魔女が2分の1になる!!!!!
リリベルは魔法に関する知識は確かにある。
国お抱えの魔法使いだとか、たまに見かける商店を構えている魔法使いだとか、そのような者たちと比べても彼女の方が知っている情報の量は遥かに多いだろう。
幼い頃から書物を読み漁っていた彼女だからこその知識量だと思う。
彼女が有する知識は魔法だけに留まらず、料理やこの世界にいる様々な種族、恋愛に関して等、幅広いことを知っている。
だが、些かその知識を有していることに過信している節がある。
人間は黄金が好きと決めつけて言った先程の彼女の言葉も、過去に読んでいた某の冒険譚や、人間の生活史等の書物から得た知識から由来する推測だと思う。
だが、人間には心がある。
そして、俺は今まで散々に気狂いを見てきた。この世界には、俺のちっぽけな良心では到底理解できないようなとんでもない思考回路でもって行動する者がいるということを彼女との生活で知ってきた。
彼女の知識から推測した人間像を、軽く凌駕する変人が意外と存在するのだ。
ただただ、悪意を持ってこの町の人々に対して、酷い目に遭わせようとしている者がいるかもしれない。
リリベルに駄目な所があるとすれば、自身が持ち合わせている知識によって導き出した答え以外の可能性を考慮しない所だろうか。
それも彼女の生い立ちを考えると仕方の無いことではある。それなら俺は彼女の知識で解決できない事態に陥った時に、彼女の力になることができるようになりたいと思う。
そのために俺は彼女と行動を共にし、様々な地へ赴いてあらゆる経験を積んでみたい。そう思う。
では、彼女の『魔法を使った者は黄金が欲しかったが、誤った魔法を使って町を混乱に陥れてしまった』という推測について反対するかと言うと、俺は反対しない。
散々、彼女を否定するような考え方をしたが、俺は彼女の意見に賛成である。
いつの間にか厄介な考えごとをするようになってしまったと、自分でも頭を悩まさざるを得ない。
「さて、問題は、私たちがこの町で起きている現象を解決するために、魔法の範囲を調べて、その中心地へ向かったことだ。その行動自体がやってはいけないことだったね」
「魔法の中心地に行こうとする行動そのものが、半分になる魔法の影響を受けて、目的地に完全には辿り着くことができない結果に繋がってしまうのだったら、解決のしようがないな」
「ま、それはあっちの私が考えるから、君はここで話し合ったことを彼女に伝えてよ」
「それはどういう……」
リリベルは、まるで自分には関係無いと言った口調で軽やかにステップを踏み始める。
「ヒューゴ君はこの町に入ってから、幾度も私の力になろうと努力してくれたね。でも、君が頑張ろう頑張ろうとする度に、君が望んでいることからより離れていってしまうのだよ」
突然、リリベルが話を変え始めたことに疑問を持つと共に混乱する。
「それでもまあまあ嬉しいよ。嬉しいを100という数値で表したとしたなら50は嬉しいかな」
「お、おう。……あ、本当は100かもしれないってことか?」
「おそらく、そうだね」
リリベルは俺の首に手を掛けて身体を密着させ始めた。
金色の瞳がこちらを柔らかく見ている。吸い込まれそうな綺麗すぎる瞳から目が話すことができないし、どうしても心臓の高鳴りを抑えられない。彼女に聞かれていないか心配だ。
「知っていたかい? 私はずっと君の唇に口づけしようとしていたとこを」
そこで初めて、今までの彼女の過剰なスキンシップの理由が分かった。
俺を悶々とさせた数々の行動は、半分になる魔法を確認するための行動の1つだったのか。
「知らなかった。すまない。いや、それよりもさっきの向こうの世界のリリベルに伝えるという話は一体――」
「他は……そうだなあ。あ、君と寝床を共にした時のことも嬉しかったよ」
彼女は衣料品店で倉庫を借りて寝た時のことを俺に思い出させた。
しかし、俺は彼女に何もしていないはずだ。
「君は私を抱き締めて寝たよね。本当はもう少し進んで欲しかった所だけど、今思えばその事実自体が私にとってはまあまあ嬉しいことだったんだよ」
「いや。いやいやいや」
違うぞ。リリベルの考えていることを決してしようとは思わなかったぞ。
「君は、本当は、私にそれ以上のことをしようとしていたのだね」
「違う違う」
「ふふん、照れちゃって」
本当に違う!
