純血にして鮮血3
リリベルの落とし穴作戦は少々無茶なのではないかと思った。
踏み鳴らす者の足は巨大で、1本の支柱のような足から複数の足が生えていて、それらがバランスを取るために根を張るように地上に食い込んでいる。
あの巨体を転ばせるには、とても深く足よりも巨大な穴が必要だ。そんな穴を1日や2日で作ることができるだろうか。
まさか頑張って手で掘るわけとでも言い出さないか心配である。
更に、踏み鳴らす者には目がある。
奴から見たら俺たちなんて埃にしか見えないだろうに、しっかりと視認して攻撃してきたのだ。
今はたまたまこの辺りの空に雲がかかってくれているおかげで、地上が奴の視界から外れているが、雲1つない快晴になったら、俺たちが作る罠に気付いて必ず先手を取ってくるだろう。
一体、リリベルはどのような秘策を持っているのか非常に興味があったので、俺の方から彼女に聞いてみた。
すると彼女は、自信満々で頼りないことを言ってきた。
「他力本願! 夜衣の魔女に頼んで落とし穴を作ってもらうのだよ!」
思わず「ええ」と口から落胆の声を漏らすと、彼女は笑顔から一転、頬を膨らませてこちらに向き直って俺の胸を突き始めた。
「夜衣の魔女の最も良い所は、影を自由に扱うことができるところだなのだよ。彼女の影は物を飲み込んだり、あるいは影伝いに移動することができる。彼女の影を落とし穴代わりに、踏み鳴らす者に恥をかいてもらおう」
「その夜衣の魔女は、踏み鳴らす者を転ばせる程の大きな落とし穴を作ることができるのか?」
「できると思うよ。何て言ったって夜の彼女は、この星の半分を操ることができるからね」
リリベルは指で輪を作り、俺の前に差し出してきた。
「こっちが太陽で、こっちが私たちの住む大地だと思って欲しい。昼間は太陽の光を受けていて、私たちは明るい地のもと、灯りを必要とすることなく生活できる。けれどこれが夜になると……」
リリベルは太陽を表す右手を、俺たちが暮らす大地を表す左手の裏側に持っていく。
なるほど。夜は影そのものだと言いたいのだな。
「陽の光が当たらなくなった全ての海や大地は影となり、夜衣の魔女の掌の上になる。夜になれば落とし穴なんて、思うがまま作ることができるさ。きっと紫衣の魔女のお婆さんもそのことを考えて夜衣の魔女を引っ張り出してきたのだと思うよ」
「それなら私を呼び出した理由は増々無いじゃないか……」
「言ったでしょう? 君にしかできないことがあるって」
リリベルは手をパタパタと振って何かをアピールしている。
エリスロースにしかできないことと言えば、血を操ることだろう。
踏み鳴らす者に血を潜り込ませれば、奴を操ることができるかと一瞬頭の中によぎったが、果たしてアレは血を通わせているのだろうか。
そう考えるとエリスロースにしかできないことは別にあるのではないかと思い至る。
彼女は血そのものを任意の形に留めることができる。針の形にして突き刺したり、網目状にして何者かの動きを止めたり、翼を生やして飛んだり、意外と様々なことに応用を効かせることができる。
魔力の塊となったただの血で、行動の選択肢が複数あることは素直にすごいと思う。
血によって作ることができる形を想像しているうちに、不意に気付いた。俺とリリベルにできなくて彼女でなければできないことがあるじゃないか。
「エリスロースは空を飛べる……。もしかして、囮か?」
日没前の窓の外から眩しい光が瞬き始めて、何事かと覗いてみると、点滅する光が踏み鳴らす者に衝突しているのが見えた。
誰かがロンドストリアを守るべく戦っている。
だが、無情にも光はただただ踏み鳴らす者の前で眩くばかりであった。
リリベルは外の光になんか全く興味を持っておらず、話を続けた。
「そう! その通りさ。目を持つ彼だからこそ、視界に入った者を黙って見過ごすことなんかしたりしない。わざわざ雲をどかして、私たちの姿をしっかりと目で捉えてから手で叩き潰しのだから、彼の顔の近くで優雅に飛んでいれば、きっと巨神も君に夢中になるさ」
悪気の無い皮肉を飛ばすリリベルに対して、エリスロースはただ一言「やっぱり来るべきじゃなかった」と後悔の感情を乗せて肩をガクッと下げてしまった。




