巨大にして甚大3
踏み鳴らす者という巨人が1歩で進む距離は途轍もなく長い。
森の中に作られた道を進んでいくと、たまに森がいきなり無くなり野が広がっていることがあるのだが、それは奴の足跡だった。
ただの野という訳ではなく、木だったものが主にあってたまに動物だったものがいる。
土はどこも濡れていて、潰された者たちの中身が染み出していることを表している。
端から端まで歩こうとすれば、終わった頃には足が疲れてしまう程の距離がある。
こうして馬車で移動していて、踏み鳴らす者の大きな1歩に果たして追いつけるのか不安であったが、巨神の1歩はとても遅い。
2本の支柱のような足から、それぞれ足が更に生えているような見た目で、大きな足を支えるために突っ張っているように見える。
その巨体でしっかりと足を地に着けて、身体の傾きの釣り合いが取れているのか測っていると、望遠鏡を覗き込んでいたリリベルは言う。
先程、1歩を踏んだばかりの巨神だが、踏んだ先にリリフラメルがいないか心配だ。
「リリフラメルは大丈夫だろうか……」
「アレに踏まれていないことを祈るしかないだろうね」
本当ならリリベルの雷の魔法を使って、雷の威力で俺たちごと弾き飛ばすという無理矢理な移動方法で、あっという間に踏み鳴らす者との距離を詰めることは可能なのだが、今はできない。
今のリリベルには、魔力がほとんど残っていない。すっからかんというやつだ。
彼女から魔力を受け取って鎧や剣を生み出している俺も、彼女から貰う魔力に波があることを実感できる。
原因は踏み鳴らす者にある。
奴は他者の魔力を吸収している。
◆◆◆
デカブツがたった1歩進んだだけで、このルミシアの首都はぼろぼろになってしまった。
山を踏んだ瞬間、その山は砂山を崩したみたいに呆気なく無くなって、巻き上がった土埃が風に乗って首都に降り注ぐ。
黄土色の霧が視界を阻み、砂粒が絶えず顔に当たってイライラする。
「魔女様! どうか我々に力を貸してください!」
「私は魔女じゃないって!」
デカブツが進む先にこの都があると知って、リリベルのなけなしの魔力で私だけ先回りさせてもらった。
それでこの国の人たちに黄衣の魔女の使いであることを伝えて、彼らに避難するよう願い入れたのだけれど、こいつらは私を黄衣の魔女本人と勘違いしているみたい。
黄衣の魔女本人では無いと言っているのに、混乱しているのかまるで聞き入れてくれなくてイライラする。
「それよりもお前、この国の偉い兵隊なんでしょう? 早く王様に、皆をこの町から逃がすように言って!」
「この地は、ルミシアの偉大なる先人が守って来た大切な地なのです! 王も我々も民草と国を守るため、死力を尽くしてこの地を守るつもりです! 逃げるのではなく、立ち向かうのです!」
デカブツを倒すまともな算段など無いくせに、心構えだけは一丁前にあって腹が立つ。
私は馬鹿だし、魔法のことも戦いのこともお前たちと違って知らないことの方が多い。こういった事態に何の役にも立てない自分に腹が立つけれど、そんな馬鹿で無力な私でも、お前たちがやろうとしていることがもっと馬鹿なことだっていうのは分かる。
王様の所へ行って説得している時間は無い。
デカブツに近い側に住む人たちを少しでも都の外へ逃がしてやらないと。
「あのデカいのを足止めできる魔法が使える奴とか、この国にいないの!?」
「黄衣の魔女様には敵いませんが、それでもルミシア精鋭の魔法使いたちがすでにこの城を発ち、巨神マグヌスのもとへ向かっています! 彼らならそういった魔法を使えるやもしれません!」
「分かったよ! それなら私もそこに行く!」
「感謝します! では、この短剣を預けます! 彼らに見せれば、私と関わりのある者だと気付いてくれます! ご武運を!」
行く訳無いだろう。
最も弱い人たちを守る方が先だ。
それに、そいつらが金髪魔女よりも弱い魔法使いだというなら、足止めの魔法も大したことなさそうだ。
けれど、魔法を使える奴らなら、自分たちの身を守る方法を心得ているはずだ。
助けるにしても後だな。
短剣はとりあえず受け取っておいて、私は魔法使いたちに合流する振りをして、無力な町人を助けに行く。
都にはたくさんの馬車が行き交っているのを、砂嵐が吹く前に見た。
あれはきっと使える。




