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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第9章 最後の巨神
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不死にして魔女7

 聖堂内の無駄に長い階段を上り、魔女会を行う大講堂前の扉に到着すると、喋る白猫チルが立っていた。二足歩行で立つ翠色の瞳を持った可愛い猫である。

 彼女は魔女会の受付としていつもここにいる姿を見る。


 いつもなら猫なで声で迎え入れてくれるのだが、今回はそれが無かった。俺とリリベルが歓迎されていない2人であることは確かだ。

 少し垂れた耳で上目遣い気味に彼女の方から口を開いてきた。


「アスコルト様、ヒューゴ様……」

「久し振り、チル」

「お久し振りです。今、中では魔女会が開催されていますが、アスコルト様は入らない方が良いかと思います……」


 リリベルも俺も努めて平穏を装う。

 申し訳なさそうに話すチルに、逆に此方が申し訳なさを感じてしまう。彼女は何も悪いことをしていないのだから。


夜衣(よるえ)の魔女のめでたい門出の日だからかい?」

「ええ……アスコルト様はこの後、その……」

「『歪んだ円卓の魔女』では無くなるのだね。分かるよ」

「ええ……。ですから、入らない方が気分を悪くなさらずに済むと思います」


 既に覚悟を決めた俺たちは、チルの気遣いを除けることに勇気を必要としない。


「今日はね。ついでに『黄衣』も返しに来たんだよ」


 リリベルの淡々とした言い方に反して、チルはその綺麗な目を大きく開いて驚く様子を見せた。




 そして、驚いた顔から一転、残念そうに伏目になる。彼女の顔色はとても感情が読み取りやすい。

 個人的な欲望を言わせてもらうのなら、1度で良いから彼女を撫でてみたかった。


「…………名前を返しに来ただけでは無いのですね?」

「うん、そうだね」


 リリベルの即答にチルは微笑で返す。彼女の質問と返答したリリベルの言葉から、彼女はこの後何が起きるのかをほぼ予測している。

 溜め息と喜びの意味を持たない笑みが、ほんの少しだけ良心に響く。


「残念ですね……」

「俺たちを止めないのか?」

「私は、誰が死のうとも()()()()()()()()()()


 やっぱり魔女というのは皆、難儀な性格をしている。この仲間意識の薄さで、今まで良く1つの団体としてやっていけたな。

 チルは「それよりも」と付け足してから、俺の質問よりも大事らしい話題を切り出してきた。


「ヒューゴ様は、アスコルト様をこれからずっと守っていく気はお有りなのですか? お二方はこれから、魔女狩りの対象として追われることになると思いますよ」


 考えるよりも早く口が動いていた。「ずっと彼女と共に生きていくつもりだ」と無意識に即答した言葉に、チルはどこか満足そうに目を細めて微笑んでくれた。


「もしかして、お二人は夫婦になったのですか?」

「いいや。でも、皆が祝福してくれるなら今日を結びの日としても良いけれど」


 そういえばこの白猫は、同じ質問を以前にもしてきたな。他人の生き死には興味無い癖に、色恋にはそこまで興味があるのか。

 気付くとチルとリリベルが無言で俺を見ていたので、もしかして夫婦になったかについての返事を待っているのかと思い慌てて要らぬことを口走ってしまった。


 するとチルは猫の手を口に当てて小さく「きゃあー」と鳴き、リリベルは耳を真っ赤にして顔を背けてしまった。2人の反応に俺自身も顔が熱くなってしまう。




「それなら、幸せを掴むために、お二人はもっと強くなってください。魔女狩りが始まれば、きっと私もアスコルト様とヒューゴ様を殺しに行くことになるでしょう」


 本心では戦いに行きたくないような彼女の言い振りに、俺は顔を熱くしている場合では無いと悟り、彼女に俺の決心を真摯に伝えた。


「もし、チルさんと戦うことになったら、彼女を守るために()()貴方を殺します」


 ふざけたことを言ったつもりは無いが、リリベルが隣でくすくすと笑ってきたので、なぜ笑うのかという意味を込めて肘で彼女の腕を小突くと、彼女が笑った理由を教えてくれた。


