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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第9章 最後の巨神
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影にして喧騒3

「ロンドストリアの首都にいる者は、お前の弟子たちが避難させているのだろう。歩みを続ける魔力なんか残っている訳が無い」

「彼女たちは優秀ですが、今はまだ未熟です。救える命など限られています」


「つまり、あの国は既にほとんど皆殺しにしました……ふふっ」


 ロンドストリアも駄目だったのか……。

 夜衣の魔女に近付いたからこそ見える、彼女の邪悪な笑みが目に焼き付いて離れない。




「『歪んだ円卓の魔女』には、緑衣(りょくえ)の魔女がいる。彼女は、世界中の植物と会話することができて、今の俺たちの会話だって聞かれているはずだろう。お前の企みは魔女協会に筒抜けのはずだ」


「そう。だから、彼女と私は()()()なのです……ふふっ」


 緑衣の魔女エミリーは夜衣の魔女の味方なのか……。

 ハッタリだと思いたいが、彼女が今も()()()()()ことを考えるとその望みは薄いだろうな。

 あの狂犬集団なら、怪しいと思った時点で真っ先に相手を殺しにかかるはずだ。




「……それなら、俺が魔女協会にお前の企みを暴露してやる」


「黄衣の魔女から私に鞍替えする不誠実な騎士の言葉を、一体誰が聞き入れるというのですか……ふふっ」


 駄目だ。

 何を言っても駄目だ。


 正に着々と外堀が埋められている。


 俺が彼女を追い詰めようと口を開く度に、逆に俺が追い詰められている。




 徐々に彼女に掛けられる言葉が、俺が言いたくない言葉に近付いてしまっている。




 リリベルを守るために俺ができることは多分、夜衣の魔女の騎士となる選択肢しか残されていない。


「俺がお前の騎士になれば、黄衣の魔女はこの先も無事であると約束できるのか?」

「『魔女の呪い』として私と貴方の間で契約を結びましょうか。貴方が彼女のことを想っているなら、きっと貴方の理想の呪いになるはずです。そうすれば、貴方も安心でしょう……ふふっ」


 夜衣の魔女に対するどうしようもない殺意が、黄衣の魔女(リリベル)というただ1人の存在だけで抑えられる。


 何だ。

 意外だな。

 いつの間にか、彼女のためなら俺は俺の心を殺すことに躊躇(ためら)いが無くなっていたんだな。




「お前みたいな邪悪な奴は、御伽噺だけの存在だと思っていた」

「その言葉は『はい』と受け取っておきましょう……ふふっ」


 剣を下げると、彼女は顔色の悪さを邪悪な笑みで更に酷い見た目にさせた。


夜影(よかげ)の海に溺れないで』


 夜衣の魔女の詠唱によって、誰かが呼び出される。2つの影が蠢きながら人の形を作り始める状況を、夜衣の魔女は楽しんでいた。


「貴方が私の騎士になるためには、証人が必要でしょう」


 抜かりない魔女だ。

 俺をとことん追い詰めて、彼女に逆らえない状況を作り出していく。


 他の者を呼ぶ程の魔力が無いとか言っていたはずだが、とんだ食わせ者だ。

 思えば、ロンドストリアで初めて彼女に会った時、彼女は猿芝居をして自分で自分がいる場所に巨神を攻撃させていた。しかも、わざとらしく嗚咽しながら逃げて行っていたな。




 影から現れた魔女は、緑衣の魔女エミリーと、魔女協会の(おさ)である紫衣(しえ)の魔女リラだった。

 考え得る限りで最悪の人選だった。

 影から現れた魔女が2人だけかと思ったら、遅れてもう1人の魔女が影から現れた。

 最初に口を開いたのは、3人目に現れた夜衣の魔女の弟子、ラルルカだった。


「あれ。え、な、何で紫衣の魔女と緑衣の魔女がここに……? っていうか何でアンタもここにいるのよ!!」


 悲鳴にも近い黄色い声が、俺を糾弾する。不快な高音が耳を突き抜けて顔を背けざるを得ない。端的に言うとうるさい。


「夜衣の魔女、一体なぜこんな所に、呼び出した。これから偉大なる者を、我々が狩るという、大事な場面だというのに」


 紫色のマントを羽織った白髪の老婆が、とてもゆっくりと話し、場を制し始める。

 彼女は、1人で国を4つ滅ぼした戦闘狂の魔女だ。恐ろしい魔女ではあるが、たった1日か2日でいくつもの国を滅ぼしかけさせた夜衣の魔女方が遥かに恐ろしい魔女だから、今は彼女に対してそれ程恐怖を覚えない。


