白熱にして狂熱
馬の後ろに牽く物があって良かった。
踏み鳴らす者の1歩によって飛んできたありとあらゆる破片が、俺たちのいるところまで届き、馬はパニックで暴れ回っていた。
だが、それ程広くない森の中の道で、客車が木々に引っかかって、馬が遠くへ逃げてしまう結果にはならなかった。むしろパニックになって森の中に突っ込んでくれたことで、馬自身が怪我無く済んだことを考えれば、幸運であった。
木々に引っかかっていた客車には無数の穴が空いていて、壁を貫いて反対側の板まで貫いていた穴もあった。相当な速さで何かが飛んできた証拠だ。
道際に並んでいる木々はどれも、片面だけぼろぼろになっていた。木の枝だったり、石だったり、たまに人工物らしき破片も刺さっていた。
俺たちがいる場所だけでこれだけの被害なのだ。
リリフラメルを思うと気が気ではない。
もう破片が飛んで来ないことを確認してから、俺たちは馬車に乗り込んで速歩で馬を走らせ首都に向かった。
ここまでが日が昇り切る前の話だ。
そして今、俺たちは山を越えたところにいる訳だ。
片足はまだ潰れた山の手前に残っているが、もう片方の足は恐らくルミシアの首都を飲み込んでいる。
踏み込んだ足の際を見ると、その近くに城壁のようなものが見えるから、多分足の下に首都がある。
あの下にリリフラメルがいないことを祈るしかない。祈ることしかできない。
「ヒューゴ君、あれ」
リリベルが指差した方向は、少し遠目にある灰色の岩石だらけのガレ場だった。
ずっと頭上の巨神が気になって視界に入らなかったから気にしていなかったが、意識を向けて見れば一目で分かった。
岩石の群れの上は人間だらけだった。
誰1人として立っている者はいない。
「息がある者がいないか見てくる。少しここで待っていてくれ」
「いーやっ」
きっぱりと断った彼女は意気揚々と御者台を降りて、ガレ場へ向かってしまった。
珍しいこともあるものだ。ほとんど大抵のことに全くの興味を示さない彼女が、自ら岩場へ向かって行った。
あそこに彼女の興味を引くものがあるのだろうか。
何が彼女の琴線に触れたのか不思議に思いつつも、彼女の後を着いていくと、何か思いついたかのように突然振り向いて笑顔を振りまいた。
「久し振りに2人きりになれて嬉しいから、一緒に行動したくて言ったんだよ」
疑問はすぐに解決した。
彼女の言葉はすごく嬉しいことではあるが、やはり彼女はどこかずれていると思った。未だリリフラメルの安否が確認できていない上に、これから確認しに行こうとしている場所には倒れている人々がいる。
だが、彼女はそのどれにも興味が無く、俺と共に行動することこそに興味を持っている。
「一応聞くが、俺以外の、例えば目の前の倒れている人たちに一切興味は無いのか?」
「ふふん、私のことを良く分かっているじゃない」
「……そうだよな」
こればっかりは彼女の性格だ。どうしようもないと半ば諦め気味にならざるを得ない。
彼女の偏った興味の天秤はひとまず意識の外に置いて、岩場に辿り着くと地獄の様な光景があった。
倒れている人々は針鼠と化していた。
どの人も周囲は血で彩られていて、何らかの破片が身体の至る所に突き刺さっていた。そうでない箇所は貫通している。これで生きていられる方が無理がある。
「酷いな……皮は剥げて肉も抉れている。顔は形すら残っていない」
「既に事切れている。治療したところで生き返ることもないだろうね」
岩と岩の間に武器が散乱していて、鎧を着ている人がいるということは、彼等はルミシアの兵士だろう。彼等は最後まで巨神と戦ってここで命を落とした。
首都近くの山でこの有り様だ。
首都はもっと酷いことになっているだろう。
だが、それでもリリフラメルが生きていることを願う。頼むから生きてい欲しい。
次回更新日は1月31日予定です。




