不死にして騎士4
今まで踏み鳴らす者は人が集まる場所にわざと足を下ろしていたから、次の1歩はロンドストリアの首都に落ちるだろうと踏んでいた。
今はすっかり夜で、夜であれば実力を遺憾無く発揮できる夜衣の魔女の弟子たちが、しっかりと民を避難させていると信じたい。
俺たちはロンドストリアの首都から東に行った場所にいるが、地上にいたままでは必ず巨神の一踏みに影響を受けるだろう。
身体を穴だらけにはされたくない。
生き残ったオークやエルフたちは今、エリスロースの支配下にあり、彼女の血によって守ることは余裕だと彼女が豪語していたから、そちらの心配の必要も無さそうだ。
俺とリリベルと血だけになっているエリスロースは、再び空から移動を始めている。
夜になれば更に目立つ踏み鳴らす者のこれまでの軌跡は、火で明るく照らされていた。
奴が放った魔法が、大地を赤く染め上げて、向こう側の空は夕暮れ時のように明るさを保っている。
奴が歩いた範囲以上の場所が死んでいる。
戦争だって1日や2日でこんなに誰かが死ぬことは無い。
巨神と呼ばれることのだけはある。
「滅茶苦茶だな」
ドラコンの形となったエリスロースがポツリと呟いた。
俺もそう思う。世界がこんな簡単に滅茶苦茶になるなんて思いもしなかった。
踏み鳴らす者の戦いはとても印象的なはずなのに、全く集中できない。
リリベルのことで頭が一杯になって集中できない。
彼女が俺にかけた不死の呪いのことを黙っていた理由が、気になって仕方がないのだ。
度々リリベルが「ヒューゴ君、私に何か聞きたいことでもあるのかい?」と聞いてくるのだ。
彼女は俺の顔色を逐一見ていたらしく、しかも俺が心の内に何か抱えていることを簡単に見抜いて聞き出そうとしていた。
こんなこと、すぐに彼女に質問できたはずなのに、どうしてか答えられなくて、「いや、何も無いぞ」と返答するしか無かった。
俺が話をはぐらかす度に、彼女の顔色が曇っていくことに胸が痛くなっていく。
「聞こえているのか? ヒューゴ」
「え、あ、ああ」
気付いたらうわの空になっていたらしい。
エリスロースに呼びかけられていたことに全く気付かなかった。
「速度を上げるぞ!」
エリスロースの焦りに何ごとかと思って踏み鳴らす者の方を振り返って見てみると、奴は振り上がったままの足を思い切り地に叩き付けた。
今までと違う動きだ。
踏みつけた場所は人のいない場所で、何も無い大地が思い切り潰れ、土煙を巻き上げた。
踏みつけた衝撃波が土煙に乗って良く見える。人間が走って避けられるような速度ではないことが分かる。
今までと同じなら踏み鳴らす者の1歩はそれで終わり、次の1歩までまた時間がかかるはずだ。
だが、奴は更に動いた。
聞いたこともない音が大地から響き渡ってくる。
踏み鳴らしたばかりの足が震えているように見える。
「な、何をしているんだアレは?」
「地面を蹴り上げようとしている」
地面を?
そう言われて踏み鳴らす者を見てみると、確かに足先を地面に突き立て、これから土ごと吹き飛ばして蹴り上げるような動作をしている。
ではなぜ土を蹴り上げようとしているのか。
俺はやらないが、やるとしたら腹が立っている時にあの動作を行うかもしれない。
ともすれば、奴には感情があるということになる。
「奴は苛ついているのか?」
「違うな。あれは……狙っている!」
狙っている。
蹴り上げた土を何かに当てることだろうが、だとしたら何を狙っているのか。
土を蹴り上げるということは、ただの蹴りよりも速い速度で蹴り上げた物が飛んでいくだろう。
その速度にしてまで飛ばして当てたいもの。恐らくすばしっこくて中々動きを捉えられないもの。
それは――。
「俺たちかよ!」
羽ばたく動作を止めて、身体を鋭く伸ばしたドラゴンが一気に急降下を始め、俺は浮き上がりそうになる。
夜の静寂なぞ知ったことかと言わんばかりの爆裂音が吹き上がる。
気付かなかった。
見えなかった。
音が届くよりも前に、既に蹴り上げたものが通過していたのだ。
俺の身体はいつの間にかエリスロースの背中から離れていた。
何かが身体にぶち当たってそこに張り付いたまま、あらぬ方向に吹き飛ばされている。
そして、俺の身体が吹き飛ばされている姿を、全く別の視点から確認できているということは、多分……。
俺の首は千切れて、胴体から離れてしまっているのだろう。




