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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第9章 最後の巨神
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影にして静寂2

 リリベルが思い付いた落とし穴作戦とほぼほぼ近しいことを紫衣(しえ)の魔女は考えていたようである。

 そのために夜衣(よるえ)の魔女が持つ広大な魔法の範囲と、黄衣(おうえ)の魔女が持つ膨大な魔力量が必要だった。夜衣の魔女単体では成し得ない魔法を発動させるため、彼女の補助をリリベルにさせようとした訳だ。


 夜だというのに窓から部屋の中に、様々な光が差し込んで来ているのは踏み鳴らす者(ストンプマン)との戦いがまだ続いていることを示唆している。

 ここからは距離が相当離れているはずなのに、踏み鳴らす者(ストンプマン)の身体に音が反響してか爆発音が良く聞こえる。


 夜衣の魔女は光が眩しくて嫌なのか、部屋の隅に寄って立っている。影とほとんど同化していて、薄暗い顔色がぼうっと宙に浮かんでいるように見えて不気味である。


「紫衣の魔女と同じ考えを持っているなら、尚更彼女たちが集まっている場所へ行った方が良いと……思いますが……ごほっ」

「どこに行こうとあまり変わらない気がするけれど、分かったよ。それで、肝心の紫衣のお婆さんはどこにいるのかな?」

「ロンドストリアより東にあるルーブラントにいます。国の中央西側に広い平野があり、ほとんどの魔女協会の者たちがそこで罠の準備をしています……うっ」


 夜衣の魔女の指示で、弟子たちはルミシアとロンドストリアの民を避難させているそうだ。

 そして、ルミシア、ロンドストリアでなるべく被害を出さない形で、ルーブラントの平野に張った罠に誘い込もうという魂胆があるらしい。

 だが、ルミシアの首都で起きた惨劇を彼女に教えると、彼女は目玉が飛び出てしまうのかというぐらいに、目をかっ開いて驚いた。


「弟子たちは、私なんかより遥かに魔力を持った良い魔女なのですが、まさか()()()()()()()()()に失敗するとは……」

「んん? 弟子の誰かから報告を受けなかったのかい? 確かモ……モズ……何だっけ」

「モズッキだ」


 弟子の名前を思い出せないリリベルに代わって、俺が弟子の名を答えてやった。


踏み鳴らす者(ストンプマン)は、他者が詠唱によって放出した魔力を吸収する性質があること、黄衣の魔女がルミシアにいることを他の魔女に教えるとか言った後、すぐに影に消えて行った。ラルルカという魔女も一緒にいたが、次の国に向かうと言って消えてしまったな」

「ラルルカとモズッキが……。そうなのね……。でも、彼女たちと会うのは怖いから、私、避けているの……けほっ」


 なぜ彼女たちを避けているのかまるで分からないと、リリベルが首を傾けながら俺に視線を送ってきた。

 夜衣の魔女の心を察するには、俺に彼女の情報が少ない。俺に視線を送られても困ると彼女と同じ仕草をしてみると、その様子を見ていたのか夜衣の魔女が続けて話しかけてきた。


