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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第9章 最後の巨神
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不死にして騎士3

 意識を失ってから再び起き上がるまでの感覚は一瞬にしか感じない。

 だから、俺が起きるまでの間に、リリベルがエルフとドワーフたちのほとんどを雷で焼き尽くし、生き残った全てをエリスロースの支配下に置くぐらいの時間が経っていたことに後で気付いた。


 今日だけでもう3度目の目覚めを経験している。


 意識を失って身に纏っていた鎧は崩れ落ち、今は生身のままだ。

 着直したばかりの服は派手に破れていて、また服を拝借する必要が出てきてうんざりするばかりである。


 それにしても、リリベルの治癒魔法の精度はすごいものである。右腹から肩にかけて切り裂かれた傷ができていたはずだが、綺麗さっぱり無くなっている。傷の痕は一切無いのだ。

 伊達に黄衣の魔女を名乗っている訳ではないと改めて感心して、独り言を呟く。


 しかし、その感心は半ば見当違いであったことが、ドワーフに血を移したエリスロースから聞かされることになる。俺の独り言を聞いて訂正しようと近付いて来た彼女の姿を見て、一瞬だけ固まってしまった。


「彼女は何もしていない。ああしていないさ」


 それなら俺の傷は誰が癒やしたというのか。

 もしやエリスロースか?

 彼女ならリリベルよりも治癒魔法を得意としているようだし、綺麗に治すことも不可能では無いと思ったが、エリスロースは自分の仕業でも無いと更に否定してしまう。


「ヒューゴ、お前だよ。お前の傷はお前自身が癒やしたんだ」

「何を言って――」

「あー! 彼が疑問に思うまでは言わないようにと言ったじゃないか!」


 リリベルが走って割って入って、エリスロースもといドワーフの鼻頭に指を押し込んでぷりぷりと怒り始めた。


 俺の傷を俺自身が治した?

 そのような覚えは無いのだが、リリベルが何かを知っていそうな素振りであったので彼女に問いただしてみた。


 リリベルは「ふう」とひと息吐いてから俺の方に向き直って、優しい微笑みで説明し始める。


「ヒューゴ君、ノイ・ツ・タットで君が子どもの王様に殺されかけたことを覚えているかい?」


 子どもの王様、モドレオのことか。

 彼は常軌を逸した加虐嗜好を持った子どもで、生物を痛めつけてその悲鳴を聞くことを全ての行動原理としていた。

 彼は殺しても死なないリリベルの存在を知って、永遠に殺せる玩具として彼女を手中に収めるために、俺たちを襲って来たのだ。


 その時に、不覚にも俺は命を落とした。

 リリベルは「殺されかけた」と言うが、どう考えても殺されたのだ。


「勿論覚えているさ。その後にリリベルが地獄から助け出してくれたことも、断片的にではあるけれど覚えている」

「君が地獄に行く前に、私が君に言ったことを覚えているかい? いや! 恥ずかしいから声に出さなくて良いよ! とにかく、覚えているかい?」


 彼女はすばしっこく走り俺の口を一旦塞いでから、俺に念を押してきた。

 あの時の彼女の言葉は意識が朦朧としていたのにも関わらず、良く覚えている。


「私を1人にしないで」とか「私の愛しい騎士」とか、今でも思い出せば俺の胸を強く締め付けるようなことを言ってくれていたな。


「にやけるのも禁止」


 リリベルの指が俺の口元に押し込まれ、無理矢理口角を下げられる。

 ドワーフの野太い声で「一々惚気(のろけ)てもらうのは止めてくれないか」と喝を入れられてしまったので、切り替えて「覚えている」とリリベルに返事しつつ、他に彼女が言ったことを思い出すことに注力する。


 そう。確かリリフラメルの怒りを鎮めたすぐ後のことだった。

 治癒魔法を詠唱してもどうにもならない程にボロボロになった俺に対して、リリベルは『魔女の呪い』をかけて俺を不死にすると言ってきたのだ。

 彼女の『魔女の呪い』を発動させるために、俺に言葉を発するよう促されたのを覚えている。


 だが、結局あの時はそのまま死んでしまって、呪いを受けることは無かったはずだ。

 まさか生き返った後も『魔女の呪い』が用意されていて、俺が言葉を発してしまったから呪いにかかってしまった訳でもあるまい。




 まさかだよな?




「俺は、リリベルに呪われているのか?」


 口元に触れていた指が離れてから、彼女は珍しく真面目そうな顔をして、態度を取り繕ってからこくりと頷いた。


「うん。今の君は『魔女の呪い』にかかっていて、不死者なんだ」

「そんなまさか」

「代償は私の命だよ。君が死ぬと私も一緒に死ぬんだ」

「いや、いやいやいや。馬鹿な」

「でも大丈夫! 私は不死だから、本当の意味で死ぬことはないよ」

「そうじゃなくてだな……」


 なぜ、すぐに話してくれなかったのだろうか。

 黄衣の魔女の騎士である俺には、全てを打ち明けてくれているものだと思い込んでいた。

 だが、違うのか。


 彼女から俺に対する好意の言葉を度々かけられていたのだから、彼女は俺を信頼に足る存在だと思っていたがそれが今揺らいでしまった。


 俺が彼女に行為を抱く前の俺であったら、すぐにでも彼女に質問したかもしれないが、今の俺にはできない。

 怖くて聞けない。


 女々しくて情けないかもしれないが、怖いのだ。


 リリベルを俺の次の言葉を、首を傾げて興味津々の顔で待っている。

 彼女の顔色を見れば、きっと俺が恐れているような質問の答えは返って来ないと思えるが、それでもやはり聞くことができない。


「私からキミたちに話を振っておいて悪いが、一旦会話を止めてくれないか」


 エリスロースが微塵も悪いと思っていなさそうな口振りで、どこからか血を這うように血を集め始めた。

 大量の血が大きな1つの塊になると、再び赤黒いドラゴンに形を変える。


 踏み鳴らす者(ストンプマン)の巨大な足が動く音が空と大地に響いた。

 巨神が1歩前に進もうとしている。

 俺たちのいる方向に向かって踏み進もうとしている。



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