地獄より、愛を込めて
「笑えぬ冗句だな、つまらん」
冗談で言ったつもりはないのだけれどね。
さて、威勢よく啖呵を切ったは良いものの、私は彼に対しての攻撃手段を持ち合わせていない。
魔法が使えるなら良いのだけれど、魂を集めてくれているはずの子どもがまだこの場所にやって来ない。
彼女の到来を待ちわびていると、丁度良いタイミングでこの巨大な空間を囲むように取り付けられた扉たちの1つが勢い良く開かれる音が聞こえた。
やっと来たかと思ったら、開いた扉がもう1つあった。
いや、まだ扉が開くみたいだ。
開いた扉が1つ2つと増えていき、無数にあった扉がこれでもかと開いていく。
そして、開いた扉の中から堰を切ったように泥と魂が溢れ出てくる。
泥の波は湿った音を立てながらこの巨大な部屋に押し寄せて来て、魂がその波に乗って部屋中に散らばり始める。
けれど、この部屋に雪崩れ込む魂の数が衰えていくことはなく、あっという間に扉の出入り口付近は人だかりならぬ魂だかりが出来上がる。
人だけではなく、人間の何倍もの大きさがある巨人や、身体が木で構成されている木人など珍しい魂もいる。
とても広い部屋があっという間にぎゅうぎゅう詰めになってしまった。
「師匠! 魂をたくさん持ってきたかな!」
どこにいるのか分からない幼い声が私に魂を運んできてくれたことを報告する。
魂たちにもみちくちゃにされても、私が捕まえているヒューゴ君だけは決して離さないように右腕で強く抱き締めなおして、そして、私に体当たりしてくる魂を片っ端から吸収していく。
まだ正気を保っている魂が、これ幸いと暴れ回って自由を得ようとしている。
自らの魂を触媒に魔法を放つ者や、持っていた聖具で壁を傷付ける者もいる。
混乱が混乱を生み、ゼデはその場で狼狽えている。
半獣人の女と男は、魂の群れのせいで見えない。
でも獣の咆哮が聞こえるから多分まだ戦い続けていると思う。
「そういうことか。君だけの思い出を奪っても幸せにはならないということか」
「アアイア、落ち着け」
不思議なことに、階段の頂点にいる武器の塊の声が、これだけのたくさんの魂が騒ぎ立てる中でもしっかりと聞こえてきた。彼は何かに感心していて、ゼデがなぜか落ち着けようとしている。
「2人揃って初めて幸せな思い出になるなら、2人共から奪えばきっと吾も幸せになる。そうだったんだなあ、気付かなかったなあ」
それは私とヒューゴ君のことを指していると思って良いのかな。
いずれにせよ、アアイアの足元から刃物が湧き上がり始めるのが見えたから、攻撃の準備をしていると思った方がいいね。
人混みならぬ魂混みに揉まれて、私の体勢が安定しないけれどもなるべく彼への目線は外せない。もちろん目線は外さなくとも私にぶつかった魂は漏れなく吸い取る。
「ゼデ! 話の続きをしよう。君の魂を私が代わりに見つけて君に返してあげるよ。だから、この人の魂は返してもらうよ」
「ぐ……ぐ……小童の分際で」
「これだけの問題が起きて、君がここにいるとなればきっと他の王が許さないと思うよ」
私みたいな小娘に取引を持ちかけられて、しかも半ば脅されている。地獄の王としての矜持はズタズタに引き裂かれていると言っても良い。それは私の好物だよ。
本当はもっと悩んで苦しんで欲しいところだけれど、今すぐ答えが欲しい。
アアイアが武器を再び生み出し始めている。彼が私たちを襲う前に、ここから退散したい。
「早く答えて?」
「……約束は果たせ。反故にすればお前とその男を必ず苦しめてやろうぞ。魂の清算が終わっても清算を続けさせてやると思え」
どうやら答えは肯定と受け取って良いようだ。
それなら彼にここからの脱出方法を問おう。早くここから逃れて、ヒューゴ君の声をもう1度聞きたい。
「じゃあ早速だけれど、ここからの脱出方法を――」
ゼデに聞こうとしたその時に、彼より上にいたアアイアから剣や槍や包丁が音を立てて階段を落ち始めているのが見えた。
そして、その更に上にある物体に気付いて、自然とそちらに視線を移してしまう。
巨大な三日月型の刃が空中を浮いていた。刃は怪しく鈍く光りを放ちながら、更に上へ上へと浮き上がっていき、天井近くで動きを止める。
まるで、ギロチンみたい。
そう思った瞬間には、三日月の刃がその巨大さに合う重みで勢い良く落ちてきた。
「君たちの魂を喰わせてくれないかなあ」