「ごめんごめん。ふふ、それなら君は()()()強くならないとね」

「どういう意味だ……?」

「チル。改めて自己紹介して」




 リリベルの言葉と共に、チルが普通の猫の鳴き声を発する。

 すると、彼女の頭のすぐ上から一瞬で出現したかのように帽子とマントが降り落ちて来て、彼女はそれを手に取るとそれぞれを正しい部位に取り付けた。


 鉄が錆びた時の赤茶色と全く同じ色をしたマントと帽子は、彼女が冠付きの魔女であることを示す。

 そして、リリベルがわざわざチルに自己紹介させたことを考えると、チルがただの魔女でないことを薄々察する。もう嫌な予感しかない。


「改めまして、『歪んだ円卓の魔女』の1人、錆衣(しょうえ)の魔女チル・アンダインです」

「マジか……」

「ふふっ、マジです」


 普段から丁寧な物言いをする彼女が、自ら真名を明かしたその自信から考えるととんでもない2つ名を持っていそうだ。

 リリベルの方を無言で見ると、彼女は一体何が嬉しいのか、屈託の無い笑顔で錆衣の魔女の2つ名を言った。


「チルは、魔女の中でも……ううん、彼女は()()()()()だよ」

「ど、どの辺りで最強なんだ?」

「他の『歪んだ円卓の魔女』たちが各々の得意分野で1、2を争っている相手は皆、チルなんだよ」

「マジかよ」

「マジです」


 チルはリリベルみたいに腰に猫の手を当てながら胸を張って、自慢気な顔をして強さを誇張する。


「だから、ヒューゴ君。君は世界最強の人間にならないと駄目みたいだね」

「分かっていて話していたのか。意地の悪い魔女だな」


 チルとリリベルは、同時にふふんと鼻を鳴らして満足を表していた。

 それでも俺は2人に、絵空事かもしれないが戦うことになるならチルを倒すと宣言した。どんなに無謀だったとしても、何度死ぬことになろうとも、見っともない戦い方であろうとも、必ず最後にはチルを倒してみせる。

 今度こそ、リリベルを守る意志が揺らぐことは無い。




 そして、チルは「頑張ってください」と一言放ち、手を1度だけ横に振った。その手の振りに合わせるかのように、大講堂内に続く扉が勢い良く開かれた。


 無駄に大きな木を輪切りにした円卓が相変わらず部屋の中央にあって、12脚の椅子には何人かの魔女が座っていた。

 円卓を取り囲むように段々になった石の座席には、多くの魔女が座っていた。色とりどりのマントが座っている中で、数で目立つのは裏地が夜を表したかのような模様をしたマントを羽織っている魔女たちだった。


 ()()()()だ。


 そして、何が起きたか分からない無能たちに混じって1人の有能が立ち上がった。

 既に俺たちの顔を確認し、俺たちが何をしようとしているのか察して階段を駆け下りていた。キンキンと甲高い黄色い声を上げて、黒髪をなびかせているのはラルルカだ。


 当然、無視する。




 円卓の席に座っていた魔女は、紫衣(しえ)の魔女、桃衣(とうえ)の魔女、碧衣(へきえ)の魔女、緑衣(りょくえ)の魔女、そして夜衣の魔女だった。

 碧衣の魔女と夜絵の魔女以外は豪快な扉の開閉音に特に反応した様子は見せず、焦った様子も無かった。




 その魔女たちの中で、たった1人に狙いを付ける。

 俺とリリベルの詠唱は同時だった。


 リリベルは『彩雷(さいらい)』で円卓に光と彩りを与えて、俺は『筋力強化(ハイパワー)』で床のタイルを捲り上げながら一気に夜衣の魔女へ距離を詰める。




 リリベルの雷光で、影を使って反撃することも逃げることもできなくなった夜衣の魔女は、ただ椅子から立ち上がり、己が身だけを頼りに逃げようとしていた。


 魔女聖堂内は魔法の使用を禁止されているから、攻撃を受けることは無いとタカを括っているのではないかという、俺の予想通りの行動をした夜衣の魔女には失望せざるを得なかった。

