巨大にして甚大
酷い臭いだ。凄まじい死臭が周囲を立ち込めている。
死臭の元になっている原因が、左右前後に散在している人間や家畜の死体であることは明らかだ。生きている者もいるが、それよりも遥かに多い死体のせいで土に埋める手が間に合わないのだろう。
人間も家畜も紙のように平たくなっており、中身が身体の外に飛び出た跡があることから死因が圧死であることは一目で分かる。余りにも無残なその光景を長く見ることはできないし、できるなら見たくない。
老人とか子どもとか男とか女とか関係無く、皆平等に死んでいる。たった1度夜を跨いだだけというのに命が消えすぎだ。
俺とリリベルは今、大陸の中央ぐらいに位置する大陸最大の領土を持つ国レムレットから、西に3つの国を跨いだ先の国にいる。
リリベルが地獄にいた俺を救い出しに来てくれた時に、地獄の王ゼデと怪しい取引を行ってしまい、奴の探し物を俺たちが代わりに行う羽目になった。
そして懐かしのオークの谷に忍び込み、谷底近くにあったモドレオの秘密基地まで侵入したのだ。そこで奴の探し物らしき物を見つけ出すことはあっさりできたのだが、その帰り道で俺たちは異変に遭ってしまう。
本来なら、大陸の南側を通って東に行きフィズレに戻るはずだったのだが、途中で越えなければならない山を通る道が、山崩れによって通ることができなくなってしまった。そこで、大陸の中央方向へ迂回する形でこの国ルミシアに寄ることになったが、不運なことに死体だらけの町に辿り着いてしまったという訳だ。
平たくなっていたのは、人間たちだけでなく家々や樹木も同様だ。
細切れになった木材やお菓子のように何重にも折り重なった色の付いた布が1箇所にまとめられているのは、そこに家があったことを示している。
元々そこに生えていたであろう木は、所々が綺麗に裂かれ押し花のように平たくなって地面にめり込んでいる。木を切った時に香る木独特の匂いが強く感じられるのは、周囲の土に木の水分が広く染み渡っているせいだ。途轍もなく強い力で圧縮されている。
「ヒューゴ君、体調は大丈夫かい?」
先程から俺のことを心配してくれているリリベルは、この異臭も死体の山も平気なようで周囲の異常をまるで不安がる様子が無い。こういう時は、常に異常が身近にあって慣れ切ってしまっている彼女のことを心強く思ってしまう。
「すまない。これだけの悲惨な死に方をした人たちを1度に見るのは初めてで、少しきつくてな」
「この先、同じような光景を何度も見ることになると思うから、どこかで慣れておかないとね。ヒューゴ君のことだから、これ以上犠牲者を出すことが嫌で、きっとアレを倒したいって言うんでしょう?」
リリベルには敵わない。俺の考えていることはすっかりお見通しのようだ。
この死体の山を作り上げた犯人は俺の視界に未だ映っている。映っていると言っても、それは遥か向こうにいて、遠くにある山が白く霞んだように見えるのと同じく、それも白く見える。
所々、雲の切れ間から差している朝の日の光が地上を照らしているが、それが動くとその雲をどかして散らせてしまう。
その大きさ故に近くにいると錯覚してそれと呼んでしまうぐらい、それは大きい。
あまりにも巨大であまりにも現実離れしている。
「リリフラメルが先にルミシアの首都に向かっている。私たちも合流しよう」
彼女は御者のいない馬車へ向かって歩き出す。
俺たちの移動を手助けしてくれた馬車なのだが、御者が巨大なそれを見た途端に恐怖で一杯になり、元来た道へ引き返すと言い始めたため、彼女は何十枚もの金貨を御者に渡して借りたのだ。
俺は自分を聖人だと思ったことは無い。一目見て分かる命の危険を感じさせる巨大なそれを見て、できるなら関わりたくないとも思った。
ルミシアに知り合いがいる訳では無いし、このままそれをやり過ごしても良いはずなのだ。自然災害だと思えば諦めがついてしまうような状況のはずなのだ。
だが、俺の心がなぜか逃げようとすることを許さなかった。
その原因の1つはリリフラメルだ。彼女に俺は焚き付けられてしまったのだ。
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