影にして静寂4
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人型の消し炭がそこら中に散らばっていたから、ここにはたくさんの人がいたのだと思う。
炎があちこちで上がっていて、その炎が止まったら、ここには何も残らないのだろうな。
心が怒りで一杯になっていた時に散々人を燃やしてきたから、焼死体は見慣れている。見慣れているけれど、その全てが嫌な思い出だったから、思い出すだけで胸の内が苦しくて怒りが湧いてくる。
この怒りのおかげで、失った手足の代わりの義手義足を動かすことができて、ほとんど今までと変わり無い生活ができているのだから、ヒューゴのことを心の芯から恨むことはできない。
あいつの苦しむ姿を見るまでは恨むことはできない。
だから、沸々と湧き上がるこの怒りを抑えなきゃいけない。
心が怒りに支配されてしまえば、私の自我は自由が効かなくなってしまう。
ルミシアで助けた人たちは南の村に預けて、あいつの所へ行く途中で何人もの生きている人を見つけた。
デカブツが怖くて逃れて来た奴らとか、逆にデカブツを倒そうと考える無謀な奴らとか、そういった奴らを説得したり、怪我の手当てをできる限りやったりした。
全員死んだ。
全部無意味になった。
だから、沸々と怒りが湧き上がっている。
デカブツに燃やされた。
さっきのが魔法なのか何なのか分からないけれど、突然辺り一面を炎が噴き上がって皆燃やしたんだ。
私だけ生き残ることができたのは、それまでに蓄積された怒りが簡単に爆発させられたからだ。ほとんど無意識に詠唱した炎の魔法が、デカブツの炎を掻き消すことができた。
身を守ることができたのは私だけで、燃える物が徐々に無くなって落ち着いてきた時には、ここもそこもあっちもこっちも、目に見える全ての物がほとんど燃え尽きて何も無かった。
守ろうとしている者たちをことごとく守ることができていないこと、あいつからの期待に応えることができていないことが、尋常ではない怒りを湧き上がらせて私の頭を狂わせ始めている。腹が立ちすぎて歯軋りしすぎて、口から血が止まらなくなって、口の中の不快感で更に腹が立つ。
そんな不安定な状態だと自分が辛うじて自覚できているぐらいの時に、私の目の前に女が現れたんだ。
ラルルカとかいうムカつく女と同じ服を着た女だったから、その姿を見ただけであの女を思い出して怒りが湧く。
「私は夜衣の魔女と言います。黄衣の魔女と彼女の騎士から話を聞いてここまで来ました……ふふっ」
怪しく笑っているその胡散臭さがムカつく。
でも、あいつらのことを知っているようだったから、こいつに八つ当たりをする訳にはいかない。
「私の影に入ってください。2人にすぐに会わせてあげますよ……ふふっ」
何かを企んでいそうなその目がムカつく。
でも、あいつらに追いつくためには歩いて行っても駄目なことは分かっている。
この女の魔法なら早くあいつらの所に行けるんじゃないかって思ったから、断る理由は無かった。
「安心してください。向こうには食べ物も寝具もありますから、少しは休んでください……ふふっ」
私が喋る前に無理矢理何かに足を掴まれて、地面の下に引き摺り込まれてしまったことが腹立たしいけれど、この怒りをどうにかできるのはリリベルかヒューゴくらいだから、早く2人に会いたくて今はこの怒りを必死に抑える。
◆◆◆
エリスロースの背中に乗るのは久し振りだ。
言い方を改めると血でできたドラゴンの背中に乗って空を飛んでいる。
2度目の空にリリベルはご満悦だ。以前程興奮している訳ではないが、両手を広げて風を感じている。
「風を感じている場合じゃないぞ! リリベル!!」
踏み鳴らす者の上半身が見えている。
ロンドストリアからルーブラントへいく雲は途切れていて、俺たちの姿は巨神から丸見えである。
巨神の上半身がしっかりと確認できた。
巨大な壁にしか見えない胴体に、ただただひたすらに長い腕が俺たちに向かって伸びて来ている。
目と思わしき部位は相変わらず眩い光を放っていて、夜だと星の輝きのように目立っている。
わざわざ踏み鳴らす者が掴みやすい高度まで上がっているのは、この下にロンドストリアの首都があるからだ。
小さな明かりが集合していて、それが都市の営みを表していることにすぐ気付いた。
「エリスロース! 真っ直ぐ進まずに少し迂回してから東へ進もう! 俺たちを追ってくれるならロンドストリアの首都を踏み付けてはいかないはずだろう!」
《自分の命を優先したらどうなんだ?》
踏み鳴らす者の手の動きは、酷くゆったりでのろまに見えるが、実際は全く違う。
尋常でない風を巻き起こした掌が俺たちの近くを掠めていくのだ。風はエリスロースの翼を無理矢理動かし、あらぬ方向へ吹き飛ばそうとするから、耐えるのに必死だ。
必死にリリベルの身体を掴み、そしてエリスロースに掴まっている中、リリベルが踏み鳴らす者に向けて2度目の雷を放とうとする。




