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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第10章 とある手記に関して
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とある手記がもつ悪意について

「大丈夫かー?」


 リリフラメルがくたびれ切った俺を気にかけてくれた。

 対してリリベルは満面の笑みで、俺の顔を間近でただただ眺めている。彼女の白くて綺麗な肌が、艶々(つやつや)になって更に綺麗さに磨きをかけているように見えた。


 対して、今の俺は死にかけのような顔色をしていると思う。


「不死だから()()ことはないが、このままだと死んじまう……」


 そう皆に正直な感想を述べると、馬車を操るエリスロースとリリフラメルが同情してくれた。2人とも物凄いクマができている。

 本当に申し訳ないと思う。


「いやあ、君に毎日毎日、あんなに激しく愛されてしまうと、ね? 次は丁寧に時間をかけて愛してくれても良いのだよ?」


「「「ふざけるな」」」


 俺もリリフラメルもエリスロースも、この状況にはうんざりしている。

 魔物ヴィルケの大きな歩幅と舗装されていない道によって揺られる馬車では、ゆっくり休むことができない。但しリリベルは除く。


 仕方無しに身体を起こしてエリスロースにこの馬車が今どこに向かっているのか尋ねてみる。

 ただ、この質問が無意味であることは知っている。彼女は、というか彼は今は船乗りの身体を借りてここにいる。


「分かる訳無いだろう。勝手に手綱を動かされているのだから。まあ地図を見るに、次はロビニエという国の方面へ向かっていることぐらいは分かるけれど。ああ分かるけれど」




 全てはあの()()のせいだ。


「なあなあ。あの日記って結局誰かの差し金によるものなのか? それともあの日記自体が魔道具っていう物なのか?」


 リリフラメルがそう言いながら、精の付く食べ物とされる物を俺に渡してくれた。

 食欲はあまり無いが、それを無理矢理に口に放り込む。何でも良いから体力を付けておかないと干からびて死んでしまう。


「多分、魔道具だろうね。私が本に触れたことで、魔道具としての力を発揮し始めたのだと思うよ」

「なんで触ったんだよ……」

「だって表紙に『予言書5』なんて文字が書いてあったんだよ!? 興味が湧かない訳が無いと思うよ」


 正直、表紙の文字には俺も興味を持って本に触りそうになったから、それについてはリリベルに強く当たることができない。




「あんまりこういうことは言いたく無いけれど、お前、あの魔道具を破壊する気無いだろ」

「え、なぜかな?」

「こいつとの……その……とにかくこの状況を良しと思ってるだろ。1日中、笑顔で気色悪い」


 リリベルは口笛を吹いて顔を背けた。図星のようだな。


 リリフラメルのうんざりした表情とは対照的に、リリベルはずっとこの調子だ。

 テンションは常に高いし、とても旅をしている者たちが食べないような料理が日々彼女によって作られている。美味いからそこは別に良いのだが。




 予言書と書かれた大層な本は、本当に予言ができる大層な本だった。


 いや、予言と言うのは正確ではない。


「とにかく、ここまでで分かっていることは、あの本に記述されたことは全てが現実になるってことと、私たちがあの本を破壊しようとしていることを意図的に阻止されている。それぐらい?」

「後は、記述された文章は実際には前日に書かれたものってことだね。日記に書かれた本人は実際には書いていなくて、ただ記憶だけが改竄(かいざん)されて、自分が書いたと思い込んでいるのだろうね。私みたいに」


 日記が力を発揮するようになってから、初めて日記を書いた者は他でもないリリベルだ。

 俺たちのこれまでの強制的に起こされる行動の数々は、彼女が日記が怪しい記憶の齟齬による違和感に気付けたことに始まる。

 何か制約があるのか、あの日記は自身で文字を記入することはできず、必ず誰かが文字を書かなければならない。つまり、日記を書いた者に辿り着ければ、その近くに日記はあるはずなのだ。


 あの本に書いた内容は、次の日のできごとについてだ。明日の日付、明日起きるできごとを書き、その通りのことが起きる。正に予言書である。




 分かっていることは他にもある。

 日記に書かれた予言には、実現不可能なことは記載されていない。

 今もこうやって俺たちの意志に関わらずに操っている馬車で、当てもなく移動させられている距離は、必ず次の予言に間に合うようになっている。


 そして日記は、自身を破壊しようとする俺たちの行動を阻害しようとする()()がある。


 日記を拾い記入した者と出会うことは、何度もできている。

 しかし、近くにあるはずの日記をいざ探そうとすると、俺とリリベルの行動は必ず予言の内容に邪魔されて、別の行動を取らされてしまう。


 その別の行動というのが、リリベルとの()()()()()()()なのである。


 日中も夜中も、日記によってほとんどの行動を強制させられ、睡眠時間も削られている。

 その上で、毎日彼女とそういう行為をしているのだ。


 肉体的な疲労は激しい。




 いや、精神的にもきついな、これ。




 愛する女性と愛し合うことができて嬉しい、と考えることはできない。そもそも俺の意志も彼女の意志も介在していないのだから、そりゃあもう、ただただ辛い。


 辛いのは俺だけでなく、エリスロースとリリフラメルも同様だ。

 彼女たちが、酷いクマを出す程の寝不足になっているのは、俺たちの行為のすぐ近くで彼女たちが必死に日記を探しているからだ。


「予言を出し抜く行動を取らないと、後手に回り続けるだけだな」

「そろそろキミの良い人が廃人になるよ。ああ廃人になるよ」


 俺のすぐ横にいる青髪と御者台にいるおっさんから、死にかけの声で心配される。

 頭が上手く回らない俺たち3人にとって、今頼りになるのはリリベルだ。彼女は予言の内容の合間合間にある、僅かに許された自由な時間で寝ているため、元気一杯なのだ。よく短時間で眠ることができるものだと感心する。




 彼女は腕を組んで暫く考えごとをしてから、パッと明るい顔を俺に見せてきた。

 その顔を見てしまえば、彼女が口を開く前から、彼女が何を言おうとしているかも、俺が何と返答するべきかも分かった。


「もう1日だけヒューゴ君といちゃいちゃ、したいなあ」




「「「ふざけろ」」」


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