魔女が2分の1になる!!!
彼女は意地悪そうな笑顔で俺の顔を見上げて続けた。
「彼らは皆、元の世界に戻ったんだよ。私の魔法が彼らにかかっていた魔法を打ち消したんだ」
「なぜ沈黙の魔法でそんなことに……」
「何もかもが半分になる魔法のせいだね。あの魔法は欠陥魔法だったんだよ」
リリベルは俺の腕から離れて自らの足で椅子から立ち上がると、俺に魔法の講義をする時みたいに、手を腰に当てて胸を張るいつものポーズを見せる。
「あの魔法が発生する条件は、言葉や文字によって起きるものだと話し合っていたよね。確かに私たちは言葉によって引き起こされる場面に何度も出くわしたから、そう考えざるを得なかったと思うよ。でも違うのだよ」
「もしかして、魔法を発生させる条件が他にもあったのか?」
俺の問いにリリベルは首を横に振ってから、俺の耳元まで顔を近付けて来る。彼女のか細い吐息が耳にかかる度に、全身を鳥肌が立つ。
「全部だよ、ヒューゴ君」
「全部?」
「この町で起こる動作や自然現象など全てに魔法は適用されていたんだよ」
そんな馬鹿なことはない。
俺たちはこの町で起こる半分になる魔法の影響を、なるべく単語だけで喋ることで回避してきたはずだ。事実、対策を行ってからは俺が知る限りでは、俺の行動を阻害されたと思ったことはない。
「私たちが衣服を重ね着できなかったのは、リリフラメルに服を着るよう指摘される前からだった」
リリベルは自身の提唱を確たるものとするために、例を挙げ始めた。
「この町に来て初めて食事をしようと思った時に、扉を開けて中に入ることすらできない店があったよね」
「それは確か直前に俺が『食事でもしないか? 温かいものを食べたい』と言ったからじゃないか。それで、入ろうとした店にあるメニューには温かいものしか無かったのだろう」
「次の日の朝食では何を食べたかな?」
「あ」
次の日の朝食では俺たちは温かいパンを食べた。白い吐息がいつもより余計に吐き出される程の温かいパンを食べたのだった。
つまり、店に入ることができなかったのは、その時に俺が放った言葉が原因ではなかった。
「君は入ることができなかったお店を最初に見た時、どう思ったかな?」
「ど、どうと言われても……」
「私はね。『ミートパイがあるお店か。美味しそうだなあ、この店で食べたいな』って考えたり、『このお店では魚料理を出すのだね。この店も良いね』とか考えたりしていたんだ」
そう。
俺もリリベルと同じで、食事感のある物を食べたいと思っていたから、行く店行く店全ての看板を見て、食べたい、この店に入りたいという意志で入ろうとしていた。当たり前だ。入りたく無い店の扉を進んで開けようとする者などいない。
彼女は、入りたいという意志を持って扉を開けようとするその行動こそが、欠陥魔法を発動させることになり店に入ることができなくなってしまう結果へ繋がってしまうと言っているのだ。
菓子店に入ることができたのは、菓子はデザートやおやつとして食べる物であって、食事として腹を満たす為に食べたいとは思わなかったからだ。
しかし、新たな疑問が生まれた。起こそうとする行動に対して魔法が発動してしまうのは分かったが、言葉でも魔法は発動しているはずだ。
温かいものが食べたいと言った俺の言葉が、次の日には実際、温かいパンを食べることができている。中途半端な現象を引き起こされるこの町においては、それはおかしいことである。
「いや、ま、待ってくれ。それなら、俺は『温かいものを食べたい』と言ったのに、実際には次の日に温かいパンを食べることができた。本来起こるべきことが起きていない……」
リリベルは俺の問いにとても共感し、困り顔で俺の頭を撫で始めた。先程から彼女の俺の身体への触り方が艶かしい。
「それを確かめる方法は無いよ。誰かが『今日は皆があっついあっついパンを食べられますように』とか言ったから熱くはないけれど温かいパンを食べることができた可能性もあるし、君が『温かいものを食べたい』と言った言葉がパンに対して適用されていない可能性もある。今日は温かいものを食べることができたかもしれないけれど、明日は食べられない可能性もあるね」
リリベルの話を上手く飲み込むことができなくて、頭がおかしくなりそうだ。
気付いたら頭を掻きむしっていた。
「1つの魔法陣に様々な思惑を交差させながら魔法を発動してしまうから、きっとその瞬間毎に起きる結果は変わってしまうと思うよ」
彼女は混乱する俺を落ち着かせようとしているのか、俺の顔を両手で横から包み込んでじっと覗き込んできた。
あらゆる行動や現象が原因で魔法が発動しているのなら、どのような行動が結果に結びつくのか分からない。本人が知覚すらできない現象が多分にあると言っているようなものだ。
誰かが口を滑らせて魔法が反応しているのか、はたまた別の理由なのか、それはもう確認のしようがない。結果に対するあらゆる原因の候補がこの町の至る所にいる可能性を秘めていて、しかも起こる結果もそれで正しいのか判断のしようがない。
「なぜ行動や自然現象も魔法が発生する鍵になると思った理由は他にもあるよ。魔法の失敗だよ」
リリベルは1度俺の身体から離れると、暖炉の上に置いてあった着火用の火の魔力石を手に取り、壁に魔法陣を描き始めた。
「正確には詠唱したい魔法とは違う魔法が詠唱できてしまう可能性だね。例えばこの魔法陣を見ていて」
四角い形をした枠の中に何らかの模様を描き上げてから、彼女は魔法陣に手を置く。
『岩石飛ばし』
彼女の詠唱で魔法陣から人間の胴体程の大きさがある岩が、俺のすぐ横を吹き飛んで行く。他人の家であるというのに、後ろで滅茶苦茶に何かが破壊される音が聞こえた。
「この魔法陣は見ての通り、岩を飛ばす魔法だよ。でもこの魔法陣に少し手を加えて同じ詠唱をすると……」
彼女は先程描いた魔法陣の中央に線を何本か描き足す。
『音線飛ばし』
すると今度は岩ではなく、爆音が部屋中を響き渡った。彼女の雷と同じぐらいの音で、この閉鎖空間ではより響いてしまうせいで、更にうるさい。必死に耳を覆う。
音が鳴り止んで、耳を外しても頭の中に残響音がある。
「つまり、この街に仕掛けられた魔法陣は本来の思惑とは違う魔法陣になってしまっている可能性があるのだよ」
彼女が何と言っているか分からない。




