手紙が2分の1になる!
俺は茶色のズボン1本と白いシャツ1枚、シャツの上には茶色のジレを羽織っている。ジレとズボンには、それぞれ中央より少しだけ左側に黄色の線が、1本縦に引かれている。
リリベルは俺が着ている服とほとんど同じで、所謂ペアルックと言うものである。茶色のズボンではなく茶色のスカートを履いているが、それ以外の見た目は全く同じだ。
彼女はその服装の上に、黄衣の魔女の名に相応しい黄色のマントを着ているのだが、今回この国セントファリアを訪れるにあたって、同じ色の外套を俺にも着るよう命を下してきたのだ。
結果として、遂にスカート以外は完全にペアルックになってしまった。
彼女は至極満足そうだが、俺は正直色々な意味で恥ずかしい。
話を戻して今の服装は、大陸の南側に位置するフィズレやエストロワであれば問題は無い。冬の季節でも過ごしやすい
だが、靴が半分ぐらいは沈む程に雪が積もっているこの場所では、寒さを凌ぐには些か服としての防御が薄い。
そのため俺は皆の分の防寒具を買ってきたのだが、着ることができない。
服のサイズが合わないと言う訳では無い。事前にそれぞれの身体に合うよう採寸をしてもらっている。
目の前にその防寒具を出すことは可能だ。
手に取って厚手の布の感触を確かめることもできる。
だが、それに袖を通そうとするとなぜか気力が失われてしまうのだ。
着たいけれど、着る気が起きない。着なくても耐えられない訳では無い。横になって倒れていない限り死ぬ危険性も無いだろう。ただ、万が一に風邪でもひいてしまうのではないかと思うぐらいの寒さはあるのだ。
だから厚着をした方が良い。着ないという選択肢は無いはずだ。
しかし、着ることができない。
俺もリリベルもリリフラメルも、防寒具を着るためにそれを袖に通そうかという寸前で、着る気力を失い元に戻してしまう。
リリフラメルは呪いによる気の短さから、常に小さな怒りを内に秘めている。
そのため彼女の身体は色々な意味で暖まっていて、今のところ防寒具の必要は無い。
「依頼人は1年前からこの町で起こる不可思議なできごとに悩んでいて、それを解決して欲しいっていう話なのか?」
「その通りだ」
俺たちよりも強く白い吐息を吐くリリフラメルが、俺に質問してきた。
依頼人はこの町の住人だ。依頼の手紙は俺の鞄に入っている。
手紙の内容には、どのような悩みごとがあって解決して欲しいかの詳細は書かれていなかった。
いたずらの手紙という可能性もあるし、それだけでは依頼を受けることは無いのだが、手紙の状態がとても不思議であったため興味を引かざるを得なかった。
手紙は半分しかなかったのだ。
封筒も中に入っている紙も、封筒の差出人の名前も全てが半分しか無かった。
手紙を送る途中で破損させてしまった可能性もあるが、この手紙を俺たちに届けてくれたロベリア教授がそれを否定した。
彼自身も聞き伝いの話であったため真偽は分からないが、「セントファリアのとある町だけは、半分に破られた手紙が正しい状態のようなのです。手紙を受け渡された時は揶揄われているのかと思いましたが、どうやら本当のようなのです。私も初めて知りましたが……」と言うのだ。
真面目な彼があからさまにふざけて物事を頼むタイプの人間では無いことを知っているので、一旦彼の言うことを飲み込むことにして、ここまで来てみた訳だ。
ちなみに、リリベルがこの依頼を受けたのは依頼の内容に興味を引いたからではなく、俺が雪を見たことがないことに興味を引いたからである。
雪を見ることができるセントファリアに丁度良い依頼がたまたまあったから、彼女は依頼を受けたまでのことなのだ。
俺はリリベルの性格を少しは分かってきたつもりだ。
だから彼女の最も興味のある騎士に熱を注ぎ、それが全ての行動原理となっているのは案外簡単に想像がつく。
それは素直に嬉しいことだと思う。
「じゃあ早く依頼人に会いに行こう」
「会いに行こうにも、名前もフルネームで分からないし、どこに住んでいるかも中途半端にしか分からない」
「はあ?」
俺のはっきりとしない回答に怒りを覚えたリリフラメルが、迫って来て圧をかけてきた。そのまま噛みついてきそうな程の勢いだったので、彼女の頬を両手で押さえてやるとすぐにしおらしくなる。そのまま頬を撫で回すと喉を鳴らすのだ。
お前は猫か。
「まずは食事でもとらないか? 温かいものを食べたい。リリベルはどう思う?」
返事を問いかけても彼女の声は返って来なかった。
何事かと彼女の方を見やると、リリベルは頬を膨らませて恨めしそうに俺を見ていた。
「尻軽騎士め」
失礼な魔女だ。
俺は主人一筋だと言うのに。
不意にリリフラメルの顔を見てみたら、なぜか彼女に対する感情が変わってしまったような気がした。
彼女の顔は元々可愛いのだが、なぜか理由も無くもっと可愛いと感じてしまう。
おかしいな。もしかしたら、俺は本当に尻軽なのだろうか。
だとしたら嫌だな。