「巨神と戦う前に、貴方たちに知っておきたいことがあるのです。後で余計な(いさか)いを生むのが嫌ですから……けほっ」


 紫衣の魔女は黙ったまま、夜衣の魔女に続きを促した。

 ほとんど興味が無さそうな素振りだが、深く刻まれた顔の皺のせいで実際はどう思っているか想像がつかない。


「彼、黄衣の魔女の騎士ですが、今日から私の騎士となることに決まりました……けほっ」


 (しば)しの沈黙を経て、紫衣の魔女が口を開いた。


「それだけかい?」

「ええ、それだけです。でも、私にとっては重要なことですので」


 紫衣の魔女は俺の方へ顔を動かして、そのまま止まった。どういった感情を示しているのか分かり辛いが多分、俺の返事を待っているのだろう。




 これで本当に、俺は夜衣の魔女の騎士になることが決まる。

 この言葉を言えば、もう後戻りはできない。




 夜衣の魔女を一瞥(いちべつ)すると、最悪の表情で俺に返事を促していた。




 すまない、リリベル。




「その通りで――」

「ヒューゴ君! ここにいたのだね!」


 最後に1番聞きたい声が聞けて良かった。

 声の主は少し遠目から俺の姿を認識していて、嬉しそうに草原を駆け寄って来ていたのが分かった。




 いつもならそのまま俺に体当たりするぐらいの勢いで抱き着いてくるのだが、今回はそれが無かった。


 なぜか、途中でぴたりと動きを止めてしまった。

 彼女の表情が分かるぐらいまでに近寄って来ていたが、彼女にいつもの笑顔は無かった。


 少しの間、無表情だった彼女は一転して笑顔を見せたが、それは笑顔じゃなかった。

 笑顔で取り繕っているだけで、どうしようもなく怒っている。俺の胸を突き抜ける程の強烈な殺気は、紛れも無く彼女から来ていた。


「ヒューゴ君?」


 中々聞くことができない冷たい声色に、恐怖のあまりすぐさま俺は返事する。


「あ、ああ」

「君を泣かせたのは誰だい?」


 泣いている?

 誰が泣いているって?


 俺が泣いているのか?




 手で頬を拭ってみたら、手の甲が濡れていた。

 ああ、確かに、俺は泣いていたみたいだ。彼女に言われるまで気付かなかった。本当に女々しい男だな。


「そこにいる全員を殺せば良いかな?」


 既に彼女の身体から膨大な魔力が、光となって漏れ出ている。


「待って下さい! 貴方は誤解しています……げほっ!」

「黄衣の魔女、落ち着くのだ」


 事情を知らない紫衣の魔女と事情を知っている夜衣の魔女が、同時に黄衣の魔女をなだめる。


 本当は彼女に助けを求めたいが、この後のことを考えると、2人の魔女に同調せざるを得ない。

 何としてでも、リリベルが再び辛い目に遭うことだけは避けなければならない。


「リリ……黄衣の魔女、落ち着いてくれ。多分、何か勘違いしている」




 リリベルは少しだけ柔らかく笑った。その笑みは誰か特定の1人の者にだけかけられていることは分かっていた。

 まるで、俺の心の内を見透かされているようだった。


「なるほど、分かったよ。ヒューゴ君」


 だが、その直後すぐに彼女は鬼のような形相で、俺たちを睨み付けて大声を張り上げた。

 魔法を詠唱してもいないのに、彼女からいくつもの光の筋が走っている。


「私の騎士を苦しめたお前たちは万死に値するぞ!! 欠片も残さず!! 焼き尽くしてやる!!」




 ああ、俺の気遣いが一瞬で無駄になってしまった。




 だが、不思議と嫌では無かった。

 身体に纏わりついていた重い影が、彼女の雷光で掻き消されたみたいだった。


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