巨大にして甚大4
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馬車を動かしていると、1人のエルフが木の袂に倒れているのを見つけた。
五体が確かにあることを見ると、踏み鳴らす者に直接踏まれた訳では無いようだ。
御者台から降りてエルフの顔を見ると、肌の色は当然白いが死人の色ではない。生きている。
顔は目鼻立ちがはっきりとしていて中性的で性別が分かり辛いが、身体の肉付きから恐らく男だろう。
声を掛けながら肩を叩くと、エルフの目が突然かっ開いて上体が起き上がる。
「大丈夫か?」
「な、なん……どこだここは……」
声の低さでエルフが男であることが分かった。
周囲をしきりに見回す彼は、自分がこの森にいた覚えがなく混乱している様子であった。
彼が落ち着くのを待ってから、気絶する前の彼の状況を尋ねてみた。
どうやら彼は山にいたようだ。
山で何をしていたかまでは明かしてくれなかったが、突然の地響きと身体が浮くような揺れを感じて、その後すぐに身体に衝撃か走って気を失ってしまったと言う。
「ヒューゴ君!」
見た感じ彼は怪我をしている様子ではないようだが、念のため安静にするよう言ってからリリベルのもとへ向かう。
彼女は1本の木を指差していて、その木の枝が生え揃っている部分を見ると、驚いたことに枝が奇妙な曲がり方をしていて、葉の部分が文字のようになっている。
そして文字は正しく文章になっているように見える。どう考えても目の錯覚だと思うが、彼女がわざわざ指を指しているということは、錯覚ではないと思える。
「緑衣の魔女エミリーを覚えているかい?」
覚えている。
緑衣の魔女エミリーは、魔女の中でも1、2を争う程この世界を見渡すことができる魔女。
彼女は木人という種族であり、自分の周囲の植物と意思の疎通を図ることができる特性を持つのだが、エミリーは魔力を使ってその特性を強化し、世界中にある植物と会話することができるようだ。
見た目はただの1本の木にしか見えないが、意思を持って動く木なのだ。
彼女の手によってこのメッセージが伝えられたとなればこの不思議な現象も分かる。
改めて枝葉でできた文字の羅列を読んでみると、どうやら彼女は魔女協会としてリリベルを招集したいようだった。
『黄衣の魔女、至急、魔女会に参集されたし』
「困ったね。今、それどころじゃないのだけれど」
「無視するのか?」
「向こうに移動するのに魔力を使うし、彼女たちの顔を特別見たい訳でもないし……」
普段ならリリベルの頭を小突いて怠けるなと注意してやるところだが、確かに今の俺たちに魔女会に参加している暇は無い。
リリフラメルをこの国に置いていく訳にもいかないし、リリベルだけを魔女会に行かせたく無い。彼女は俺にとって最も頼りになる存在だし、それに、言葉にするのは恥ずかしいが、彼女がいないとどうにも寂しい。
だから彼女に同調する。
「お前たち、木の精霊と会話ができるのか」
エルフは俺たちの様子が気になったのか、こちらに近付いて来ていた。
たまたま枝葉の文字を見て、それを木の精霊の仕業だと勘違いしているようだ。
「いや、これは緑衣の魔女という者が俺たちに送ってきたメッセージで……」
「ま、魔女だと……!?」
彼は突然狼狽え始め、そして距離を取る。
それどころか腰に提げていた剣を抜き、俺たちに向けてきた。どうやら魔女という言葉を使ったことがまずかったようだ。
「不浄な者と相識があるのか! 来るな! 穢らわしい手で触れるな!」
「ああ、すまん。すまない、近付かないから安心してくれないか」
リリベルから言わしてみれば、多分これが魔女に対する反応として正しいものなのだろう。
古くからあらゆる種族に嫌われた魔女。月日が経った今なお、血に刻まれた記憶のせいで、本能が魔女の存在を否定してしまう。
「俺たちはお前に危害を加える気は無い」
「何を根拠に信じさせるつもりだ」
「何もしないから、勝手にどこかに行ってくれて構わない。怪我もしていない様子だし、大丈夫だろう」
俺は両手を上げて、あくまで攻撃の意志がないことを伝えて彼を先に行かせる。
不意にリリベルの方を見ると、彼女はエルフが焦る様を楽しそうに見ている。もう少し取り繕って欲しいところだが、幸運なことに彼は彼女のニヤケ顔に怒ることなく、徐々に距離を取り始める。
そして、彼はくるりと反転し、俺たちの向かうべき方向へ走り去ってしまった。
「待て! そっちには行くな!」
エルフとオークの夫婦に以前会ったことがあるが、その時会ったエルフはリリベルを魔女と知っていても全く気にする様子は無かった。
性格や生い立ちによって、魔女をどれぐらい危険視するかに違いがあるようだ。
「踏み鳴らす者がいる方へ行ってしまったね」
「呑気に言っている場合か! すぐに追いかけよう!」
リリベルを抱え上げて、御者台に乗せオレも彼女の隣に座り、すぐに馬を動かす。
少しだけ馬を急かして首都へ急ぐ。
木々の間から見える巨神は、片足をゆっくりと浮き上がらせ、空を裂いて轟音を響かせている。




