事象が2分の1になる!
そういえば、通りの並びにあった街灯は灯りがついているものとついていないものがあった。
それぞれの数を数えた訳では無いが、もしや街灯もついているものとついていないもので半分なのだろうか。
この町で起きている奇妙なこととはもしかしてこのことだろうなのか。
「私の身体は、私が万歳すると4つに分かれる」
リリベルが突拍子もないことを口にする。
彼女は簡単に自分の身を実験に使い始めた。
これでリリベルの身体が真っ二つに分かれたら、どうしてくれるのか。
そして真っ二つになったまま戻らなかったら、俺はどうすればいいのか。得体の知れない現象に対して、自分を簡単に犠牲にしてしまうリリベルに冷や冷やせざるを得ない。
「ヒューゴ君、私を2回撫でて」
彼女は蝋台を余った木箱の上に置いてから、頭を差し出してきた。
俺は彼女の言う通りに頭を撫でる。
1回目は上手くいったが、2回目を実行することはできなかった。
「じゃあ私には3回頭を撫でて」
リリフラメルが奇数で俺に行動するように言ってきた。
一回目は俺の意志通りに手が彼女の頭の上を行き来させることはできた。
ただ、2回目は不完全に終わった。
俺が頭の中で思う、撫でるという行為の一連の動きを最後まで実施することができず、中途半端に手が止まってしまうのだ。
その後は今までと同様に撫でる行動に対する気力が失われてしまう。
1回目は正しく撫でられるが、2回目は中途半端にしか撫でられない。3回目は言わずもがなである。
リリベルは俺とリリフラメルの一連の実験を見届けた後、すぐに俺たちの間に割って入り、考察のポーズを取る。
「言葉かな」
呟いたリリベルは言葉足らずだったが、彼女の伝えたいことは先程までの実験で理解できた。
おそらく言葉を口に出すことで今回の怪現象が起きているのではないだろうか。
もし、言葉が原因になるなら、俺たちは会話の仕方を変えなければならない。
リリベルがいきなり言葉足らずになったのは、怪現象の影響を受けないようにするためだろう。
「手紙。文字は?」
「そうだね」
リリフラメルが貧乏ゆすりで足を揺らしながらもう1つの可能性を提示した。
彼女は自分の鞄から書具を取り出し、紙に文字を書き始めた。
リリフラメルが文字を知っていたとは驚いた。
そういえば彼女はリリベルから文字を習っていなかった。
彼女は小さな村の出自で学校に行ったことはないと話していたが、どうやら文字の読み書きはできるようだ。
村の中でも良い所の家の娘だったのだろうか。
彼女は文字を書き終えて、紙を手に持つと、突然半分に引き裂いてしまった。
そして、破れた半分をこれでもかという程細かく破り始めた。
文字を書いてから紙を破る行為までが一連の行動と思わせるぐらいに、迷いなく破る。
そして残った半分を俺たちに見せる。
『むか』
その後の文字は、紙の残り半分がもちろん破り去られているため読むことはできない。
「なぜか破っちゃった」
リリフラメルの実験で分かったことは、怪現象は言葉だけではなく文字にも発生させる力があるということだろう。
なぜ手紙も半分になっていたのか合点がいく。
まだ顔も見えない依頼人からもらった手紙は、書かれた情報が何もかも半分だった。
あの手紙もこの怪現象の影響を受けているとするなら、それで納得がいく。
「これって魔法なのか?」
「多分そうだと思うよ」
半分になる現象の起こし方が分かったのは嬉しいことだが、正直これでは意思の疎通がとり辛くてもどかしい。
下手なことを口にすれば、俺の予期しないところで何かが半分にされてしまう可能性がある。
リリベルたちと言葉を交わせないことが、こんなにももどかしいことだとは思わなかった。
彼女たちの実験が一通り終わって、2人は既に寝入っている。
木箱を並べてベッドの台を作っているため、どこか背中に痛みを感じて寝心地はお世辞にも良くない。
だが、布団の作りが良いおかげで外の雪の寒さを感じさせないぐらいの温みがある。
暖かい理由はもう1つある。
リリベルが俺の左横にいるのだ。
身体を横にすると、すぐに金色の艷やかな髪が目に入る。
綺麗な寝息を立てて眠る彼女は、奥にまだ空間があるのにわざわざ俺の側へ寄っている。
だから俺はベッドの右端にいて、右に寝返りを打てない。寝返りを打とうものなら床に落ちてしまう。
落ちたら2人の安眠を妨害してしまう可能性があるので、俺はベッドの際で耐えなければならない。
もぞもぞと頭を動かしたリリベルが、ひょっこりと顔をあげて俺と目を合わせる。
起こしてしまって申し訳ないと、小さく謝ると彼女は目を瞑って微笑み返してくれた。
正直に言うと愛らしい顔である。
喋らなければ彼女の狂人性が表に現れないので、ただの可愛い女の子だ。
リリベルは白い手から人差し指だけを伸ばして、俺の胸を指で2度叩く。
心臓がある位置を叩かれて何事かと思った。
心臓に何かあるのかと思って、自分の胸に手を当ててみる。
彼女に指で叩かれるまで気付かなかった。
心臓の鼓動が異常に速かったのだ。なぜこんなに鼓動が速いのか。もしかして、理由は目の前の女の子のせいなのだろうか。
リリベルは微笑みのまま俺の胸元に顔を寄せて、再び眠りについてしまった。
やけに鼓動の速い心臓の音を聞きながら、彼女は心地良さそうに、どこかその音を楽しむかのように眠ってしまうのだ。




