不死にして騎士
『瞬雷』
踏み鳴らす者の腕に雷が直撃するが、表面の岩肌を削り弾いただけで、全く効果がない。
リリベルの雷魔法をもってしても表面が削れただけという結果が絶望感を与える。
「うんうん、私の魔法では足止めもできないみたいだね」
《たった1発打って一々様子を見ているから駄目なんだろう》
「手痛いね」
エリスロースは高速で移動しているはずだが、それでも踏み鳴らす者の腕は簡単に俺たちの元に届いてくる。まだ1歩も進んでいないのに、それでも届く腕の長さったら嫌らしいことこの上ない。
雷の一撃を受けても怯むことなく突き進んでいく掌が、俺たちを後少しで地にはたき落とそうかというその寸前で動きが突然鈍くなった。
その隙に掌の外に逃げ出すことができたが、一体何が起きたのかと巨神を眺めていたら、突然エリスロースの動きが止まった。
その急制動に振り落とされそうになって、慌ててエリスロースの血にしがみつき彼女に文句を言うと、全く別のところから返事が返って来た。正確には俺の文句に返された言葉では無くて、そして聞き覚えのある言葉であった。
「チッ、何が起きているのかと見に来てみれば、貴様らか……」
その見た目に俺の心臓がきゅっと締まる感覚に陥る。
リリベルを守るべく、彼女をより胸の内に抱え込んで相手の動きを注視する。
何も無い空をただ浮いている女がいた。
エルフ特有の長い耳を持ち、茶色の三つ編み髪を後ろに束ねて、砂色のフード付きのマントを羽織っている。服はずっと着続けていたのではないかと思えるぐらいにほつれやあ穴があってぼろぼろだ。
20代前半くらいの若さがある大人のエルフ。
「砂衣の……魔女……!」
砂衣の魔女、オッカー・アウローラ。
自身に『魔女の呪い』をかけていて、対象を問わず彼女の近くにあるあらゆる物は異常な速さで時間が進む。死の属性を得意とする魔女だ。
彼女にかかる風は死に、マントも髪もなびいたりしない。
俺は大陸で初めて作られた列車という乗り物で彼女に遭遇し、頭突きをした。
リリベルから言わせれば、俺が彼女に頭突きできたことは普通はあり得ないことらしい。そのあり得ないことを起こされた彼女は、攻撃を受けないという絶対の自信を崩されて、あれ以来俺たちに会わないよう避けていたとリリベルが以前語っていた。
だから、こうして面を合わせてしまったということは、非常に悪い状況であることは察しがつく。彼女は特に俺に恨みを持っているはずだ。何せ彼女の強い殺気をひしひしと感じている。
「助けてくれてありがとう、砂衣の魔女」
「助けなければ貴様らの時間は止まっていたのかと思うと、口惜しい」
「そろそろ私と私の騎士のことは許して欲しいかな」
リリベルは能天気に世間話を始めているが、今はそれどころではない。
いや、彼女は決してとぼけている振りをしている訳でないことは分かっている。
彼女は砂衣の魔女に、自分たちは今は無害だと説得してこの場から離れさせてもらうおうとしているのだ。
だが、焦りもするさ。
砂衣の魔女の匙加減で後ろの巨神の掌が再び加速することもあり得るし、彼女が直接俺たちを攻撃することだってあり得るのだ。
「あの時はすまなかった。俺はリリベルを守るために、あの時は貴方にああするしか無かったんだ。この命で償うことはできないが、それ以外で俺に償えることがあれば何だってする」
殺気が更に強まる。
多分、俺が何を言ったところで彼女の神経を逆撫ですることは避けられないだろう。すぐに喋らなきゃ良かったと後悔する。
「先に言っておくけれど、この人を君の騎士にさせることも却下だよ。この騎士は私の物だからね?」
リリベルが俺の首に手を回して、砂衣の魔女に正直にぴしゃりと言った。もう俺たちは彼女にただ喧嘩を売っているようにしか見えないだろう。
「貴様らと言葉を交わすだけで頭が痛くなる」
そして、砂衣の魔女は背中を向けて何も無い空を、まるで階段を降りて行くような動きを見せながら、一言放った。
『急がば突き進め』
《ま、待て!! その詠唱は――》
「わっ!」
エリスロースが砂衣の魔女に何かを懇願しようとしたその瞬間、彼女の翼が虫の羽ばたきみたいに高速で上下し始めて、急加速する。
あっという間に砂衣の魔女や踏み鳴らす者の掌から飛び去り、周りの景色が間延びしていく。
「エリスロース! もう少し速度を抑えてくれないか!! 振り落とされそうだ!」
しかし、エリスロースは返事をしてくれず、無茶苦茶な加速を続ける。
彼女は砂衣の魔女に無実の罪をなすり付けられて殺されかけた過去があるので、もしや恐怖であの場から飛び去ったのでは無いかと推測してみたが、すぐにリリベルが俺に彼女が高速で移動している理由を説明してくれた。
エリスロースは砂衣の魔女に魔法をかけられ、身体の動きの時間を早めさせられていると言うのだ。彼女は自身の速度を制御することができず、滅茶苦茶な飛行を行ってしまっている。
上下に揺られて、身体の中身が浮き上がる感覚を猛烈に感じるし、振り落とされそうで滅茶苦茶怖い。
踏み鳴らす者から逃す意図でその魔法を詠唱してくれたと思って良いんだよな?
あわよくば俺がエリスロースから振り落とされて死ぬことを望んではいないよな?
踏み鳴らす者の動きがどうなっているのか確認したいが、後ろを見る余裕はこれっぽっちも無い。
強烈な風を受けてリリベルの黄衣のマントに付いているフードが、何度も俺の視界を遮るので彼女の頭ごと俺の胸に押さえつけると、何が面白いのか彼女は「あはは」と笑い出した。笑っている場合ではないぞ、リリベル。
この光景に強い既視感を感じていると、後ろから猛烈な閃光が放たれてすぐに俺たちに追い付いて来た。
すぐに視界が光に包まれてしまうと、上下左右の感覚が失われて、体をエリスロースの動きに合わせることができなくなってしまった。
エリスロースの背中から落ちて大地に激突したと知ったのは、リリベルに起こされてからのことだった。
次回更新日は2月14日予定です。




