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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第8章 全てが2分の1になる!
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町が2分の1になる!!

 リリベルの魔女の勘とやらで、町の地図を時折確認しながら目的の地点まで向かったが、結果として得られたものは無かった。

 到達した場所は家々が並ぶ場所なのだが、話を聞こうと戸を叩いても誰も出てこない。

 居留守を使われているのかもしれないが、かといって無理矢理押し入る訳にもいかない。


 やりたいこと、確認したいことがこうも上手くいかないと、リリフラメルの不満は貧乏ゆすりが激しくなる。

 雪道を靴で叩く音がこの静かな町中で俺の耳にはっきりと聞こえてくる。

 だが、靴音は1つだけではない。


 リリベルもリリフラメルの姿を見て、無意識に真似しているのか、はたまた本当に苛々(いらいら)しているのか靴で地面を叩いていた。

 昼間でも寒いが、今はもっと寒い。その中で雪が降っているので、彼女たちはマントに付いているフードを被って雪の冷たさから逃れている。

 だから彼女の顔色が窺いにくい。


 俺は横目にリリベルを見やるが、フードから横顔を少しだけ覗かせて白い吐息を吐く姿しか見えず、彼女の心情を察することができなかった。

 正直、彼女の顔色が見えないこの状況が1番怖い。

 彼女が本気で怒れば、遥か昔からあらゆる種族に刻まれた、魔女に対する忌避感を否が応でも思い出してしまう。

 いくら彼女に慣れたとしても、いくら彼女のことが好きだったとしても、()()の怒りと()()の怒りとでは感じる恐怖が違うのだと思う。

 怒りの対象が俺でなくとも怖いものは怖いのだ。


 周囲はすっかり暗いし、これ以上ここにいても得られるものは無さそうだから、リリベルにそれとなく衣料品店の宿に戻ることを提案してみたが、反応が無い。


「リ、リリベル?」

「……」


 滅茶苦茶怒っているかもしれない。怖い。


「ああああああ!!」


 もう1度彼女の名を呼び掛けようとしたところで、彼女は突然狂ってしまった。既に狂っているのだろうが、輪をかけて狂っている。

 彼女は足元近くにある雪をかき集め始めて、1つの塊になるよう押し固める。

 それが両手で抱える程の大きさにすると、彼女は道端の雪を巻き込んで転がり回しながら走り始めた。


 奇声を発して雪玉を転がす彼女のどこが常人と言えようか。


 走り回る彼女を追いかけると、彼女が突然立ち止まった。雪玉は彼女の肩辺りまで高さを作り、とても大きな丸になる。

 大きな雪玉が目の前に鎮座されると、彼女は思い切り頭を振り被ってそして雪玉の中央に頭を突っ込む。


「雪は美味しいねっっ!」


 雪の中に頭を突っ込んでいるからなのか、聞き取り辛かったが恐らくそう言っている。

 ああ、いよいよおかしくなってしまった。

 雪玉の中に頭が完全に入ってしまって、まるで雪玉が彼女の新たな顔になっているようだ。

 ただ、雪玉が大きすぎて彼女がその頭を支えることはできないだろう。


「い、いつもこんな感じなのか?」


 後から追いかけて来たリリフラメルが、リリベルの奇行を目にして言葉を震わせている。無理も無い反応である。


「いや、いや……」


 雪を頭一杯に楽しむリリベルを俺たちは眺めることしかできなかった。


「ねえ。いっそのことさ、この辺り一帯を燃やしていい? 全部燃やせば解決するんじゃないの?」

「人がいるだろう。駄目だ」


 リリフラメルは最早言いたいことを隠さない。

 余程鬱憤が溜まっていると見える。かく言う俺も同じ気持ちではあるが、なるべくボロは出さないようにしたい。


「そうでもしないと話が進まないじゃない」

「手荒なことをして黄衣の魔女(かのじょ)の評判を落とす訳にはいかない。大げさかもしれないが、俺は彼女を皆から愛されるような魔女になってもらいたいんだ」

「それはなぜ?」

「俺は彼女の騎士だから……」

「……それだけ?」


 暗くても目立つ青髪が、俺の真意を聞こうと疑問で揺らしている。

 騎士として主人の得になることを常に考えていくべきなのだから、きっとこの考え方は合っていると俺は信じている。


 彼女はずっと孤独だった。

 生来、膨大な魔力を持ち自由に扱うことのできるリリベルを、多くの者が利用しようと考えていた。

 魔力と生活が密接に繋がっているこの世界で、彼女は()()()なのだ。

 彼女を利用しようとする者は、彼女自身の意志や尊厳を全く関知せず、物として扱ってきた。


 俺は実際にその光景を目が腐る程見てきた。

 だからこそ俺は、彼女を皆から普通の女の子と変わりなく接してもらえる者になってもらいたいのだ。


 個人的な感情を少し挟むとすれば、偉大な魔女である彼女を他人に自慢したい。

 そして、好きな人に幸せな時間を少しでも過ごしてもらいたいのだ。どうしようもなく天真爛漫で自由で、素直で、喜怒哀楽を極端に見せる彼女に、もっともっとどうしようもなく天真爛漫に自由に、素直に、喜怒哀楽を見せて生きて欲しいのだ。

 俺はその彼女の姿を見るために、彼女の騎士として生きたい。


 さすがに俺の個人的な感情までリリフラメルに明かすことは恥ずかしさもあってできないので、俺は一言「それだけだ」と言い直す。


「ねえ。ところで、あれ大丈夫?」


 リリフラメルが指差す方向にいたリリベルが、雪玉に頭を突っ込んだままピクリとも動かない。


 俺とリリフラメルは2度顔を見合わせてから、慌てて彼女を雪玉から引き剥がすべく走り出す。


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