距離が2分の1になる!!!
リリフラメルの炎の魔法は、攻撃の意図を持って使う時に、その対象の者にだけ純粋な熱を感じさせるように練習したようだ。
俺が知る中で、魔力の扱いに最も長けている魔女はリリベルしか知らない。そのリリベルがリリフラメルに炎の魔法の扱い方を教えてくれたと言うなら、真横にいる俺の身体が即時に焼け焦げないのも納得できる。
不思議な話だが、彼女にはそれができるようだ。
ただ、それでも熱いには熱い。
炎が床の木材を跳ね上げて、弾丸の如く街灯頭のスグレットを貫く。その炎の余波は、スグレット武具店の2階から上を全て吹き飛ばしてしまう程だった。
赤い炎は蛇がとぐろを巻くみたいに、彼女の周りを蠢く。炎の明かりでリリフラメルの青い髪がより際立っていて、それはとても綺麗だった。
「すごいな」
「当たってない! 当てた感覚が無い!」
魔法を当てられなかったことに腹を立て怒鳴り散らす彼女だが、冷静に周囲を見回してスグレットの姿を探していた。
俺も奴がどこへ行ったのか一緒に見回すが見当たらない。その代わり、リリベルが壊れた応接間からひょこっと顔を出してきた。
「ヒューゴ君! 彼女に聞きたいことは聞けたかい?」
壁が取り払われた応接間の方からリリベルがなぜか嬉しそうに質問してきた。
なぜ、彼女は俺がリリフラメルに質問することが分かったのだろうか。
「もしかして、この町で起きている現象を利用して、俺の行動を操っているとかじゃないよな?」
「良く分かったね。その通りだよ!」
適当に言ってみたことが、そのまま当たってしまった。
なぜ、俺があんな危険な状況でリリフラメルに質問することを止められなかったのかと、自分でも不思議に思っていたが、どうやらリリベルの計略によるものだったらしい。
可愛らしい悪戯だな、はは。
そんな訳あるか。
「ついでに言うと、アイツはお前と一緒に自分のベッドで寝られるように――」
「それは言わなくていいよ!!」
リリベルが慌ててリリフラメルの暴露を遮ったが、もう遅い。
そういえば、あの時も俺は床に寝床を作ってそこに寝ようとしたのに、なぜかリリベルのベッドで寝ることになっていた。あの時、彼女にただ誘われたからと言って、一考もなく彼女のベッドに真っ先に向かったものだから、自分で自分の行動に引いていたのを覚えている。
リリベルの所為だったのか。
リリフラメルの正義感を見習って欲しい。黄衣の魔女は己の欲望に正直でとことん邪悪だ。
兜越しにリリベルを睨むと、彼女は炎に照らされた顔を更に真っ赤にして、引っ込んでしまった。
「アレン君、君はこっちだ!」
「勿論だとも、私は戦ったことなど無いですからな」
はぐらかして逃げるリリベルを見てどこか笑えてしまう。
あらゆる出来事を利用して、俺とスキンシップを計ろうとするリリベルのことを微笑ましく思う。彼女はリリフラメル程の正義感を持たないが、それでも彼女のことは嫌いではない。
「コノ武器ハ、銀貨80マイデ作リマス」
リリベルを写していた視界から、無粋にもスグレットが出現してきて、俺は物体を横から叩き付けられる。物体が鎧に当たり、カチンという音を立てたその瞬間、物体から白熱色のどろどろした液体が噴き出てきて、俺はその液体と共に店の外の通りに吹き飛ばされた。
液体は冷たい地面に触れた途端、物が焼ける音を立てて黒色化した。溶かした金属を冷ました時に出来る物体であった。当然、触れれば熱い。いや、きっと熱い所の騒ぎでは無いはずだ。鎧を身に纏っていて良かったと心から思った。
目を瞑っていた訳でも無いのに、視界にスグレットが現れた理由は半分になる現象が関わっていると見て間違いない。
ただの武具店の主人が、瞬間移動なんて高度な魔法を元々使えたとも思えないからだ。そう考えると、彼の街灯頭や彼の持つ物体も、半分になる現象の影響を受けた産物なのでは無いか。
もう1つの世界で会ったアレンが、俺たちの目の前で目まぐるしく姿を変えていく様子を見た。スグレットも自分か、若しくは誰かが放った何気ない言葉によって、彼を怪物に変えてしまったのではないだろうか。
黒剣を構えてはみたものの気休めにしかならない。
俺が燃えているスグレット武具店に目を向けてもスグレットの姿は無く、代わりに横から衝撃が来たからだ。構えなど意味が無かった。
吹き飛ばされたはしたものの、叩きつけられる予想ができた今度はすぐに体勢を立て直すことができた。
『噴火!』
リリフラメルの炎がレンガの地面を突き破って、破片を火山の噴石のように噴き上げさせてスグレットを飲み込む。
しかし、スグレットは武具店から吹き飛んできた炎の塊より1歩前にいた。歩いてなんかいない。最初からそこにいたかのように、距離の概念を無くしたかのように、半分に割れたままの無傷の街灯頭が俺を照らす。
剣を振ってもおそらく無駄だろう。
分かっていたはいたが、街灯を斬り落とそうと黒剣を奴の首に叩き込んでみる。
予想通り、剣は何にも触れずに空を斬るだけだった。
「ソノ鎧ヨリ、モットイイモノ、オツクリシマス」
兜の右横から光が差し込み、耳元で不気味な声が聞こえた。
剣を振っている動作がまだ終わっていないから、無防備な俺に街灯頭のスグレットが攻撃を当てることは容易なことだった。溶けた金属を浴びながら、武具店の向かいの家の壁に俺は吹き飛ばされた。
瞬間移動する敵に対して、俺の剣では対処ができない。無力である。
更に悪いことに、俺はノイ・ツ・タットでおおよそ1ヶ月の間、意識を失っていた影響で筋肉や体力の衰え、剣を振る感覚などが鈍ってしまってる。
戦力にならないのは十二分に分かっている。
だから、ここは即刻、彼女に甘えることにする。恥とか男の矜持とか気にしている場合ではない。
良く良く考えてみろ。瞬間移動する奴なんて普通じゃない。どう考えてもヤバい敵だ。
「リリフラメル! もっと広範囲に攻撃できる魔法は無いのか!?」
「もっと怒りを生まないと無理に決まっているだろう!」
「分かった! それなら魔法をコイツに当て続けてくれ!」
「1発も当たってないのは見て分かるだろう!! ああ、腹が立つ!!!」
大丈夫だ。魔法が当たらないなら、ずっと当たり続けない方が良い。
それだけで彼女は怒ってくれる。
後は、俺がこの街灯頭の気を引き続けていれば良い訳だな。
「おい、スグレットさん。アンタの鎧は残念ながら着たことが無いから、どれだけ質が良い物なのかは分からないんだ」
「分からないけれど、多分、俺が今着ている鎧よりかは絶対質は悪いと思うんだ。だから、買うことはできない」
こんな安っぽい挑発に乗ってくれるのか心配だったが、街灯頭の明かりがちらつき始めて、彼が雄叫びを上げたのを見てすぐに安心できた。




