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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第9章 最後の巨神
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不死にして魔女3

 夜衣の魔女の3人目の弟子が出現することを注意しながら、ブライデと相対する。

 足元はリリフラメルの火で赤熱した石が灯りを作り、頭上に向けて噴火し続ける魔法と併せて身体中に光が包む。駄目押しと言わんばかりに、リリベルの断続的な雷の光も照明を手伝う。

 なるべく影が弟子たちの影と繋がらないことを意識しながら、戦いに挑む。


「ほらね! 夜衣の魔女はやって来なかったでしょ! 賭けは私の勝ちだよ!」


 リリベルが高く掲げた掌から光の筋を四方八方に放ちながら、もう片方の手から弟子の1人に狙いを定めて雷を放っている。




「貴様等が我が師の顎を砕いた故に、治療に専念しているだけである!」


 ブライデが一喝しながら、蠢く影を足場に飛び掛かってきた。

 手に持つは彼の身体程ある長剣で、此方に斬りかかるその瞬間に彼の鎧の中から影が伝い、刀身に黒が覆う。


 それを盾で受けると、予想通りというか、剣に纏っていた影が盾を伝って盾を持つ手に這いずり寄って来た。

 剣が盾に叩きつけられただけなのに盾に異常な重さを感じて、すぐに盾を放すとその表面から影が傘のように広がり飛び散ってきた。




 新たな盾を作り出し構えてみたが、飛び散った影は俺に飛び掛かってくる訳ではなく、人影を作って実体化した。

 どうやら彼が3人目のようだ。


 一体奴には、何人の()()()弟子がいるのだろうか。

 俺は彼の顔に覚えは無いが、リリフラメルが声色を怒張させて3人目の弟子に炎を吹きつける所を見ると、どうやら彼女の知り合いのようだ。


「お前! ルミシアの偉い兵隊!!」

「おや、魔女様。巨神マグヌスのもとへ行かなかったのですか? 残念ですな、死力を尽くして果てていただければ良かったのですがな」

「魔女じゃないって言ってるだろ! くそ馬鹿野郎!!」


 多分、突っ込み所はそこではないと思うぞ、リリフラメル。奴はお前を踏み鳴らす者(ストンプマン)の餌食にさせようとしていたみたいだぞ。

 何にせよ怒ってくれるならそれで良い。


 弟子たちも俺たちもここで魔力を放出してくれれば、してくれる程良い。


「影を避けてなるべく遮蔽物の無いこの山に来たことは良い考えだと思います。ですが、今は夜です。貴方たちに()があるとは思えません。大人しく影に捕まっていただけませんか」

「ふふん、私たちを生け捕りにしようとするその算段自体が誤っているよ。私が不死なのは知っているでしょう? 殺すぐらいの覚悟でかかって来なよ」


 リリベルがモズッキを挑発する言葉が聞こえたが、それに対するモズッキの返答は無かった。代わりに雷の炸裂する音が返って来ただけだった。

 ロンドストリアとルミシアのお偉い兵士を相手にしているため、真後ろの彼女たちの攻防を確認することはできないが、リリベルが夜衣の魔女の弟子ごときに負ける筈が無いと信じている。背中は安心して任せていられる。




 先に動いたのはブライデだった。

 彼は長剣を軽々とその場で横振りする。長剣と言えど俺に当たるような位置に無いが、剣には影が纏っている。影が飛び出し、剣の長さを変えてくるであろうことは想像できた。


 盾を地面に立て、影の飛来を受ける。

 だが、飛来してきた影が盾の表面に取り付いたことは明らかだ。盾で受けた後、すぐに盾を彼の方向に蹴り出し、当て付けててやる。


「おお! 何と野蛮な戦い方か!!」


 間髪入れずに新たな盾を出現させる。

 リリベルの魔力の残量等は気にせず、俺の持てる想像力を使って彼らに相対する。


噴火(ヴァルカン)!!』


 突然、構えた盾のすぐ目の前で火柱が上がった。噴き上がった炎と共に飛び出す岩石に紛れて、人影が飛び出て来た。

 どうやら新たに生み出した盾の表面にできた影に、ルミシア兵が紛れ混んでいたようだ。俺を奇襲しようと考えていたようだが、リリフラメルに助けられた。

 彼は間一髪で炎から抜け出した上に、半身を影が纏っていたため大した火傷を負っていない。彼女の炎をまともに受ければ、一瞬で焼け焦げるはずだからだ。


「どちらが本当に野蛮な戦い方だ!!」

「はっはっはっ!!!」


 ブライデは高笑いしながら、一気に距離を詰めて来た。

 盾を構えながらもう1人の男の姿を確認しようとしたが、彼はいつの間にか視界から消えていた。ブライデを囮にもう1人の兵士が俺を襲ってくることは十分考えられる。


 盾の準備はできている。

 想像さえできれば俺はどんな物でも生み出せる。俺の乏しい想像力では一瞬の変化の連続が起こる戦いの場で、そう洒落た物を生み出すことはできない。

 だが、それでも今の俺には彼らの攻撃を凌ぐ自信がある。


 俺の強さをリリベルに裏付けされたからなのか、リリベルとリリフラメルが近くにいるからなのか、とにかく弟子たちに負ける気がしないのだ。




 ブライデの剣が再び盾を叩き、盾の上から覗く彼の顔がにやりと笑っていることを確認する。

 不意打ちの気配はやはりあった。彼はしてやったりと思っていそうな顔で剣を押し込み、盾を持つ手から離せないようにしてみせた。今は彼の剣の届く範囲に俺の身体がある。手を離せば、今度は斬られる。


