失った者より、失ったモノを込めて2
この場で初めて口を開いた者は、とても不健康そうな老人だった。
彼はこの場に来たことを不本意に思うような顔をしている。アアイアに呼ばれたことが嫌だったのかな。
けれど、私の顔を見るや否や破顔させた。
「そうか。俺を脅そうとする愚か者は誰かと思ったが、お前だったのか。よりによって9層の王に懇願したのか」
首を小刻みに震わせて笑う彼に、その言葉の意味を聞き取りたかったけれど、今はそれよりも確認したいことがある。
「確認させてほしいのだけれど、私の騎士の魂はまだこの地獄にいるのかい?」
「ぐぐぐ、なるほど。ああ、今もいる」
良かった。
ここまで来てヒューゴ君が先に旅立ってしまっていたらどうしようかと思っていた。一先ずは安心だね。
「お前たちの目的の魂に会わせてやる前に、やってもらわなければならぬことがある。なに、あくまで簡単な儀式だ。すぐに終わる」
「何をすればいいのかな?」
「眼の前にいる者を殺せ。そうすれば目的の魂と会わせてやる。おい、アアイア」
ゼデが合図をすると、椅子に座っているアアイアが身体に突き刺さっていた剣を2本無理矢理に引き抜いて、私とフェルメアの夫の前に投げ落とした。
剣は刃がぼろぼろで錆びも酷く、とても斬る用途には向いていると思えない。
「地獄の王は皆、魂を複数分け与えられている。地獄の管轄をしていくには、膨大な時が必要だからだ。膨大な時を経ていけば、この世界では記憶を失うことにもなるが、複数の魂があればそうもならぬ」
「だが、このアアイアという王は、昔、神の怒りを買って魂を奪われ1つだけになった。故に、こいつと約束事を交わさんとするということは、至極愚かで無駄なことだろうな……ぐぐぐ。そしてお前たちの手や肩は、こいつの哀れな境遇の余波を受けた訳だろう。滑稽だ」
なるほど。
だから彼は私に対して「よりによって9層の王に懇願したのか」と笑ったのだね。
例え文字に残して約束を交わしたとしても、アアイアが忘れてしまえば全てが白紙になる。
彼が忘れる前にゼデを呼び出してくれて良かったよ。
「アアイアが生み出す聖具は、魂を清算する力がある。お前たちの持つ剣では、魂を浄化することはできん。それを手に取って斬り殺せ」
こんなに酷い見た目の武器を聖具と呼ぶのは、如何なものだろうか。
聖具というのならもう少し綺麗で厳かな雰囲気を醸し出すような見た目にして欲しい。
「わ、私は本当に妻に会いたいのか……?」
隣りにいる王様は落ちていた剣を拾い上げたものの、空中に浮いている左手で顔を抑えて悩んでいる様子みたいだ。
相手にしなければならない者が2人いるのだから、少なくとも私が1人の魂を消すまで彼にはもう1人の足止めをしてもらわなければならない。
だから、適当に励ます。
「実際に会ってみれば、もしかしたらその考えも変わるかもしれないよ。1人の魂を相手にするぐらい訳ないでしょう?」
「う、うむ」
細剣をしまって私も床に落ちていた剣を拾い上げて構えてみる。
重いけれど、振り抜けない程ではない。
真後ろにある、少しだけ開けておいた扉を一目見るけれど、魂はまだいない。ヴロミコはまだ魂を集めているみたい。
本当はもう少し時間を稼いで、魔法が使える程度の魂を確保しておきたかったところだけれど、目の前の黒髪の男が黒盾と剣を構えて私の方へ走って来ているので今はこの剣で戦うしかない。
半獣人は黒髪の男よりも速くフェルメアの夫に飛びかかり、いきなり2人は揉み合いになる。
半獣人だからこその腕力でフェルメアの夫は、最も簡単に投げ飛ばされて遥か向こうに行ってしまう。
一瞬、半獣人が私の方へ向かってくるのではないかと心配したけれど、どうやら彼女はフェルメアの夫に夢中のようだ。すぐに彼が吹き飛んだ方へまた飛び掛かっていった。
それなら、私は目の前の黒髪の男に集中することにしよう。
彼は黒剣を振り上げて真っ直ぐに私へ振り落とそうとしてきた。
遅い。
その剣の動きを見て、彼のすぐ横に避けることは、どうしようもなく容易であった。
半獣人と比べると、馬鹿みたいに隙だらけだ。
彼は私が攻撃を仕掛けると思ってか、盾を構えようとする。
遅い。
あ、盾を構えようとしているのだなと、考える余裕を私に与えてくれるぐらいには彼の動きは鈍い。
肩透かしだね。私なんかじゃ到底歯が立たない相手を用意されたのかと思ったのだけれど、黒髪の男は正直大したことなかった。
盾が完全に防御の体勢を取るまでに、私は隙だらけの足を突き刺す。
彼は苦悶の表情を示しつつも、それでも我慢した果てに苦し紛れに黒剣で振り払おうとする。
けれど、痛みを感じて動きが鈍った彼の剣は、私が一歩身体を後ろに飛ぶだけで避けられた。
彼は痛みに耐えるような顔をしながら、剣を更に振る。
綺麗な横一直線の剣で、動きを見切るのは余りにも簡単だね。
馬鹿みたいに綺麗な剣で、全く嫌らしくない剣で、真っ直ぐな剣で、優しい剣だった。