「だって、彼女たちの方が魔力があって魔女として優秀なのよ? 魔力の無い私は、彼女たちにいつ殺されたとしてもおかしくないわ。だから、あまり会いたくないのよ……」


 リリベルと会話する時と比べて、随分と砕けた物言いになった夜衣の魔女のその言葉は、きっと本心なのだと思う。

 それならなぜ弟子などとったのかと聞きたかったが、まだ夜衣の魔女と気軽に口を聞ける関係ではないと思い、質問する気持ちを抑えて、ただ相槌をうつ。


「それなら、弟子なんかとらなきゃいいのに」


 ああ、言っちゃったよ。


「でも、私たちが君に直接伝えたのだから、君が他の魔女たちに伝えてよ。何だったら、私たちも一緒に影を伝って、ルーブラントに移動させてくれないかい?」


 リリベルの提案に対する夜衣の魔女の反応は渋い。どうも、素直にはいと言えない理由があるようだ。

 共に話を聞いていたエリスロースが、夜衣の魔女に訳を聞くと、残念な言葉が返って来た。


「私の魔力では他人を移動させることはできません。私自身が移動することで精一杯です」


 力が抜けて肩をがくっと下げて、エリスロースとリリベルの様子を見たら、彼女たちも同じように肩をがくっと下げていた。


「何だか君って、以前よりも魔力の融通が効かなくなってないかな……?」

「以前からこんなものです……おえっ」




 夜衣の魔女の魔法による移動は当てにできないことが分かり、他の移動手段を決める必要ができた。

 リリベルの雷魔法を使った無理矢理な移動方法は身体に害を与えるため、すぐにエリスロースにお願いすることに決まった。

 彼女は血をあらゆる形に変えることができ、過去には翼の生えたドラゴンになって、俺とリリベルを乗せて空を飛んだこともある。

 今回も同じように、エリスロースの背中に乗せてもらい、空を飛んでルーブラントへ向かう算段になった。


 城の中には戦いで死んだたくさんの死体があるから、それらの血を1つにまとめるためにエリスロースは先に外へ出て行った。


 夜衣の魔女は、ひと足先にルーブラントへ戻ることになり、今は部屋の隅の最も影の暗い場所に立っている。彼女は影の下に潜り込もうとする準備をしながら、リリベルに語りかけてきた。


「巨神は今のところ、綺麗に真っ直ぐ東に向かって歩いています。ルーブラントで巨神を止められなかったら、次はその東隣のルクセナティアで戦いになるでしょう」


 彼女の言う通りだ。

 踏み鳴らす者(ストンプマン)は今、ひたすら東に向かって歩いている。

 その行動には非常に大きな問題がある。

 多分、リリベルにとっては全く興味の無いことなのだろうが、俺や魔女協会にとってはかなり憂慮すべき問題がある。


「そして、ルクセナティアでも止められなかった場合に、その更に東に何の国があるか知っていますね?」


 奴が止まらずこのまま東に直進した場合、ルーブラントを越えてルクセナティアをも超えた場合に、その東にある国には、レムレットという国がある。


 大陸最大の領土を持つ国であり、大陸最強の騎士団があり、多種多様な種族がそこで暮らし、レムレット特有の巨大な文化を形成し、大陸で最も栄えている国である。


 当然、最も栄えている国であれば、そこに住む者も多い。

 そう。レムレットで暮らしている者は多いのだ。

 他のどの国と比べても、並び立つことなど全く不可能な規模の国民が暮らしている。


 踏み鳴らす者(ストンプマン)がレムレットに足を踏み入れ、あらゆる国民の集合体を蹂躙(じゅうりん)しようものなら、考えられない程の生命が死ぬだろう。


 そして、考えられない程の文化が死ぬだろう。

 レムレットが存在しているからこそ、この大陸はほとんど共通の言語で話すことができ、ほとんど共通の貨幣を使って取引を行うことができているのだ。


 大陸のあらゆる国に影響を与えたレムレットがもし滅びるようなことがあれば、この大陸全土が混乱の渦に巻き込まれるだろう。

 きっと考えられない数の者が死ぬことになるだろう。


「魔女協会は、レムレットが滅びることを最も忌避すべきことと考えています……けほっ」


 それは避けねばならないのだ。

 大勢の者が死ねば、必ず俺の知っている者も死ぬ可能性だってある。それは困るのだ。

 俺自身の平穏を乱される可能性がある。それも困る。


 何より困るのは、リリベルのことだ。

 混乱した世界になった場合に最も必要とされるであろうものは、生活や戦いに直結している魔法だろう。

 魔法には魔力が必要で、そして、リリベルは魔女の中でも1、2を争う程の魔力量を持つと言われる魔女だ。

 彼女を、悪意を持って利用とする者が今まで以上に増えることは、想像に難くない。




 だから、俺は踏み鳴らす者(ストンプマン)を止めたいのだ。

 今の俺に最も興味があることは、彼女の平穏だ。


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