 そう。

 何も生み出す盾は1つだけで無くても良いのだ。

 同じ見た目の盾をいくつも生み出したって良いのだ。


 その想像のつく限り、リリベルの顔を思い出しながら魔力を捻り出し、盾を表に出す。ひたすら出し続ける。

 いつもは手に込めた魔力を想像した形に変えていたが、今では魔力を身体から離れた場所に放出してそこから物を生み出すこともできる。


 盾を構えたままで、周囲に盾を顕現させることができるのだ。


 どうしても癖で本当は必要の無い詠唱をしてしまうのは少し格好がつかないが、今は慣れた手法でやるのが良いだろう。きっとその方が良いはずだ。




『黒盾よ!!』


 身体の周囲に兎に角、黒盾を生み出して生み出して生み出しまくった。

 出現した盾の下から新たな盾が現れ、周りを盾の山で囲う。


 驚いたブライデは間も無く盾に埋もれ始め、身動きできない状態から逃れるために、その身を盾と盾の間にできた影の中に置こうとする。


 すぐ右横でもう1人の男の「何だこれは!」という情けない叫びが聞こえて、彼の奇襲が失敗したことを知る。




 2人が完全に影と同化する前に、この盾の山がふざけて作り出した物では無いことを彼らに知らしめてやる。

 これは罠なのだ。


 いつもやっていることだ。簡単なことだ。

 作り出した剣を想像を加えて盾や槍に変えるということを、今ここで全ての盾にやってのけるだけなのだ。


 いつも頭の中で、黒くて格好良い剣を生み出せるようにと想像することを、今回も想像してやるだけだ。


『盾は、剣!!』


 いつもの詠唱と共に、周囲に存在するあらゆる盾が、一気に黒い剣の形に変化する。多くの盾の重さに挟まれて身動きの取れなくなった2人の男は、盾の山が消えると何本もの剣に串刺しにされる姿を現した。


 ブライデはその身を剣に包まれながらも、ただ一言「つ、強い」と言って地に伏せた。




万雷(ばんらい)


 同時に聞こえてきたのは、リリベルの雷魔法の中で最も綺麗だと思える魔法の詠唱だった。


 数多の雷が、寸分の差無く、本当の意味で同時に降り注ぐ。だから爆裂音がほとんど重なって聞こえてくる。

 だが、残念なことにそのすぐ後に俺の耳と目は使い物にならなくなる。


 心臓を何千回、何万回と連続で直接叩きつけられるような感覚が起きる程、近場に雷が降り注いだせいで、何も見えないし何も聞こえないのだ。




 リリベルがこの雷魔法を放った理由は、3人の弟子たちを倒すためではない。




 大袈裟かもしれないが、これらは踏み鳴らす者(ストンプマン)に向けた俺たちの挑戦状だ。


 見渡しの良い山の頂上付近に来たことも、俺たちが夜衣の魔女の行動を邪魔すると分かっていて奴が弟子たちをこの場に寄越すことも、弟子たちを含め膨大な魔力を放出させたことも、全ては踏み鳴らす者(ストンプマン)の気を向けさせるためのものだ。




 夜衣の魔女は結局、他者の感情に語りかけることしかできないのだ。生まれた負の感情を増幅させ、より自身の望む世界に動くように仕向けることしかできないのだ。


 結局、最後に行動するための原動力になっている心は本人の意志だ。


 踏み鳴らす者(ストンプマン)の怒りの原因は、自身の眠りを妨げたことに始まり、遥か昔に愚かな者たちによって同胞殺しをさせられた記憶を呼び起こさせる夜絵の魔女の行動にある。

 そして、巨神は怒りのまま、魔力の集まる場所を潰そうとする。自身の安寧を奪おうとする者を全て根絶やしにしようと考える。


 魔女の中でも1、2を争う程の魔力量を持つリリベルの全力の魔法がここに解き放たれれば、巨神は必ず俺たちを見て、怒り、襲って来るはずだ。

 巨神の視界に映る、恐らく最も魔力が集まっている場所はここだ。




 夜衣の魔女の性格が臆病で卑怯な性格で良かった。


 奴は、俺たちが先程行っていた作戦会議の内容を影から全て聞いていようとも、俺たちの決意を揺らす程の()()()()()()()

 俺では計り知れない心の強さを持つリリベル、そのリリベルの心の光に照らされた俺、俺でなければ制御できない怒りを持つリリフラメル。今の俺たちの心を、奴は自身の支配下に置くことなどできないのだ。


 今の夜衣の魔女には、この戦いに参加する資格は無い。






 少しずつ視界と音が戻り始めた。

 まだ眩しさを目の中に残したまま、何とか夜空の頂点に視界を入れることができた。




 そして、巨神の顔が俺たちの方に向けられていることが分かって、ほんの少しの嬉しさと途轍も無い緊張感が走る。


 巨神の妖しく光る両の目は、俺たちを確かに捉えている。


 踏み鳴らす者(ストンプマン)を止め、夜衣の魔女に一矢報いる好機は、今ここだ。


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