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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第9章 最後の巨神
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最善にして最良

 個人的な感情を踏まえて俺がリリベルを強く抱き締めると、彼女の雷が全て止まり、リリフラメルの炎を除いて一気に周囲は暗闇に塗り替わる。


「ヒューゴ君。君の作る鎧は、誰かを抱き締めるには凹凸があって痛すぎるよ」

「こうでもしないと、話を聞いてくれないと思ったんだ」


 彼女は小さな溜め息を吐き「分かったよ」と言ってから、力が入っていた全身を俺に預けてくれた。


「彼女たちが構わず攻撃を続けていたらどうするつもりだったんだい?」

「……何も考えていなかった」


 俺のどうしようもない一言を受けて、彼女はまた小さな溜め息を吐いてしまった。

 幻滅されてしまっただろうかと思って不安な気持ちが湧くが、彼女の俺を寄せる手がそれを否定してくれた。


 彼女には後で説明をしなければならない。

 俺が不覚にも涙を流した理由や、夜衣(よるえ)の魔女の陰謀を彼女に打ち明けなければならない。

 だが、今は強まる地響きの元を止めなければならない。

 踏み鳴らす者(ストンプマン)の長い長い腕が、この一帯を振り切ってしまったら、一体いくつの命が失われるのか。俺のせいで無関係の誰かが、ただ抵抗もできずに無惨に殺されていくのを看過できない。


 他の魔女たちには聞こえないように、彼女の耳元に近付いてから彼女の名を呼ぶ。


「リリベル、後で話したいことがある。だがその前に、アレを止めるために力を貸してくれないか」

「夜衣の魔女がいないけれど、踏み鳴らす者(ストンプマン)を止める妙案が他にあるのかな?」

「思いついたばかりの策だ。成功するかは分からない」


 彼女は2度深呼吸をして気分を落ち着かせてから、いつもの笑顔を取り戻す。






 遥か遠くにあった長い尾根は、もう間も無くここに到達する。


 紫衣(しえ)の魔女や緑衣の魔女の協力が簡単に取り付けられたのは、正直意外だった。

 紫衣の魔女は魔女協会の長という立場からして、目下の俺やリリベルの提案など飲む訳無いと思っていた。何より先程までリリベルが、紫衣の魔女に向かって魔法を無遠慮に放っていたというのに、老魔女はまるでそのことを気にしている様子が無かった。


 彼女にとっては、リリベルとの戦いを遊び程度にしか思っていなかったのだろうか。


 緑衣(りょくえ)の魔女は、夜衣の魔女の仲間であるというのに、踏み鳴らす者(ストンプマン)を止めることに協力してくれたことが不思議でならない。

 口を使って意思の疎通を取ることができない木人(トレント)という種族だから、余計に何を考えているのか分からなくて不気味だ。


 俺たちのあがきを邪魔する可能性があって、彼女から目を離し辛いのが現状だ。




「して、燐衣(りんえ)の魔女に、我々が持つ魔力全てを、分け与えて、大いなる者が止まると、本当に思っているのかい?」


 紫衣の魔女の質問には自信を持って肯定できなかった。


 だが、この場には、俺が知る限りで魔女の中でも特に優れた魔女たちがいる。


 魔女の中でも1、2を争う程の魔力量を持つ黄衣(おうえ)の魔女がここにいる。

 世界中の植物と意思疎通ができる緑衣の魔女は、草木から魔力を借り受けることができる。

 戦いを好む紫衣の魔女は、1人で国を相手にできる程の魔力を持っているはずだ。


 そして、怒りの感情を湧かせば湧かせただけ、魔力を生み出すリリフラメルがいる。


 この場には膨大な魔力を持った魔女が何人もいるのだ。その魔力をリリフラメル1人に集約し、彼女の炎で踏み鳴らす者(ストンプマン)の腕を溶かすことも可能だと思いたい。




「本陣までは、まだ距離がある。今から向かっても、間に合わんね。それなら、やってみる他無いのかね……」


 時間が残されていないと思ったのか、紫衣の魔女の判断は早かった。

 しかし、老魔女はただ肯定するだけでなくもう一言付け足してきた。


「止められないと分かれば、私はこの場から、立ち去る」

「それで良いよ」


 主人であるリリベルが紫衣の魔女の弱気な一言を飲み込んだ。




 彼女たちの切り替えの早さに感謝して、今度はラルルカとリリベルを呼ぶ。


 俺はリリベルの魔力を使って、4本の柱を生み出す。その全てを地面に突き刺してから、4本の柱に上に乗るような屋根を作り、その下にリリベルとラルルカに移動してもらった。


「何なのよ、これ」


 今は夜で、雨も降っていない。日光や雨を避ける必要がないのに、屋根の下に配置されたことをラルルカが疑問を呈する。


「さっき、影の魔法が使えないと言っていたよな」

「だったら、何なのよ……」


 念の為の確認だ。

 やはり、ラルルカは夜衣の魔女に干渉されて魔法を使えない状況に陥れられている。同じ影を使って魔法を詠唱しているなら、他人の影を上手く使わせないことも可能だろう。


 そこで、今度はリリベルにお願いをする。


 ラルルカに正直に事情を話すことはできない。話しても信じてもらえないだろうし、彼女を怒らせることになるだろう。

 だから、夜衣の魔女が干渉していることは伏せるしかない。


踏み鳴らす者(ストンプマン)の攻撃を凌ぐ場面になったら、屋根の下に一瞬だけ雷を放ってくれ。ここを思い切り照らしてから、すぐに雷を止めて欲しい」


「そして、ラルルカ。黄衣の魔女が雷を止めたら影の魔法を詠唱して、ここにいる皆を影の中に避難させてくれ」

「だから、魔法は使えないって――」

「大丈夫だ。絶対に上手く詠唱できるはずだ」

「何で理由を言わないのよ……」


 ラルルカの言い分はもっともだ。普段から言葉足らずの魔女たちに辟易(へきえき)していたが、まさか魔女である彼女に突っ込まれるとは思わなかった。




「後は任せたぞ」


 リリベルに言い残してリリフラメルのもとへ向かう。リリベルは腰に両手を当ててふふんと鼻を鳴らして返事をしてくれた。

 ラルルカにまた「無視すんな!」と言われたが、そちらは無視させてもらう。




 この場で俺にできることがある。

 恐らくこの場で、リリフラメルの感情を最も知る俺にしかできないことだ。


 俺はこれから彼女に暴言を吐きに行く。


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