12時間後
遺跡の石壁は鎧の軍隊が放つ魔法のオーラで抉れている。破片は辺りに無造作に散らばっていて、ロベリア教授が目にしたら愕然としそうな光景であった。
鎧の軍団がオーラを放ってから次のオーラを放つまでの間、こちらの攻撃や動きの一切を止めてみたが、鎧の動きが一瞬でも止まることはなかった。
誰かが音を発している可能性も考えて、念のため3度同じことを繰り返したがどれも同じ結果で、鎧が動きを止めることはなかった。
おそらくだが魔法トラップの解除方法の記述を読み違えているのではないか。
ディギタルもいち早くそれを察し、4度目の同じ確認は行わないことになった。
「もしかして、ランタンの光や黄衣の魔女の明かりも止める必要があるのではないでしょうか」
イゼアの提言にディギタルは確認してみる必要があると言い出し、この場の一切の明かりを消すこととなった。
「全ての明かりを消すのは危険すぎます! あの鎧の兵士たちの攻撃が見えなくなりますよ!」
「大丈夫。幸い向こうの攻撃は青白いオーラを放ってくるだけ。それなら暗くても光で見えると思うよ」
ジェトルが強く反対を推すが、リリベルがジェトルの安心を買う。
その後、リリベルは魔法を鎧に向けて放ちながら俺の顔に近付き耳打ちする。
「彼は魔物の研究者だったかな?」
「若い彼のことか? そちらはジェトルだ。古代文字の解読研究をしている人だ」
「ふうん」
この魔女は自分に興味のないことはとことん覚えないな。俺でもいくら興味がないとしても多少はものを覚えているというのに、もしかしてリリベルは年齢詐称していて本当は中身はボケ老人なのでは……。
しかし、リリベルはなぜ今の質問をしたのか。何か気になることでもあったのだろうか。
リリベルについて気になることがもう一点ある。彼女は血を出しすぎて、意識を失っていたはずなのになぜ急に再び目を覚ましたのか。
「俺からも1つ聞いてもいいか」
「ん?」
「リリベル、もしかして死んだのか?」
リリベルは次の言葉を答えず魔法を放つだけだった。
「よし、今だ!」
会話の途中だったのに、ディギタルの号令に一瞬で光が消え、間もなく青白いオーラで暗く光る鎧たちが浮き上がってくる。俺の視界でもこの程度の光しか捉えられないのだから、後ろはおそらく完全な闇に包まれているだろう。
我々は我々の思いつく限りで完全な沈黙を鎧の軍団に捧げた。
鎧の軍団のオーラはその場に留まっていたと思ったらいきなり目の前に現れた。暗闇で非常に距離感が掴みづらく、リリベルの鼓舞がなかったら俺は今の攻撃で体勢を崩していたかもしれない。
鎧の軋む音が未だに聞こえることからも、作戦は失敗のようだ。
「ディギタル、攻撃は止まらない!」
「仕方ない。明かりをつけよう」
リリベルの魔法で再び絶え間ない雷の光で照らされる。
しじまとは一体何を意味するのだろうか。
「『捧げろ』という言葉は、鎧の兵士たちに対してという意味ではないかな」
リリベルがポツリと呟く。
「我々の動きではなく奴らの動きを止めろということですね!?」
「いや、『魔法騎士団』に対するしじまと言えば、魔法攻撃を止める沈黙を受けた状態のことを指すのではないのかな」
「なるほど……」
感心するイゼアたちを尻目に俺は平静を装って盾で防御を続ける。
内心は俺も感心していたし、さすが黄衣の魔女だと誰に対してか分からない優越感が生まれていた。
「黄衣の魔女殿。沈黙の魔法を使ってもらえませぬか」
「使ったことがない魔法だから今から作るよ」
「え」
「すぐできるけれど、その前に」
『昇雷』
ディギタルの呆け声も無視して、リリベルが指差した場所、鎧の軍団のすぐ前の床にいくつもの魔法陣が展開される。1体の鎧がそこに歩みを進めると、床にあった魔法陣から雷撃の束が天井に向かって立ち昇る。どうやら魔法トラップのようだ。
「これで時間稼ぎになるね」
リリベルの予想は当たった。
リリベルの魔法で鎧たちは完全に動きを停止し、2度と動くことはなくなった。見える全ての鎧の軍隊は沈黙し、自壊も再出現もすることはなかった。
魔法トラップは停止した。




