魔女が2分の1になる!
青い炎がしばらくの間、町を飲み込み続けてから気付く。
もしかして、リリフラメルの奴、我を忘れる程怒ってはいないだろうな?
「リリフラメル! もう大丈夫だ!! 炎を止めてくれ!!」
試しに叫んでも炎は止まらなかった。炎の音で聞こえないのか、聞く耳を持たないのかは彼女の姿を見ないと分からない。
ひょっこり盾から顔でも出してみろ。一瞬で兜の隙間に炎が流れ込み顔を焼かれるぞ。
心の中の俺が脅してきた。
それでもノイ・ツ・タットで彼女と戦った時と比べると、盾で耐えられることが奇跡だ。
仮に彼女が怒り狂っていたとしても、俺に対しては加減をしてくれているのだと思う。そう願いたい。
「リリフラメル! 偉い!! 偉いぞ!! すごい! よっ! 炎も吹き上がる良い女!!」
褒めれば怒りが収まるかと思ったが、余計炎の勢いが強くなったような気がした。盾を持つ手が炎の圧で持っていかれそうになる。
それでも俺の言葉には反応してくれているようだ。
『壁雷』
炎の音から微かに聞こえた詠唱の後、炎の音を掻き消す程の爆音と光が周囲を包む。
音だけでそれが誰の魔法か分かるのは、彼女と過ごした時の長さを表す。
青い炎の圧がぴたりと止まり、熱を感じなくなった。
何が起きたのかと盾からゆっくり顔を上げてみると、目の前で落雷があった。
もちろん普通の雷ではない。同じ場所に絶えず雷が落ちているのだ。閃光と爆音が途切れることは無く、目で見える景色も、耳で聞こえる音もすぐに遠くへいってしまった。
一瞬の途切れも無く、絶えず落ち続ける雷がまるで光の壁となってリリフラメルを包んでいる。
青い炎は雷と混ざり合って、横に広がることができずに行き場を無くして上昇していく。
目を細めて僅かに見える情報から、この後どうしてやれば良いか悩んでいると、突然俺の兜が上から叩かれた。
無理矢理に兜を剥がされそうになり、慌てて兜に手を掛けようとしたが既に遅かった。眩しさと音に気を取られて、油断したためあっさり素顔が晒されてしまう。
そして、次の瞬間俺の頬に人肌が張り付いてきた。
「あーあー、聞こえるかい?」
「え? あ、ああ」
こもったような声だが、それが聞き慣れたリリベルの声であることは確かだった。
耳が遠いのにも関わらず、頬と頬を合わせるだけで声が聞こえるのは一体どのような魔法なのだろうか。
「あの雷の奥に彼女を閉じ込めたんだ。彼女に沈黙の魔法をかけるから、君は盾を構え続けて私を守ってくれないかな?」
「!! ま、任せろ!」
彼女の肌が離れていくと俺は兜を被らされる。
リリベルの前に移動して、盾を構えて持ち手を強く握り締める。久し振りに彼女を守るという役目を与えられて、正直に言うと嬉しい。
こうも簡単に心が奮うとは思わなかった。案外、俺はちょろいのかもしれない。
そして、爆音が止み、盾の向こう側から青い光が再び浮かび上がったと同時に、彼女は詠唱する。
『沈黙』
俺は彼女が青い炎に飲み込まれないように、盾で守り抜く。
リリベルの沈黙の魔法によって、無事にリリフラメルの炎は止まったのだが、また別の問題が起きてしまった。
リリフラメルの姿が消えてしまったのだ。
彼女の名を幾ら呼んでも、返事は返ってこない。
「これは一体、どういうことだろう」
「うーん、うーん。分からない……」
リリフラメルも気になるが、他にもスグレットが気になる。
通りの遥か向こうに物体がいる。恐らくスグレットだろうが、ピクリとも動かない。
幾ら、奴の半分がもう1つの世界で生きていたとしても、こちらの世界の奴が死でんしまうことは俺の望むことではない。奴が焼け死ぬ前に、治癒を行わないといけない。
「スグレットの様子を見てくる」
「私も行くよ」
急いでスグレットに走り近付いて、奴の身体を確認してみると、幸運なことに五体は無事だった。街灯頭の灯りはちらついているが、光り続けてはいる。
息は絶え絶えだが、呼吸している時のような腹の上下の動きが見られる。
多少焼け焦げているが、治癒魔法で治すことは十分可能だ。
「生きていて良かったね」
スグレットの生死に全く興味の無さそうなことを言うリリベルの声色が柔らかく感じられたのは、俺がスグレットを心配していたことに対しての気遣いだろう。
「これの怪我を治したら、また私たちを襲ってくると思うよ」
「百も承知さ。だから、右腕以外を治す。この右腕が無いとこいつは武器を振ることはできないからな。少なくともそれだけで脅威はほとんど無くなる」
右腕さえ使わせなければ、奴はただの瞬間移動する街灯に成り下がる。
「それなら念には念を入れて、沈黙の魔法をかけようか」
リリベルの言う通りだ。スグレットが魔法を使える者にも思えないが、この半分になった世界でどういう影響を受けてこの異形になったのかは分からない。
もしかしたら半分にされた過程で魔法が使えるようになっているかもしれない。
右腕以外の傷を癒やし終わったところで、彼女に沈黙の魔法を詠唱してもらう。
すると彼女の詠唱の言葉と共に、スグレットの姿は一瞬で目の前から消えてしまった。
彼女の沈黙魔法から逃れるために奴が瞬間移動した思い、俺はすぐにリリベルを守るために彼女の身体を後ろから包み込む。
しかし、攻撃はいつまで経っても来なかった。
「沈黙魔法の詠唱は確かに成功したはずなんだけれどね」
「本当に沈黙魔法をかけたのか?」
「失礼な!」
包み込んでいた魔女が暴れ出して、白い手が兜を引っぺがして俺の顔を揉みくちゃにし始めた。冷たくて小さな手だったが、どこか安心する。
「なんとなんと! スグレットさんが夜明けを待たずして消えたとは! 初めてのことですぞ」
戦いが終わったと思ったアレンが俺たちのところまで寄って来ていた。
「本当はあの男と会話してここから脱する方法を聞こうかと思ったのだが、どう考えても会話ができるような雰囲気では無かったな」
「そうでしょうそうでしょう」
その後、しばらくその場で待ってはみたが、結局スグレットが再び俺たちを襲って来ることは無かった。
リリフラメルの行方が気になって、彼女を探してみたが、通りの家々はほとんどが土台から吹き飛んでいて、跡形も無い。目で見て彼女が近くにはいないことは明白だった。