彼女の寝顔を見て愛おしいと思ったことは事実だが、決して彼女と身体を重ねようと思ったことはない!
無実だ!
彼女は、俺が彼女を襲おうとしていたと勝手に決めつけて、それをそこそこ喜んでいる様子である。片手で頬を覆って「こんな身体だけれど、私にも女としての魅力があったようで嬉しいな」とここ1番の笑顔を見せた。
全力で彼女の勘違いを否定したいのだが、その笑顔が崩れてしまうことを恐れてそれ以上は何も言えなかった。
頭が痛くなってきた。
「この辺りで良いかな」
満足したリリベルが、もう話は終わりだと言わんばかりに身体から離れて俺に手を向けてきた。
「さあ、君に沈黙魔法をかけるから、元の世界に戻ったら私に事情を話しておくれ」
慌てて俺に向けられた彼女の手を掴んで、魔法の詠唱を阻止する。
彼女の言い方に疑問があったので、どうしても確認しておきたかった。まるで、この世界にいるリリベルは元の世界に戻らないと思わせるようなその言い方が、どうしても気になってしまったのだ。
「リリベル自身に沈黙魔法をかければ、元の世界に戻ることができるじゃないか」
俺の言葉を聞いて、彼女の眉が下がってしまった。微笑みから一転、苦笑いと悲しみを織り交ぜる表情になってしまった。
つまり、リリベルにとって聞いて欲しくなかったことなのだろう。
「駄目だよ。私が私自身に沈黙魔法をかけてしまったら、君たちにかかっていた沈黙魔法が解除されてしまう。半分になる魔法の影響から外れた君たちが再び、あの魔法の影響下に入ってしまうでしょう? 向こうの世界に戻って沈黙魔法を改めてかけ直したとしても、魔法の効力が半減されてしまうことを考えれば、私だけここに残って、正気の君とリリフラメルの2人で解決してもらった方がきっと良いよ」
彼女の言うことはもっともなことであった。
魔法が使えなくなってしまうことを除けば、俺たちはいつも通りの行動ができるようになる。半分になる魔法の影響を受けることなく、行きたい場所へ何者からの制約も受けずに、当たり前のことができるようになる。
本当なら喜ぶべきことである。
それでも、どうしても喜ぶことはできなかった。
目の前にいる彼女は、俺たちのためにこの世界に留まり続けることを選択したからだ。
1人で生きることが彼女にとって耐え難い苦痛であることを知っているのに、彼女のことをこの場に残すことなんてできない。
彼女の言う通りにことを進めて、半分になる魔法が解除できれば、この世界に残っていたリリベルも元に戻るだろう。
だが、その間彼女はずっとここで1人で待つことになる。
俺には、彼女を残して元の世界に戻ることなんでできない。
元の世界にいるリリベルもリリベルその人だが、今俺の目の前にいるリリベルだって紛れもなくリリベルなのだ。
「ふふん、君が何を考えているかは大体分かるよ。そんなに嫌だったらもう少し別の手段を考えようか?」
彼女は俺の心情を察したのか、沈黙魔法を俺にかけることを諦めてくれたようだ。
ひとあし先に元の世界に戻ってしまったリリフラメルには悪いが、俺はいつでもどんな時でも彼女と共にいたいのだ。
元の世界の俺もきっと分かってくれるはずだ。
「ありがとう」
素直に喜んで、彼女を掴んでいた手を離す。
「君は私の考えることを頑張って察しようとしているけれど、君が頑張れば頑張る程、君は私の考えていることを完全には理解できなくなってしまうのだよ。そう、中途半端にね」
突然彼女が脈絡もなく訳の分からないことを言い出した。
その言葉を理解しようと考えて、考えた末に導き出した答えに気付き、彼女の手を離してしまったことを後悔した。
俺は彼女の考えていることを中途半端にしか理解できなくなってしまっていたのだ。
だから、彼女にまだ俺に沈黙魔法をかける気があったことを理解できなかった。不覚だった。
「リリベル!」
「沈黙」
もう1度彼女に手を伸ばそうとしたが、既に時は遅く、彼女の詠唱が俺に正しく発動してしまう。
一瞬で世界が暗転した中で、ギリギリで聞こえた彼女の言葉が俺の心に強く残った。
「気長に待ってるよ」