 嫌なぐらい臆病で狡猾な魔女だと思っていたのに、『歪んだ円卓の魔女』という肩書きに目が眩んで、いとも簡単に俺たちとの再会を許してしまったのだ。


 こんな奴に俺は、心を惑わされたのか。

 こんな奴にたくさんの命が消費されたのか。




 飛びかかる勢いそのままに、夜衣の魔女の背中に蹴りを入れると、奴は観客席の石段にぶち当たり止まる。


 彼女の動きが止まっている間に、1本の黒剣を具現化して手にしっかりと持つ。


 どこかしらの骨を折っているであろう身体を必死に動かして命乞いをする魔女に、更なる失望と侮蔑を感じながら、奴の言葉を一切無視する。


 奴が何を言っていたかは、分からなかった。その言葉は耳を通り抜ける価値すらなかった。




 ただ、ラルルカの駄々をこねるような非常に五月蝿い叫び声は良く聞こえた。




 その言葉も無視して、夜衣の魔女の首を刎ねる。

 筋力を魔法で強化した身体は、剣の切れ味を無視して豪快に()じ切れる。


 万が一、奴が影の魔法で身体を繋ぎ合わせて生き長らえせないために、即座に炎魔法を詠唱し、身体と首を燃やし尽くす。




 ことが終わったことを確認してから、すぐにリリベルの元に飛び戻り彼女の背中に立つ。


 リリベルは羽織っていた黄色のマントを脱ぎ、ある程度綺麗に畳んでから目の前の床に放り捨てた。


「今日で私は黄衣の魔女を辞めるね」


 雷が止むと共にラルルカが、全身を影に包み、獣の姿になる。黒い狼のような姿で俺たちを噛み殺そうと迫り来る寸前で、碧衣の魔女が一喝してラルルカに待ったをかける。


 その一喝は、ただの言葉ではなく魔法の詠唱であり、()()()()()()()()()()()()()()ラルルカは動きを止め、影を元の位置に仕舞わざるを得なくなる。




「私の命令に、言い成りだったお前が、こうも変わるとはね。まるで反抗期の、子どものようだ」


 紫衣の魔女は、攻撃する訳でもなくただ言葉を紡ぐ。他の魔女たちの攻撃を警戒していたが、石段の魔女たちはただ動揺するばかりで、中央に鎮座する魔女たちもほぼ無反応であった。


「そこの騎士に、(たぶら)かされでもしたのかい」

「いいや」

「そうかい」


 今のところ会話で済んではいるが、確かな緊張感はある。言葉1つ間違えればここで即座に戦いに発展する可能性が十分にあった。

 攻撃のための想像は既に頭の中で完了させてある。集中力が途切れないように無心で攻撃だけを考える。


「覚悟は、しているのだろうね」


 紫衣の魔女の強い問いに対してリリベルはただ、ふふんと鼻を鳴らしただけだった。


「それなら、さっさと出て行け」




 リリベルのこれまでの功績に免じて、即座に攻撃することはしないという意味だろう。

 ラルルカ以外の誰も、殺気を放っては来ないことを確かに感じて、俺とリリベルは講堂を出る。


 扉の外にいたチルが手を1度振ると、後ろで扉が閉まり始めた。




 扉が完全に閉じられる寸前で、「必ずお前たちを殺してやる」と怒りと憎悪に満ち満ちた、夜衣の魔女の弟子の声がはっきりと聞こえてきた。


 だから、俺は答えてやった。


「それならもっと強くなれ。お前が夜衣の魔女になれ」


 無視すれば良いのに、これに限って彼女にわざわざ反応したのは、彼女の生きる糧になれば良いと思ったからかもしれない。

 復讐を生きる糧にさせるのは余りに残酷だと分かっていて、挑発するような言葉をかけた俺は、ただの悪人だ。


 俺たちはチルに見送られながら魔女聖堂を後にする。






 こうして、リリベルは魔女協会から脱退し、冠を持たないただの魔女となった。

 同時に俺は、ただの魔女に付き従う、悪党騎士となった。


 世界を混乱に導いた魔女と騎士の噂は、瞬く間にあらゆる種族に広がり、間も無く追われる身となる。


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