最善にして最良3
山のような腕が千切れたからと言って、丁度空いた部分が無事に俺たちを通過してくれる訳が無かった。
リリフラメルに燃やされ続けて、肌も肉も骨も心臓もそこに無く、それでも意識だけは正しくここに存在する異常な状態で、彼女を盾で守り続けた。
彼女の炎が突然止まったのは、多分ラルルカの影の魔法がリリフラメルを飲み込んだからだろう。
獄炎に焼かれ終わって、さあ身体が元に戻るぞというところで、今度は大地を削り取った時の破片が、容赦無く俺に突き刺さったのを覚えている。
生と死を繰り返して身体を破壊され続けたせいで、地に足が着かず、彼女の影に取り込まれることができず、山に取り残された。
やはり不死は碌なものではない。
無数の生死のうち、たまに身体に痛みを感じることがあった。中途半端に痛みが感じる状態にまで身体が元に戻って、満を持して鋭い弾丸が俺を襲う。
今までリリベルが狂わないでいられたのが不思議だ。
彼女が過去に毎日飽きる程に殺され続けたことを知っている。彼女が受けた痛みと全く同じでは無いだろうが、今日の生死でほとんど同じような痛みを味わっていることは違いないと思う。
次に目覚めた時に俺の正気が失われていないことを祈る。
「生きているかい、ヒューゴ君」
最初に聞こえた音はリリベルの声だった。
目の前には彼女の顔が広がっていた。彼女に髪を撫でられ、俺に身体があることを知る。
手を上げて指が5本しっかりとあることを確認し、両足ともしっかりと動く。
「ヒューゴくうん、死に過ぎだよ」
ねちっこい言葉で俺を責め立てる彼女の真意は、俺の死がそのまま彼女の死に繋がっていることを指摘しているのだろう。
すっかり忘れていた。
踏み鳴らす者を止めることに必死だったのだ。
だが、こんな言い訳を彼女に言える訳も無く、ただ謝りを入れることしかできなかった。
彼女の騎士なのに、彼女を何度も殺していたことを今ここで実感して、何とも言えない憂鬱な気分になる。
特に気になっていた事柄である踏み鳴らす者の行方を彼女に質問すると、彼女は両手で俺の頭を無理矢理動かして奴が視界に入るようにしてくれた。
奴は再び2本の巨大な足を遥か空に向けて、そびえ立たせていた。夜空に浮かぶ大地は、均整の取れていない両腕のせいで、不安定に揺れている。
そして、ここで彼女の膝を枕に横になっていることに気付いた。
「片腕を失ったおかげで、平衡を保つために立っているのがやっとみたいだ。さっきから先へ進もうとしている様子は無いよ」
圧倒的な制圧力を持つ巨神は、意外にも脆かった。
言葉では表せられない程の巨体は、少しの平衡のずれで自らの身体を律することができなくなってしまったみたいだ。
山を破壊できるような奴なんて今までいなかったのだろう。巨体の平衡を保つことに慣れるために、しばらく動くことができなさそうだ。
死んだ甲斐はあったというものだ。
話は変わってリリフラメルの無事をリリベルに尋ねると、彼女はまた溜め息を吐いてしまった。
「まあ酷く怒っているよ」
「そうだよな。あれだけ彼女に酷いことを言ったからな」
「いや、君の暴言そのものに怒っているのではなくて、君が無茶したことに怒っているみたいだよ」
俺の頭を掴んだままの彼女の手が、今度はリリフラメルの方へ首を動かした。
髪がちぢれて服がほとんど焼け落ちた破茶滅茶な見た目をしているリリフラメルは、俺を鋭く睨んでいた。
だが、無事で良かった。
「今はまだ、彼女に声をかけない方が良いかもしれないね」
俺の声を聞くだけでまたリリフラメルが憤怒してしまうということだろうか。本当に申し訳無いことをしたと思う。
俺の知りたいことが出尽くしたと察したのか、今度はリリベルの方から質問が飛んで来た。
「それで、一体何があったのか教えてくれないかい? 話してくれないと、今度は私が怒るからね?」
再び視界に入った彼女は笑顔だったが、反してその目は冷たく俺を見つめていた。
怖くて思わず喉を鳴らしてしまうが、やっと彼女に夜衣の魔女のことを打ち明けられると思って、すぐに気が楽になるのを感じた。
次回更新日は2月25日予定です。




