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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第9章 最後の巨神
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影にして静寂

 リリベルが自慢げに話した無茶苦茶でいきあたりばったりな作戦を聞いた後は、質問会の開始だ。

 彼女の言葉はいつもふざけているように聞こえるが、質問したことには必ず答えが返ってくる。全ての可能性を考慮して、可能性に対する彼女なりの答えを常に用意していることから、決してふざけている訳ではない。

 短時間であらゆることを考え尽くす彼女は、やはり地頭が良いのだろう。


 質問の1つに、どうやって夜衣(よるえ)の魔女の居場所を特定するつもりなのかという疑問が、エリスロースから挙げられた。

 これがまた何とも恐ろしい話だが、夜衣の魔女は、影の下での会話を聞き取ることができるとリリベルは言う。盗み聞きというやつだ。


「聞き取れる範囲は、あくまで彼女の影と聞き取りたい場所までの影が繋がっているという条件があるけれどね。でも、夜であれば、彼女は()が届く範囲のどこでも会話を聞き取ることができるのだよ」


 夜衣の魔女の情報を聞けば聞く程、彼女の強大さが際立ってくる。

 それなのに彼女が、魔女協会の中でも特に強大な魔女がその席に座ることができるという『歪んだ円卓の魔女』の1人ではないというのだから驚きだ。


「ただ、彼女が魔女として最も致命的な所があってね」

「魔女の癖に魔力が無いとか?」

「その通りだよ」


 冗談で言ったつもりが、リリベルは肯定してしまった。

 まさか魔女の中でも1、2を争う程の魔力量を持つリリベルと比較して、魔力が無いと言っているつもりではないかと思ったが、どうやらそういうことでもないようだ。


「彼女の影を使った魔法を作る発想力は大変素晴らしいけれど、不運なことに彼女の身体自体は生まれつき魔法を使うのに適していない身体なのさ」


 全ての生命の身体に宿している魔力管という器官がある。

 魔力管は、魔力の貯蔵と少量の魔力の生成を可能とする器官で、貯められる魔力量や自然に生成できる魔力量は、個人差というものに非常に左右されやすい。


 種族による違いも勿論あるが、魔女や魔法使いになる者は、人間だろうがエルフだろうがオークだろうが関係無く、種族の壁すら簡単に越える程、魔力管が極めて発達している者がほとんどだ。

 どんなに有用な魔法を作ったとしても、それを自身が使うことができなければ魔女や魔法使いとして活動していくのは難しいらしい。世知辛い世の中である。


 夜衣の魔女は、魔女であるのに魔力管が凡人と同じくらいしか無いとリリベルは言うのだ。


「つまり、彼女は夜中全ての会話を常に聞き取っている訳ではなく、聞いてもらうために私たちの方から彼女に注意を向けてもらえるように呼び掛ける必要があるのだよ」


 夜衣の魔女の居場所を特定するなら、夜にとある呪文を唱えて彼女に用件を伝えれば、彼女の方から来てもらえるとリリベルは言った。

 何とも便利な魔法があるものだ。


「それで。早速、夜衣の魔女と会話するのか?」

「そうだね」


 エリスロースが促すと、リリベルは目を瞑った。

 普段使い慣れていない魔法陣を思い出して詠唱するのに集中するため、彼女は目を瞑ったのだと思う。目を瞑っただけで正確な魔法陣を頭の中に思い浮かべることができること自体、俺にとっては異常なことであるが、彼女はそれを平気でやってのける。


夜影(よかげ)の海に溺れないで』


 発した意味不明なそれは呪文だろう。

 彼女は詠唱した後、いつも通りに話しかけた。ただ、視線の先は俺でもエリスロースでもなく、部屋の最も影の濃い場所に向けられていた。


「私は黄衣の魔女。あの巨人について話したいことがあるのだけれど、良かったらここに来てもらえるかな」




 窓の外では、誰かが踏み鳴らす者(ストンプマン)に相変わらず攻撃を仕掛けている光が放たれている。




 それ以外、特に変化が無かった。




「失敗か?」


 エリスロースがリリベルが詠唱に失敗したのでは無いかと茶化そうとしたら、突然リリベルの影が床中に広がり始めた。

 広がった影は水溜まりのようになり、真ん中辺りから波紋を生み出す。徐々に波が大きくなっていくと、ある瞬間に波紋の元から一気に影が飛び出し、それは人の形に変わった。


 夜衣の魔女の弟子であるラルルカと同じように、夜と呼ぶに相応しいフード付きのマントに包まれた女が現れた。

 黒髪の長い髪とかなり顔色の悪くこけた頬をもった顔立ちが、生命の流れをあまり感じさせない。

 夜衣の魔女には失礼だが、耳がおかしくなるぐらい元気一杯で生命力溢れる弟子のラルルカと違って、彼女の方は死にかけだ。(げん)にその姿を現した瞬間、彼女は吐血でもせんばかりにひどく咳き込み始めた。


「お久し振りですね。黄衣の魔女……おえっ」


 エリスロースはつまらなそうに「なんだ、成功したのか」と呟いていたのを俺は聞き逃さなかったが、夜衣の魔女が急にえずき始めて何だか嫌な予感がしたので、エリスロースの言葉に突っ込むことはせず、夜衣の魔女に気付かれないようにそっと距離を離す。


「元気そうだね、夜衣の魔女」

「げほげほっ! おえっ!」


 リリベルは意地悪が過ぎるのではないかと思って、夜衣の魔女に気遣いの言葉をかけてやると、夜衣の魔女は素直に礼を返してくれた。

 良かった。彼女は体調は悪そうだが、常識のある魔女のようだ。


「噂で聞いてますよ。貴方は黄衣の魔女とお盛んのようで、子どもがもう2人もいるとか……けほっ」


 あ、駄目だ。

 この魔女も多分狂っている。


「もしかして2人の子どもって、私とリリフラメルのことを言っているのか? 酷い噂が流れたな。ああ流れたな……」


 エリスロースが再び肩を落として、噂の的になっていることを残念そうにしていた。彼女は魔女として噂されることを常日頃期待している節があるが、現実は黄衣の魔女の子どもとして噂されていて、そのことに大変衝撃を受けているようだ。


「うわっ。貴方が子どもの1人なのですか? それにしては随分と老け込んでいますね……おえっ」

「違うよ」


 リリベルが真顔で否定する。

 リリベルが夜衣の魔女にエリスロースとリリフラメルの素性を詳しく説明し、彼女の誤解を解くことができたのは、太陽が地平線の向こうに完全に沈んだ後のことだった。


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