動かしてしどろもどろに返答する。
ルーカス曰く、レオは元々はここまで挙動不審な男ではなかったそうだ。とある航海の事故で頭を強く打ったことがあり、それ以降彼は、性格がくるりと変わってしまったようだ。
他の皆は彼との付き合いが長いのか、彼がどれだけ怯えようとも慣れた調子で会話を続けていた。
もう1人はフリアという女性だ。
彼女は船乗りではないが、船乗りの夫がいる。ただ、その夫は行方不明で1年も帰ってきていないということだ。いきなり蒸発した訳ではなく、長い船旅をすると言っていたらしく、もしかしたらその航海の途中で事故に遭ってしまったのだと彼女は言った。
船の動力に一役買っている魔力があるとは言え、嵐や魔物襲撃に遭えば命を失う危険が多分にあるこの時代では、船乗りは死と隣り合わせの職業だろう。
俺たち4人がこの山荘に来たのは偶然であるが、彼等4人がここに居合わせているのもまた偶然らしい。
彼等はそれぞれの顔を見知った仲でありながら、今日ここに来たのは決して何らかの約束を取り付けた訳ではないと言っていた。
そもそもこの山荘は彼等4人の物でもないのだ。
彼等は皆、俺たちが乗っていた馬車に乗り合わせた者たちだ。
確かな行き先は分からないが山荘の方向へ向かわなければならないということだけは、皆の心にあったようで、執拗に馬車に乗りたがっていた。
行き先の分からない馬車だと言うのに、それでも皆が乗りたがるのは不思議だと思ったが、彼等の素性を聞いた後は、これが何者かの作為的な仕業であることはすぐに分かった。
正確には何物と呼ぶべきか。
行く当ての分からない馬車が辿り着いた場所がこの家だったのだ。
つまり、ここには日記を持っている者がいる。
嵐が一向に収まる気配を見せないまま、周囲が真っ暗で何も見えなくなった頃、さすがに腹が減ってきたので、食事をとることになった。
幸いにも馬車の荷物には、それなりの食料を積んでいる。俺と船乗りの身体を借りているエリスロースで、荷物を家の中まで運び出して、リリベルが全員分の食事を作ってくれることになった。
山荘に入ってすぐに、全ての部屋を回って家主がいないことは確認した。
だから、誰に調理器具を借りますよと言う訳でも無く、勝手に使わせてもらっている。
俺とリリベル以外の者が暖炉の前で久方振りの再会で積もる話をしている間に、日記のことについてひっそりと彼女だけに俺の心中を打ち明けてみた。
「初めてだな。俺たちが日記に振り回され始めてから、こんなに自由に動き回れることは」
「ヒューゴ君も気付いていたのだね」
今まで自らの意志と関係無く、日記に書かれた予言の内容通りに行動させられてきたが、この家の扉をくぐってからはそれが無い。
日記を探すという行為が、最近のリリベルとの間で巻き起こっている日課に妨げられなくなっているのだ。
「しかも雨が降っている」
リリベルが外の嵐を良い兆候だと指す理由は、雨が降っている間は日記が別の場所に移動できないからだ。
以前、雨が降っている時に日記と出くわしたことがあったが、アレは雨が降っている中を移動しようとはせず、家の中を逃げ回ったのだ。
その時は結局、全員が酷い体調不良に見舞わされて、日記を探すどころでは無くなってしまい、逃げられてしまった。
雨で濡れることを嫌っているような動き方であったことを確かに覚えている。
女性陣3人の考察によると、紙でできた本だから濡れることで魔道具としての力が失われることを回避しようとしているのではないかという話らしい。
推測通りであれば、例の日記は今度こそ袋の鼠である。




