騎士より、呪いを込めて
暗闇が晴れた頃、私の視界には赤黒い雲が広がっていた。
地面に寝転がっていたようで、周囲を見渡してみるとこれまた赤い地面が遠く広がっていた。
すぐ傍には鞄と細剣と短剣が無造作に置かれている。
鞄は蓋が開いている状態で、中身を覗いてみたけれど何も入っていなかった。確か、魔力石とか入っていた気がするのだけれど、まあ良いかな。
何かに包まれている感覚があったので、それを掴んで見ると黄色いマントだった。
確か、ヒューゴ君を包んでいたはずの……。
ヒューゴ君!
すぐさま起き上がって、彼の姿を確認しようとするも、近くにあったのは物と大きな黒い穴だけだった。
彼の姿はない。
だから、途方に暮れるしかなかった。
地につけた両手はどちらも元の状態に戻っていたけれど、今はそんなことどうでも良い。
私だけがここにいるということは、ヒューゴ君は元の世界に戻っていないということじゃないか。
ヤヴネレフに嵌められたのかな?
だとしたら、私はもう1度地獄に赴かないといけない。
せっかく彼を連れ戻せたと思ったのに、会えたと思ったのに、やるせないよ。
そろそろ辛くなってきたよ。
「はあ、さすがに心がしんとくなってきたね」
心の中で思っていたことが自然と言葉になって出てきてしまう。
巨大な黒い穴に目を向けて、憂鬱な気分になる。
もの凄く憂鬱な気分だ。
泣けるなら泣きたいよ。
溢れ出てきてしまう負の感情をどうにか抑え込もうとしながら、地面を暫く眺めていた。
ヒューゴ君の姿が近くに無かったことに動揺していたから、私の目の前にあったちょっとしたことに気付けなかった。
私が倒れていたすぐ隣に土を掘って書かれた文字があった。
もちろん私が書いた覚えは無い。
だから、その文章を書いた相手には期待したし、今さっきまであった心の重苦しさはすぐにどこかに消えていた。私は単純なのだ。
『助けに来てくれてありがとう。リリベルを起こしたかったけれど、魂だけの身体では触れることができなかった。だから、先に生き返りに行ってから、迎えに行く』
あまり文字を書き慣れていない辿々しい文体だった。その書き方が誰の筆跡なのかは、文字を教えた私が良く分かる。
この時点で私の身体の重さはどこへやら、空を飛んでしまうのかと思うぐらいの勢いで立ち上がることができた。
そして、私が周囲に落ちていた荷物を急いでかき集め、全力で地獄の門まで走ることを決めたその決定打になったことは、文章の最後に書かれていた署名だった。
走った疲れを感じることの無い身体で、地獄の門までの坂を駆け上がることは簡単だった。
崖上にぽつんと扉が置かれているのを確認する。
この世界に明らかに場違いな木の扉を勢い良く開いて、突進するように頭から突っ込む。
「うおっ!」
私は誰かにぶつかってしまい、相手が声を上げて驚く。
まさかこんな所でぶつかるなんて思わなかったから、突進する勢いを殺せずに誰かと共に扉の向こう側へ倒れ込んでしまう。
暗闇から再び明るさを取り戻した時、私の目の前には後ろに倒れ込むヒューゴ君がいた。
一瞬のできごとなのに良く自分の身体が反応したと思うけれど、倒れる彼の首に両手を回してしがみつくことができた。
彼の胸に顔を埋めて仲良く倒れ込む。
彼が痛みに喘いでいる中、私は彼の肉体がちゃんと動いて、声を上げていることに安堵する。生きている者特有の温度を感じる。これでもかと顔を埋めて感じる。
もちろん彼の名を呼んで、その返事をもらうことも忘れない。
「ヒューゴく――」
「リリベル! 助けてくれないか!」
へ?
「なぜかリリフラメルが家にいるのだが、セシルと喧嘩しているみたいなんだ。家が火事になりそうだ!」
彼は無理矢理私を抱きかかえて、採掘場から連れ出してしまう。
ヒューゴ君との再会を噛みしめたいのに、この仕打ちはあんまりだよ。
私はヒューゴ君に抱きかかえられたまま、彼の顔を恨めしく見つめてやった。
私の視線に気付いてか、階段を駆け上がっていく途中で、彼は思い出したようにいきなり一言放ってきた。
「リリベル、また会えて良かった」
1番最初に言って欲しい言葉だったけれど、まあ、その言葉に免じて許してあげようかな。
その後、彼は俗に言うお姫様抱っこというやつで私を抱えたまま、ノイ・ツ・タットの聖堂から街の大通りまで駆け抜けて行った。
当然、何人もの兵士や国民に私たちの姿を見られて、たまに囃し立てる人間もいた。
私はヒューゴ君に下ろすよう何度か伝えたのだけれど、彼は「リリベルにまた会うことができて嬉しいんだ。このままで家まで走らせてくれないか」と言って聞かないのだ。
おかげで顔が破裂するのでは無いかと思うくらい熱かった。
やっぱり許さない。




