不死にして魔女4
光に歪んだ視界の中、周囲にはリリベルとリリフラメルの他にモズッキの姿もあった。
「大仰しく……放った割には……1度も当たりません……」
誰かに手で耳を塞がれたような状態で音を拾い辛かったが、モズッキがリリベルに対して雷魔法の精度が悪いことを指摘しているみたいだった。
だが、リリベルの視線はモズッキには向けておらず、踏み鳴らす者を見ていた。
彼女も踏み鳴らす者の視線を感じ取ったことを確認して、小さく微笑む横顔を覗かせた。
そして、彼女の右手から雷撃が迸る。
しかし、雷撃はそのまま長さを保ったまま、彼女の手に握られたままだった。まるで小さな雷の剣のようだった。
当然、モズッキは防御の態勢を取るだろう。リリフラメルの炎が周囲を照らして影が薄い中でも、彼女は手を天に掲げて空からどろどろの影を下ろしてきた。それらが彼女の身の回りに纏わりついたことで、防御の形が完成したのだと思う。
『剣雷』
ただリリベルのその一言と、彼女が走りながら勢い良く手に持った雷を斜めに振り抜く動作で、モズッキの影が泥のようにあちこち弾き飛んだ。
豪快な破裂音と共にモズッキは袈裟斬りされ、彼女の背中から雷撃が広がっていくのが見えた。モズッキの身体の中に、雷が走ったことは間違い無い。
そのまま後ろに吹き飛んだ彼女が再び立ち上がることは無かった。
「こいつら、死んでるのか?」
リリフラメルは、俺が倒した2人の弟子を見て生死を問うてきた。
残念ながらまだ息はある。微かに肩が揺り動いている。
彼らが夜衣の魔女のように、斬られた部分に影を作り止血紛いのことをやっているなら、生き永らえることができるかもしれない。
だが、2人に突き刺さっている剣は1本や2本では無い。例え全ての傷に対する止血ができていたとしても、とても身動きができる状況では無いはずだ。
「ちなみにこの子は死んでいるよ。身体のどこかに一瞬でもこの剣が触れたら、心臓に向かって魔力を流し込まれて、雷が破裂するからね」
随分とえげつない技だ。
だが、彼女の膨大な魔力から考えれば、ほぼ即死だろう。俺のように殺し切れずに中途半端に苦しみを与えること無く、一瞬で命を奪っているのだから、彼女の方が慈悲深い気がする。
「良いのか? 夜衣の魔女にとって都合の悪い奴らだから、殺してしまえばあの女が喜ぶだろう?」
「喜ぶだろうな。だが、奴は後で絶対後悔するさ。自分を慕ってくれて、しかも能力のある弟子がいなくなったことで、一体どれだけの損害を生んでいるのか、今の奴は気付いていない」
手から黒剣を生み出し、ブライデの方へ寄って彼の首に刀身を添える。
「言い残すことはあるか」
命を奪うことに躊躇は無い。他者を殺す覚悟は充分にある。
だが、息がまだあるなら、彼らの最期の言葉を聞き届けてやろうと思った。恨みの言葉でも良いし、願いでも良い。それが俺に叶えられることであれば、力を貸すつもりはある。
殺すということに慣れてしまわないように、罪を忘れてしまわないように、俺は息のある者に対して最期の言葉を聞き取ると決意した。
独善だと思われても良い。残虐だと思われても良い。
「無い……殺せ」
彼の言葉を聞き終えて、首に添えた剣を思い切り振り抜く。
ブライデの顔は見ず、矢継ぎ早にルミシアの兵士の首を狙う。
ブライデに聞いたのと同じように彼にも聞くと、彼は至極普通の言葉を掛けてきた。
ただ「人殺しめ」と言って来た。だから「お互い様だ」と言ってから彼を終わらせてやった。
剣から伝わる人を殺す感覚というものは確かにあった。その肌の先を破る感覚は酷く生々しいものだった。
良い感覚ではない。
だが、ここで彼らに捕まる訳にもいかないのだ。
踏み鳴らす者の怒りが徐々に強まり、上半身らしき場所は俺たちのいる山に向かって向けられている。
「さあ、ヒューゴ君。後は君の想像力に任せるよ」
いつの間にかリリベルは近くに来ていて、俺の左手を取り、直接俺に魔力を流し込み始めた。
彼女の魔力が俺の身体に流れ込む感覚が直に伝わる。
だが、その魔力をすぐに表に出さないと、余りの魔力の多さに身体が熱くなり不安になってしまう。
魔力をひたすら掌から練り出し、押し固める。膨大な魔力の塊は風を巻き起こす。
今度は右手が取られて、リリフラメルの魔力が流れ込んで来る。彼女もまた、怒りによって作られた魔力をリリフラメル程の勢いはないが流し込んできた。
俺の身体史上最も多くの魔力が身体に集まり、1つの想像をこの世界にひり出す。




