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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第8章 全てが2分の1になる!
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灯る火が2分の1になる!

 暖炉がある部屋でも無いし、さすがに床は冷たかった。もし、このまま床に寝てしまったら風邪をひくのではないか。

 だからこそリリベルは俺に気を配ってくれたのだと思う。

 その厚意を無下に振り払う訳にもいかないだろう。


 俺がリリベルの無言の誘いに乗ってしまったのは、きっとそれらの理由から無意識に察したからだと思う。

 それ以外の理由は無いはずだと言い聞かせる。




 寝床の確保はできたが、まだ眠るには早い。

 今は夕暮れ時だと思うが、雪を降らせる分厚い雲のせいで落ちていく赤い陽の光は確認できない。

 雪の寒さもあって、窓の外から見える町並みを眺めても人の音を感じさせない。静かだ。

 人探しをしようにも、家の戸でも叩かない限り会話なんかできないだろう。無闇に一軒一軒押し入る訳にもいかないし、改めて明日の明るい時間に依頼主を探さないかとリリベルに提案する。


「ヒューゴ君の仰せのままに」


 彼女はお淑やかにスカートの両端をつまんで、貴族が良くやるような挨拶をしてみせた。

 彼女の返事が肯定で返ってくることは大方予想が付いていたが、その言葉遣いはもどかしいのでやめるようにお願いした。あくまで俺は彼女の騎士なのだ。

 彼女は言葉を返さずにやにやと不気味な笑みを浮かべながら、ふふんと鼻で笑う。


「しっかし、この町の人たちは優しいのだか優しくないのだか分からないな」


 雪で濡れた青い髪を布で拭き乾かしているリリフラメルが、小さな怒りを俺たちに発する。


「それも気になるが、それよりもいくつかの建物に入ることができなかったことの方が気になるな」


 リリフラメルの怒りを紛らわすために、疑問を皆に披露する。

 リリベルもリリフラメルも建物に入ることができない事象について薄々何か感じていたようで、同調してくれた。


「建物に入ることができないというよりかは、何か行動を起こそうとすると、その行動を実行できないことがあるといったことの方が正しいかな」


 リリベルは喋りながら俺を無理矢理ベッドの上に押し座らせてから、俺の膝の間にすっぽり収まる。

 すると、なぜかリリフラメルが俺を睨みつけてきて、俺は彼女から目を背かざるを得なくなる。

 代わりに窓の外の景色を見る振りをしてやり過ごす。


「食事の料金が特に不思議だったな。メニューに書かれた値段も、店の者が払えと言った値段も、俺たちが実際に払った値段も何1つ一致しなかったぞ」

「最終的に払った額はいくらだったかな?」

「確か、銀貨3枚だ。メニューに書かれた値段で計算した時は丁度銀貨12枚で、店の者が要求してきたのは銀貨6枚だった」


 元の値段より半分になって、それが更に半分になった。

 店員は、俺たちが銀貨を3枚しか渡していないのに、俺たちの支払いが完了したと言わんばかりに会計をさっさと終わらせたのだ。

 リリベルやリリフラメルがどう思ったのかは分からないが、店員が放った「毎度あり」という言葉を耳に入れた瞬間、俺は無性に店を出たくなった。

 そして、店を出てすぐにまたその店に入りたいという気持ちに少しだけかられた。

 初めて菓子店に入った俺たちに彼女は「毎度ありがとうございます」という言葉を使っていたが、その言葉を聞いた瞬間、とても不思議な気分になった。商売する者が使う言葉としては定型文なのかもしれないが、あの時だけは何か別の意味のように聞き取ることができたような気がしたのだ。


 しかし、確たる証拠がある訳では無く、ただただ何となくそのような雰囲気がしたというだけなので、この私見をわざわざリリベルたちに広げて意見を尋ねる必要はないだろう。


 そうやって自己完結させた後に不意にリリベルとリリフラメルを見てみると、2人は腕を組みながら考えごとをしていた。

 考えごとの後、2人は同時に口を開き、同時に同じ言葉を口にする。


「丁度半分……」

「丁度半分だね……」


 支払いが半分になったことがそんなに気になるのだろうか。

 リリベルは何かを思い立ち、まだ火の付いていない蝋燭が刺さっている小さな蝋台を2つ手に持った。

 彼女はそのままリリフラメルの前に立ち、蝋台を差し出す。


「この2つの蝋燭に火を付けて」


 リリベルの依頼を聞いた彼女は、ほんの一瞬だけ俺に視線を向ける。俺への許可を得ようとしたのだろうか。

 わざわざそんなことまで許可を求められたら困るが、彼女は視線を戻して1本の蝋燭の芯に人差し指を触れ合わせる。


点火(ツュンドン)


 リリフラメルの指から小さな火が噴き上がる。当たり前のことだが蝋燭に火が灯された。

 リリベルはもう片方の蝋台をリリフラメルの前に差し出す。

 2人の行動の意図を読み取ることが全くできなかった。ただ、部屋が暗いから明かりを灯そうと思っているだけなのかと思っていた。


 だが、いつまで経っても2本目の蝋燭に火が昇らない光景を見て、彼女たちの真意に気付く。


 リリフラメルが蝋燭に向けた人差し指から火が噴き上がることはなく、彼女はそのまま腕を下ろして着火を諦めてしまったのだ。


 たまたまリリフラメルの怒りが抑えられてしまっている可能性もある。

 彼女の両手両足に取り付けられた義手義足は、普通の人間と変わらずに手足を動かせるように魔力を必要としている。怒り続けることで魔力を生み出す彼女にとって、腹の立つできごとでも無い限り、彼女は必要以上の魔力を生み出すことができない状況なのかもしれない。

 だから代わりに俺がリリベルの元へ近付き、炎の魔法を詠唱しようとしてみた。


 リリベルから間借りしている魔力は感じる。

 頭の中に浮かべた炎を生み出す魔法陣の造形もばっちりだ。


 後は口に出して詠唱するだけだ。


『……』


 蝋燭に火を灯したいのに、口から炎を生み出す魔法の言葉は出てこなかった。

 いくら歯を食いしばって顎や舌を動き回らせても、詠唱ができなかった。


 リリベルが持つ2本の蝋燭のうち、火が灯されているのは1本しか無い。


 半分だ。


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