白熱にして狂熱6
リリベルの雷によって聴覚も視覚も一時的に遮断されて、気付いた時には身体が地面に激突した衝撃で痛みが走った。
彼女の魔力を融通してもらっているので、彼女の魔法による効果を大きく受けることは無い。
だから彼女の雷を至近距離で受けても焼け死ぬことは無い。
ただ、痛いことには痛い。
本来なら雷が至近距離で落ちれば、目は焼かれ2度と光を見ることは無くなり、耳は下手すれば弾けて音が聞き取り辛くなる。
だが、今のところそのような悲劇は起きていない。
地面に衝突した時の痛みがいつもより激しかったのは、想像だが踏み鳴らす者の大地へのはたきが原因だろう。
雷の衝撃で飛ぶよりも更に強い力で発生した飛ぶ空気が、俺とリリベルの身体を滅茶苦茶に打ちつけた。
面白いぐらいに骨が鳴り、身体のあちこちで肉が裂ける音がする。
更に砂粒のような物が無数に俺の身体に当たる感覚があった。身体のどこが痛くてどこが痛く無いのか認識することもできないくらいに、一瞬で連続に粒が身体を貫いていった。
再び目が覚めた時に、俺のいる場所が地獄でも不思議では無いと思ってはいたのだが、幸いなことに眼前には牢獄の天井では無く夕日で染まった空が広がっていた。
身体は横になっていたので、リリベルの姿を確認すべく上体を起こしてみると、一面の野原の上に彼女が立っているのがすぐに目に映った。照らされた彼女の髪は橙色を風になびかせながら、向こう側の景色を見ている。
ただ、彼女の着ている服は穴だらけだった。
黄色のマントが風ではためく度に、その向こう側の景色を覗くことができる。きっと何回か死んでしまっている。
服が穴だらけだったのは俺も同じで、服は殆どぼろぼろで部位によっては素肌の方が良く見える箇所もある。スボンはひたすら馬に引き摺られたのでは無いかと思えるぐらいに、擦り破けていて風通しが良い。
きっと彼女が、怪我をしていた俺に治癒魔法を詠唱して傷を癒やしてくれたから五体が無事なのだろう。
これだけ服が穴だらけになっているのに、良く命を落とさずにいられたものだと率直に思う。普通なら即死だ。
彼女の素早い治療のおかげだろう。
彼女に礼を言うべく立ち上がって、膝の高さ程ある草を掻き分け近付いて行く。
草の音で俺が起きたことを知った彼女は振り返って、笑顔で迎えてくれた。
「さすがにその見た目は服を変えないとまずいな」
礼を言うつもりだったのに、彼女の身体が正面に向いた時に思わず彼女の服装について言及してしまった。
マントは穴だらけであるが形はそこそこ保っているのに対して、マントの下の服は俺と同じく数多くの穴があった。もちろん彼女の素肌は晒し放題で、特に胸の部分がはだけていて目のやり場に困る。
人前で素足を見せることは、はしたないということが俺の知っている世間の認識で、それ以上に肌を晒している今の彼女だったら、もし街中に行けば人々に破廉恥だと注意され、衛兵が捕えに来るだろう。
だが、当の本人は自身の半裸状態にはまるで興味が無く、あくまで堂々としている。
それどころか目を背ける俺を面白がってか、素肌が良く見えるようにと自分から近付いて来て、見せつけてきた。とんだ痴女である。
その姿に堪らず俺は、自分の破れかかっている布をいくつか引きちぎり、結び合わせてリリベルの胸の辺りに巻きつけた。ズボンとか服の袖が失われたが、幸い今は凍える程の寒さでも無いから十分我慢できる。
彼女は俺の応急処置を薄目でつまらなそうに見つめながら、礼を言ってきた。彼女の本心と言葉とが一致していないと簡単に読み取ることができたのは、彼女の日頃の行いのおかげだ。
「ヒューゴ君って、もしかして男が好きなのかい?」
「なぜその考えになる」
何度か俺は彼女に好意を伝えているのに、なぜその言葉が返って来てしまうのか甚だ疑問である。
服の応急処置が終わって、彼女の穴だらけのマントから見えていた向こう側の景色を改めて眺める。
「ここはロンドストリア領か?」
「それは分からないよ。ただ、あの城に行って今の場所を確認することは、無駄足になると思うからお勧めしないかな」
俺たちが立っている野原の先に城が建っている。
城を形作る石かレンガのブロックは殆どが崩れていて、崩れた場所から無造作に積み上がっている。
城壁の内側の至る所から煙が上がっていて、人間の叫ぶ声すらも聞こえない。
城の更に先の方には踏み鳴らす者の足が見えている。右足は前で、左足は後ろだ。
陽に照らされた巨人の足は赤く染められたまま、ぴくりとも動かない。不気味だ。
その足の色が霧がかかったように薄く見えるということは、相当遠くまで飛ばされていたのだろう。
俺たちのいる位置をすぐにでも確認したいが、最も近くにある建物が崩れた城ぐらいしか無い。
「人がいなくても、地図とか城の名前が分かれば、位置を掴むことはできるさ。だから城へ行ってみないか? それに食料や寝床の当てがあるかもしれない」
「朝からろくに食事も摂っていないからね。そうしようか」
こうして傷1つ無い身体を使って、リリベルを背におぶって城を目指すことになった。




