純血にして鮮血
人の影が無いと思っていたが、近付いてみれば人間がいた。いるのは1人だけだったが。
「何だ、君たちか。ああ君たちか」
覚えの無い顔だが、兵士の装いをとる彼の方は俺たちを知っているようだ。
俺は全くピンと来なかったが、リリベルの方は特段驚きの反応を見せることが無かった。彼女だけが彼のことを知っているのかと思ったが、次に彼女が発した言葉で、俺の良く知る者であったことが分かった。
「やあ、エリスロース。この城、随分と荒れているけれど君の仕業かい?」
「そんな訳無いだろう。私が来た時には既にこの状態だった。虫の息だが辛うじて生きていたのが俺だ」
俺に背負われたリリベルがさも自然にエリスロースと会話しているが、状況が読めない俺には意味不明だ。
なぜ、リリベルの騎士であるエリスロースがここにいるのか聞くと、リリベルがこれまたさも周知の事実で当たり前であるかのように回答する。
「私が彼女をここに呼んだのだよ。私と君とリリフラメルでは手に余ると思ってね。でも、偶然逃げた先に君がいるとは思わなかったよ」
「暇じゃないのだぞ。それに、あんな巨大な奴、私が加勢したところでどうにかなるとは思えないが」
いつ、どうやってエリスロースと連絡を取り合ったのか不思議ではあるが、胡散臭い魔女たちの会話を何度も見てきたから、きっと彼女たち特有の胡散臭い連絡方法があるのだろう。
少しだけ、ほんの少しだけ、髪の毛1本を誰かに気付かぬうちに引き抜かれたかというぐらいの薄い意識の中の話だが、なぜ俺にはその連絡方法を教えてくれないのかと一瞬だけ思考した。
次の瞬間には、俺の頭の中の考えごとは別のことに切り替わったのだから、恐らく些事だろう。
エリスロースは自身の評価を下に見ているようだが、少なくとも俺はそうは思わない。
白いドラゴン、アギレフコを撃退できたのは彼女の存在無しでは語ることはできない。
彼女が操る血の魔法で、血を様々な形に変化させドラゴンにすらなって見せた。しかも飛べるのだ。空を自由に飛ぶことができる彼女の力は非常に助かる。
城の中で身体を休むために、門の先へ進んで行くことになった。
歩いている間に、エリスロースが乗っ取っている男の記憶を呼び覚まし、ここで何が起きたのかを説明してくれた。
この場所はロンドストリアの丁度中央にある城で、東西南北の主要都市を繋ぐ中継基地の役割を果たしているらしい。
近くに川が無く、作物を育てるには不向きな土壌であるため、人が住む町が成り立つことは無かった。かと言って東西南北の都市から直接商品をやり取りするのは、小国といえど距離がある。
途中で盗賊に遭う可能性も決して無いとは言えないため、商人や旅人たちの休憩所として、そして盗賊や魔物が現れた際にすぐに兵士が駆けつけられるようにとして、この城が建てられたという経緯がある。
だからこの城に配置された兵士たちは、国外からの脅威に対抗するロンドストリア防衛軍の次に、力を持つ者たちが集っている。
「ドワーフの軍団だった……。なぜかドワーフたちが突然城の中や外から現れて、攻撃を受けたんだ。混乱した俺たちはあっという間に殺されていった……」
エリスロースが乗っ取っている彼が、彼の記憶でもって話している。
彼に案内されるがままに城の中へ入って行くと、確かにあちこちにドワーフや人の死体がある。人の死体は、ドワーフの腕力任せの攻撃を受けた跡が多く、斬られたとかでは無く引きちぎられたような傷跡ができている。
「ドワーフには俺たち人間の言葉が通じる者が多いから、何とか会話を試みようとしたが、彼等は全く取り合ってくれなかった。と言うよりも彼等も混乱している様子だった」
「混乱していた?」
「ああ。俺はドワーフの言葉は簡単なものだったら分かるのだが、戦っている間に何人かのドワーフがこう言っていたのを覚えている。『どこだ、ここは?』とな」
ドワーフは人間にそこまで敵対的な種族ではないといつだったか聞いたことがある。
地を愛し、普段は山や谷に住処を作り暮らしている。金属の加工を得意とし、彼らが作った武器や防具、宝飾品等は質が良いため、人の間でも高値で取引される。
だから、商取引のやり取りを行うことはままある。
そのドワーフたちが目の前に現れた人を簡単に殺してしまう程混乱した様子だったと彼は言った。
城壁が酷く破壊れていたのは踏み鳴らす者の攻撃では無かったことが窺える。
しかし、なんでまたドワーフたちが急に現れたのだろうか。
ドワーフに関する気になる点が他に思い出せないかと、彼の記憶をもう少し鮮明に呼び起こしてもらうと、「自信は無いが」と付け加えてから彼は続けた。
「何人かのドワーフは空から降って来た。どこから飛んで来たのかまでは分からないが、彼等は何らかの魔法を使って飛んで来たのではないかと思っている」
状況がややこしくなり始めている。
どうやら踏み鳴らす者の他に、注意しなければならない動向があるようだ。
未だ崩れていない城壁は高い壁となって視界を遮っているが、それすらも簡単に越えて存在を主張する踏み鳴らす者が視界に入ってしまう。
一体、何が起きているのだ。




