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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第9章 最後の巨神
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影にして喧騒

 災害を潜り抜けた後、急ぎ足で森の中を駆けていく。

 途中何度も息を整えながら足を緩めるが、それでも止まることはしない。

 走り慣れない森では、平坦な道は無く、いやらしく配置された木々や小さい坂に遭遇する度転びそうになって、イラついてしまう。


 どうせこんな森だ。誰もいないだろうし、たまに声を上げて怒りを発散したって良いだろう。


 踏み鳴らす者(ストンプマン)の存在が、他の動物や魔物に命の危機を実感させることで、この森には木以外の生命の気配を感じない。

 魔物に襲われる危険が無いことは、小さな幸運とも言える。






 徐々に木々の密度が減っていき、森が林になってそれが終わると、静かな草原地帯に出ることができた。

 夜に慣れた目で何とか確認できる柔らかい草たちが、なだらかな下り坂を作っている。


 そして、下り坂の先には広い広い平野が見える。

 地図を持っている訳では無いから、あの平野が魔女たちが待ち合わせているルーブラントの平野地帯なのかはまだはっきりとしない。

 それでも行ってみる価値はある。


 次なる1歩を進めるために、力を溜めている踏み鳴らす者(ストンプマン)を後ろにして、早くリリベルと合流して、魔女たちの元へ向かわねばならない。


 森の中よりは走りやすくなった地形を駈けて行くと、突然足がもつれて転げ回ってしまった。

 草原地帯だから走りやすいと誤解した訳では無い。


 何かに足を引っ掛けられて、転ばされたのだ。

 身体のあちこちを打った痛みは多少あるものの、死ぬ程ではない。慌てて起き上がって、一体何に転ばされたのかと後ろを確認してみると、暗闇の中に更に際立った暗闇が人の形を作って立っていた。


 やがてその暗闇は夜空になり、夜衣(よるえ)の魔女の姿と認識できるようになる。


「夜衣の魔女! 実は黄衣の魔女とはぐれてしまって、彼女が今どこにいるのか分からないんだ! 踏み鳴らす者(ストンプマン)がやって来る前に彼女を見つけるのを手伝ってくれないか!」

「安心してください、彼女の居場所は知っています。それよりも、黄衣(おうえ)の魔女の騎士。もうすぐ巨神がやって来る前に貴方に聞きたいことがあります……けほっ」

「聞きたいこと……?」


 夜衣の魔女がこうして現れたということは、どうやら待ち合わせ場所までそう距離は遠くないと想像できる。

 正直、今は彼女と長話をしている暇は無いのだろうが、立場上無視する訳にもいかず、彼女の次の言葉を待つしか無かった。


「私の騎士になりませんか?」


 待たなきゃ良かったと思った。


「悪いがそれはできない」

「返事は『はい』だけです……ふふっ」


 この人の話を聞かない強引さは魔女特有のものだ。

 慣れたものだが、夜衣の魔女に対する警戒心を強める理由にはなる。魔女が強引に物事を進めようとする場合は、大抵碌なことが起きない。


 暗闇の草原の中に浮かび上がる夜が不気味さを際立たせる。


「いいえ」


 それでも彼女を挑発するように俺は断りを入れる。

 譲れないものがあるという意志の表れを彼女に示すが、俺と彼女の間の地面からずるりと新たな影が噴き上がる。

 影は人の形とはならず、その代わりに影の中から見知った顔が現れた。


 リリフラメルがいた。


 暗闇の夜よりも目立つ青髪の彼女は、目を閉じ顔を少し伏せたまま動かない。

 大声で呼び掛けても反応が無い。代わりに反応したのは夜衣の魔女だった。


「この子の命が今日で終わるか、明日も続くかは貴方次第です……ふふっ」

「そいつは不死だ。アンタには殺せないぞ」


 起きないリリフラメルは、沼に沈むかのように再び影の中に潜り込んでしまった。

 彼女を人質に取られて、なぜか俺は脅されている。


「殺すのは彼女の心です」


 夜衣の魔女は物理的な死では無く、精神的な死を与えると主張している。

 こんなところで彼女と望まぬ面接をしたい訳では無い。踏み鳴らす者(ストンプマン)が後、1歩か2歩かというところまで来ているのだ。リリベルを探して戦いの準備をしなければならない。


 彼女がこの戦いに必要不可欠な存在であるということを知っているせいで、危害を加える訳にもいかない。


「まず、聞きたいことがある。なぜ俺を騎士として迎え入れたいんだ? 黄衣の魔女への嫌がらせが目的か?」

「それ自体は大きな目的はありませんが、それも1つの目的ではあるでしょう」


 この時点で俺は、彼女への警戒心を最大まで引き上げた。

 黄衣の魔女には明確に敵対的であり、そして俺にはほとんど関心が無いであろうことが窺える。

 いつでも黒剣を生み出し、鎧を身に纏えるよう、身体を構えて口を開いておく。


「私は、皆から恐れられ、崇められるような魔女になりたいのです……ふふっ」

「『歪んだ円卓の魔女』の1人である黄衣の魔女の騎士を自分の配下に置くことで、夜衣の魔女の名に(はく)でも付けようとしているのか?」


 「だとしたら、それはアンタに何の得も無い。俺にはそれ程の価値は無い」と続けようとしたら、それよりも前に彼女が即答した。


「その通りです」


 黄衣の魔女が彼女を読んだ時は、喋るごとに体調が悪そうに咳き込んだり嗚咽したりしていたのに、今は全くそれが無い。

 嬉々として彼女は目的を明かしてしまった。


 この話をリリベルが耳にしたら十中八九、夜衣の魔女を殺そうとするということを勘定に入れているのだろうか?

 黄衣の魔女の騎士だからこそ自信を持って言うが、彼女の企みは無謀だ。


「私が『歪んだ円卓の魔女』の席に座ることができれば、貴方を解放します。勿論、私に従ってもらえたら、貴方もこの子も黄衣の魔女も、死ぬことはありません。私の騎士として身分を置いている間でも、黄衣の魔女と愛し合うことも止めません。貴方の望む物も与えましょう」


「私はただ、黄衣の魔女の騎士が、夜衣の魔女の騎士になったという事実が欲しいだけなのです」


 夜衣の魔女という壮大な名前の割に、権力や肩書きに執着し過ぎた、ある意味人間的で俗物的な魔女だと思った。

 ただ、魔女は魔女だ。


 影が俺の足元近くまで近付き蠢いていることを見逃す程、さすがに馬鹿ではない。

 彼女の脅しが更に強まっていることを身体の芯から感じ取る。


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