帰路が2分の1になる!
町は壁に囲まれている。
壁といっても大層なものではない。俺の背の高さであれば、少し勢いをつけて登れば容易に壁を越えることができるぐらいの高さしかない。
石で組まれた壁が町を守るようにずっと続いているが、この長い壁を壁として機能させるには定期的に雪かきをしなければならないのだろう。
そう考えると雪が降る地域の生活は大変だと思った。
リリベルに連れて行かれるままにやって来たのは壁の内側だ。
壁近くまでやって来るなり、彼女は実験を始める。
半分になる現象が一体どこまで影響を及ぼしているのかを確認しようとしていることは分かっている。
個人的な意見を言えば、この影響を受けない場所に行ったら死ぬ程喋りたい。
自分の思うように喋ることができないということが、こんなにも辛くもどかしく苛々を募らせるとは思わなかったからだ。発散したいのだ。
それなら町の外へ出たら良いのではないかと思うだろう。
だが、それはできない。
俺たちはこの壁の向こう側、つまり町の外をあまり超えることはできない。町の外へ出るか出ないかというところで、この町から出る気力を失ってしまうのだ。
可能性はいくつかある。
1つ目は昨日のリリベルの言葉だ。
『全く。君は私の家で留守番をしていれば良かったのに』
リリベルがリリフラメルに対して放った言葉であるが、これをこの町にいる時に話したことが問題だったのではないか。
彼女の言葉をこの町のルールに則って噛み砕いて言い換えるなら『この町から出て家で留守番していれば良かったのに』と曲解されてしまっているのではないだろうか。
リリベルが話した言葉の意味や行間をまるっきり無視して、歪曲されまくった結果、町を出るという行動を中途半端に制限する現象として表れているのだと思う。
だが、この可能性には少々疑問がある。
『町を出る』という行動が1としたら、0は『町を出ない』だと俺は思っていた。
だが、実際に今起きている半分になった現象は『町を出ない』という現象なのだ。
それなら0の時はどうなるのだろうか?
そう考えた時に不意に別の理由、2つ目の可能性があるのでは無いかと思った。
それはこの町にいる誰かが、俺たちの行動を操作している可能性だ。
俺たちがこの町に入った時点で、2度と町の外へ出ることができない現象を引き起こさせているのではないか。
もしそうなら、これはれっきとした攻撃だ。姿の見えない誰かに俺たちは直接攻撃を受けていることになるのだ。
できれば別の理由であって欲しいところだが、ろくに情報を得ることができない現状では、リリベルの実験に頼るしか無い。
「半分になったな」
リリフラメルがリリベルの実験に率直な感想を述べて苛立ち始めていた。
壁伝いに何歩か進んで、実験を行なってはまた進むということを繰り返しているが、半分になる現象は未だ起き続けている。
実験に使っている紙は、何度も丁度半分で破れてしまう。
徒労に終わるのでは無いかと、空を見上げて溜め息をつく。溜め息をつくぐらいしかできることがないのが、これまたもどかしい。
しかし、ふと見上げた空に違和感を感じた。
空は一面曇り空で何の変哲も無いように見えるが、どこかおかしい。
何だ。おかしさの原因は一体何なのだ。
空を見上げていると顔に雪が降りかかってきて、冷たいし視界の邪魔になるしで煩わしい。たまに手で拭き払って、違和感の正体を目で確認できるようにしなければならない。
そうやって払った雪が地面にぽとぽとと落ちていくのを見て、やっと違和感の正体に気付くことができた。
壁の内側は雪が降っているが、外側は降っていない。
つまり、壁を境界にするように、はっきりと外と内で降雪の境目が確認できるのだ。
雪というものをあまり知らないが、少なくとも壁を境に雪が降るなんてどう考えてもあり得ないだろう。
だから、このことをすぐにリリベルに伝えた。
「リリベル! 雪!」
俺は必死にあちらこちらを指差して、壁と雪の境目についてリリベルに無言で熱弁する。
するとリリベルはすぐに目を見開き、大きな鳴き声を上げて走り始めてしまう。奇人にしか見えない。
走る彼女を必死に追って壁伝いに走って行くと、ある地点で彼女が突然立ち止まった。
彼女が立っている直上の空を見上げると、そこは壁の内側ではあるが、雪が降っていない。
彼女はそこで今まで繰り返して実験を再び行なった。
焦りを抑えて、確実に実験を行なった。
彼女は紙を両手で持ち「この紙を4枚に破る」と言ってから、それぞれを思い切り反対方向に引く。
紙は破れたが、丁度半分にはならず途中で変に斜めに破てしまう。その光景が見られただけで、既にもしやと思えた。
彼女は斜めに破れた紙を確認すると、その破れた紙を重ねて再び同じ動作を行なった。
すると紙は更に破れた。
この町で先程リリベルが口にした言葉があってはあり得ないことなのだが、それが彼女が今立っている場所では覆された。
彼女は満面の笑みになり、破れた紙をくしゃくしゃに破り捨てた。
その行為は一見狂気的にも見えるが、今の俺にとってはとても理解できる行為だ。
この場においては、紙は正しく破ることができる。つまり、ここは正常だ。




